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英雄演戯 ~演劇部の俺が世界を救う?~  作者: 山桜
第2章 南部救出作戦
16/33

15 初めての遠征

 翌日。半日以上、馬車に揺られてナルダグの街に戻ったコタロウは、直ぐに南の地方へ向かう準備に追われた。騎士団配備の馬車は、前にクラン申請の為に用いた貿易用の貨物馬車とは違い、半分の時間で移動できた。

 しかし、ここからヴァールの街まではその馬車を飛ばしても丸3日はかかるそうだ。

 明日の朝にはこちらを出れる様に、クランのスケジュールを調整する。商業クランの代表としての外部の業者との話し合いも、全てマモルに引き継ぐ。元々交渉の席では、コタロウは形だけ偉そうに構えているが、実態はマモルに任せっきりになっていたが。


 遠征する事について、サツキには露骨に嫌な顔をされた。しかし、クラン経理の仕事も断わった経緯があった以上、さすがに今回は首を縦に振る。


「その代わり、ちゃんと私を守る事」

「後衛を守るのは前衛の役目だからな。俺かユキが怪我させない様に頑張るよ。柔道部のヨシハルもいるしな」

「はぁ・・・分かったわよ、宜しくね」


 ユキを探しに裏庭に出ると、目を瞑って座禅を組んでいる姿があった。

「えっと、ユキ。ちょっといいかな?」

 近づいていって話しかけるが、反応がない。肩を叩くと、びくっと反応を示した。

「きゃっ!あ、先輩ですか。びっくりしました」

「ごめん、声はかけたんだけど。何か邪魔しちゃった?」

「いえ。瞑想に集中し過ぎてた様ですね」

 瞑想とは何だろう、と不思議に思ったが、ユキは時より不可解な修行めいた事をしているのをよく見かけていた。

「あのさ、南のロータス地方って所まで一緒に行ってもらいたいんだけど」

「私と一緒に、ですか?」

「うん。少し危険な旅になるかもしれない。それに急な話で、明日からなんだけど、おそらく1週間近く帰ってこれないかもしれない。エマには食堂の手伝いを休む旨を、ちゃんと俺から話をしておくからさ。いいかな?」

 ユキは今、食堂でエマの仕事を手伝っている。これもクランの仕事なのだから、理解はしてもらうしかない。

「はい、喜んで!」

 庄屋の店員ばりのいい返事が返ってくる。

「そうか。ありがとう。サツキも、ケイタ君達も一緒だから、安心してね」

「え、サツキ先輩達も、ですか…」

「あと、野宿する事もあると思うから荷物は用意しておいて。必要な買い物があったら、経費として、マモルに出していいから」

「はぁ、はい」

 気のせいか、その返事に少し元気がなくなった気がしたが、ユキに手を振って食堂へと戻る。


 ツクモ荘の食堂に戻ると、ナナネがいたので事情を話す。一通り話をするとナナネは、

「ユウトは相変わらず変わらないわね」

 そう窓の外を見ながらつぶやいた。ナナネもユウトも中学1年生からの長い付き合いである。

「本当だよ。救出に行く俺の身にもなって欲しいよ」

 昔からだが、ユウトは人を使うのがうまい。

「コタロウだから、ユウトも任せたんじゃない?敵地かもしれない所に、信用できない生徒を行かせる様な無理強いは絶対しないわよ」

 それも分かってるから、尚更断れないんだよな、と心の中でつぶやく。

「俺だって人任せにはしたくはないんだけどさ。遠くまで遠征となると、さすがに少し抵抗があるなぁ」

「一緒に行くのはユキちゃんと、サツキさん?」

「うん。ケイタ君と、空手部のカズタカ君も行くんだけどね」

 ナナネは、ふーんと言って、それっきり外へと出て行った。



 翌朝。東門に着くと、既にケイタ達が若い騎士団兵と共に、乗馬の支度をしていた。

 てっきり昨日の馬車で出発するのかとコタロウは思っていたが、どうやら違うらしい。


 近づいて行くと、黒みがかった茶髪の馬が蹄を鳴らした。バランスの取れた引き締まった馬体で、大きさは元の世界の競走馬とそう変わらない。光沢のあるたてがみが風になびき、知性の光を帯びたつぶらな瞳が愛らしい。しかし、その頭部の先にはちいさな角が生えていた。

