ルアーナの商人。
鹿の今日の一言
『馬車は痛い。』
『着いた〜!ルアーナ〜!』
ミナミが馬車の外で伸びをして笑顔をはじけさせる。
国自体に話が通っているのか馬車を見ただけで通行料も何も取られず引き止められずサクサクとルアーナに入国できた一行は人目が少なめなところで馬車から降りる。とはいえ馬車自体が珍しさで人を集めるので意味が無いのだが。
『さて。荷物はまとめてあったな。商人ギルドへ向かうぞ。』
ミナトは降りて早々ルカ達の状況を確認してはそう言い放ち踵を直ぐに翻す。最早翻しながら言っているも同然であった。
『商人ギルドって確か,国同士の売買を安定させる為に個人営業の商人の登録をするところよね?そんなただ名前だけありますみたいなところになんの用?』
ルカの言う通りなのである。商人ギルドに行けばどの店がどんなものを扱っているのか,どんな店主かを個人営業に限り知ることが出来る。
組織的に営業されているものは国も把握しているため把握しにくい個人にターゲットを搾っているのだろう。だからか商人ギルドはあまり活気あるものではなくただ登録しなければいけないだけのなんでもない機関という扱いになっているのである。
『彼奴らは私があそこに行くと何故かいるんだ。』
嫌なもんだがな。なんて溜め息を着きながらミナトは迷いなく足を商人ギルドのある方へと向ける。
『何それ…ストーカー?』
荷物を抱えたルカはミナトの言葉に顔を顰めながらも後について行く。その後をなんだそれと思考停止していたミナミと月祈,鹿が荷物をぱぱっと手早く纏めて着いていく。
───── 商人ギルド 本店 ─────
『…』
『入らないの?』
商人ギルドの真正面でミナトの足は止まる。商人ギルドは普通のギルドと比べただの背景程の存在感で入るのに躊躇がいるのかが不思議なくらい。
ミナトが止まったのに対してルカは気にせず商人ギルドの扉を押して入る。それに続いて珍しいものに興味が絶えないミナミと月祈が入り,鹿は少し離れた所で空高く飛ぶ鳥を観察しているよう。
ギィッと扉が開けば直ぐに
『『『お邪魔しました。』』』
と3人の声が重なる。
彼女たちが見たものとはただ書類作業に追われて披露困憊の受付嬢達であろう。
今審査に来るなという雰囲気を醸し出し血眼で所構わず仕事をしているのだ。
『ねぇ…』
ルカがギルドの前に立ち尽くす全員に語りかける。
『うん。分かる。分かるよ言いたいこと。』
『『『修羅場にも程がない?』』』
ミナミの回答後待っていたかのようにルカ,ミナミ,月祈の声が重なる。
『いや…うん。そうなんだ。今は怒涛の審査期間らしくてな。行きたくないだろ?』
ミナトが彼女達の声にだよな。なんて分かりきっていたかのような反応をしつつ問いかける。
『コンイェンとフェイロンを探せばいいんだろ?聞けばいいじゃないか。』
鹿がミナト達の反応に首を傾げながらクローン特有の欠落した感情の片鱗を見せる。もしかしたら単純に学んでいないだけかもしれないがこの場面においてこの鹿の発言は場を良いとは言えない方向へ転換してしまう。
『入れないよ…鹿ぁ…』
場の空気がグンと意図せず悪くなったことを感知したミナミはふざけて空気を何とかいい方向へ持っていく。
『それはそうだろう。』
『繁盛期だからなぁ?湊ぉ?』
ミナト含め全員の意識がミナミに集まった間に二人の男が近づいてくる。声を出されるまで誰も気づかずそれこそミナトすら僅かに目を見開いて驚いていた。
そこからはただ一瞬の出来事であった。外套を羽織って隠れていたミナトが瞬きすら出来ぬ間に金髪の男の横をすり抜けて黒髪の男に向けられる。
『軽率を私の名を呼ぶな。コン。』
『空燕”サマ”だろ?人間ちゃん。』
ルカ達からは確実に見えない角度,聞こえない距離であった為ミナトの肉食獣のようなギラついた目と女性の声で発せられる低い脅しの声は届いていない。
それにコンと呼ばれた黒髪の男は拳を意図も容易く防御し,何も響いていないようににぃっと悪戯をする子供のように口角をあげては態とらしく煽って答える。
『元気だなぁ,お主らは。』
彼らのその様子に金髪の男は呆れたように表情を変えながら述べれば
『喋んな飛龍。』