「ユ、ユニコーン?」

「ははは、本物のユニコーンは人が飼う事なんてできないさ。ユニコーンは誇り高く、人間には懐かないからね」

 コタロウが面をくらっていると、騎士団兵の青年が教えてきた。


「この馬は半角馬と言って、ユニコーンと馬の混血種に当たる。見た目は普通のウマと角以外はそんなに変わらないけどな。君、乗馬の経験は?」

「ありません」

 厳密には子供の頃に牧場でポニーに乗せてもらった事があるのだが、そんなのはカウントに入らないだろう。

「初めてでも大丈夫さ。この子は速い上に賢い。手綱をしっかり握っていれば、落馬する事なんてないさ」

 改めて、半角馬をじっくり見る。こちらに対して、警戒心もまったくない。大人しく鐙を取り付けてもらっている。


「自己紹介が遅れたね。僕の名前は、イワン。ヴァールの街まで任務で行く用事があったので、そのついでに届けに来たのだ。コタロウ君、改めて宜しく」

 そう言って、握手を求められる。握手の習慣なんて今までなかったコタロウは一緒戸惑いなからも、それに応じる。イワンは、ユウトが小隊を率いてた際の副隊長を務めていたらしい。依頼、彼の右腕として司令部の外任務を請け負っているとの事だ。


「この半角馬は、この街を救う為に務めてくれた君たちへ、軍からの正式なお礼になる。貴重な馬だから大事に世話してあげてくれよ」

 騎士団からは既に先の防衛戦の報酬金は頂いている。それに半角馬は、王族や一部の富裕層、軍内部でも上層部や上級騎馬隊、隊の隊長クラスでないと所有出来ない程の数しかいない貴重な存在らしい。

 今回の偵察任務はあくまで軍司令部からの依頼ではないのだから、その背景は読める。

「そういう事でしたら、喜んで頂戴します」

「察しが良くて、助かるよ。君たちもヴァールの街に向かう用事があるそうみたいだから、もし道が分からないようなら、後ろから着いて来てくるといい」

 わざとらしい程のやり取りに、笑いを堪える。

「ありがとうございます。助かります」

 頭を下げてから、馬にまたがる。

「背筋を伸ばして、前屈みにはならないように。そしたら、両脚の内側で馬の脇腹を圧迫させて」

 イワンの指示通りにすると、ゆっくりと歩き出した。

「止まる時は、拳を握って手綱を押さえて。やや上に上げるとスムーズに止まる筈だ。そう、その感じだ」


 初めての乗馬だったが、すぐに感覚が掴めた。この半角馬が賢いのだろうが、気分がいい。

 後ろを向くと、ユキとサツキもちゃんと歩けている。


「最初だからな、あまり飛ばさないようにするけど、着いてくるつもりなら置いてかれるなよ」

 そう言って、イワンは自身の馬にまたがり、門を飛び出して行った。

 かくして、この異世界エヴォルヴに来てからの初めてになる遠征は出発した。





 コタロウ達の乗った馬は、馬車よりもより速く、草原を駆け抜けて行く。

 初めて経験する、風の匂いを嗅ぎながら大地を駆け走るその快感はこれから先の旅の不安をかき消してくれるようだった。

 何度か小休憩をはさみ、日が暮れた頃に先頭を走っていたイワンが馬をゆっくりと止めた。

「そろそろ野営の場所を確保しよう」

 誰もいない丘陵地帯である。さすがにもう他人行儀の振りはもうしていない。

 イワンの指示に従い、薪代わりに枯木を集めに別れる。雨が降っていたのか、辺りは湿っている。


「ずっと座りっ放しだと、お尻が痛くなりますね、サツキ先輩」

「私は、マイ座布団を敷いてたからそうでもなかったわ」

「えー、そんなの持ってきてたんですか、ずるいです」

「野営、野宿するというのだから、枕代わりにね」

「そういえば私、毛布を忘れてた!」

「あら。だったら寝るとき半分貸してあげるから、一緒に寝ましょう」

「いいんですか?ありがとうございます」

 きゃはは、うふふ、と後ろから聞こえる桃色の会話を耳に、コタロウは黙々と枯れ木を拾うが、すぐに、これも湿っているな、と放り投げる。

 女子2人と3人で仲良くトークが出来るほど、元々リア充ではない。こういう状況は不得意だ。先ほど薪集めで別れた時も、空手部のカズタカに冷めた目で見られた気がしていたが、出来れば代わって欲しかった位だと感じている。


(まあ、それでもサツキとユキが仲良くなったのは良かったな)


 サツキは元々、女子の友達は多い方ではないと思っていたし、クランでもよく1人で行動しているのを見かけていた。人懐っこいユキとペアで指名したのは正解だったと思う。



 薪を集め終えて、イワンの待っている野営地点に戻る。結局、ある程度は湿っている枯れ木ばかりしか集まらなかった。

 ここは小高い丘陵である為に、見晴らしが良い。前に野宿した時より、遥かに安心して休めそうだ。

「今いる場所が大体この辺りになるな」

 イワンが地図を取り出して、その位置を指した。大分走ったと思ったが、まだヴァールの街まで3分の1といったところだ。


 集めた枯木に対して、イワンが火打石を叩く。その様子を見守っていたが、やはりなかなか火がつきそうにない。ケイタに耳打ちするが、もうライターはオイル切れになってしまったらしい。

 仕方ない、とサツキに目配りをしてから、必死に石を叩き合わせているイワンに話しかける。

「イワンさん、俺にやらせてもらってもいいですか?」

「ん?ああ、けど、つきそうにないぞ」

 そうすぐには付かないと思ったらしく、イワンは石を渡すと、繋いである馬に、乗せてある鞄から携帯食料を取りに行った。


 少しの間、石を叩く。イワンがこちらを見てないのを確認してから、枯木の山から少し離れる。

すると、ぼわっと小さな火の玉が枯木の上に現れ、ゆっくりと点火していった。

「付きましたよ、イワンさん!」

「本当か?おお!いやはや、さすがユウト隊長のお仲間さんだ」

「やるじゃん、コタロウ」

 その様子を見ていなかったのか、ケイタも驚く。

 そういえば、ケイタにも魔術式について話してなかったっけ、と気付く。

 しかしサツキの魔術式は、サクラノ組合の特許技術の中でも特別だ。イワンがユウトの腹心だとしても、ここで話すわけにはいかない。


「よし、飯にしよう!君たちもだいぶ騎乗には慣れてきただろうから、明日は陽の上がる頃から出て、飛ばすぞ」

 ヴァールの街での待ち合わせは明後日の正午だが、出来る事なら明日の夜までには着きたい。


 その夜は、イワンによるユウトの武勇伝をえいえんと聞かされる事になった。わずか一ヶ月半の間で、これ程までに彼の心を掌握するとは、さすがユウトだと舌を巻かざるを得ない。

「ユウト隊長こそが、間違いなくヒロアキ皇帝に次ぐ、この混沌としたエヴォルヴの新たな英雄に違いない!」

 1人で酒瓶を嗜んでいたイワンは、そう声高く宣言した。

 ケイタやユキ達は既に疲れたのか、飽きたのか寝てしまっている。

 コタロウも眠くなってきており、最後に同調をしておく。

「俺もその通りだと思いますよ。俺たちがこの世界に来た理由があるとするならば、あいつがこの世界を救うのの手伝いか、それか巻き添えでしょう」

 いや、俺たちは観客かもしれないな、とも思いながら、瞼を閉じた。

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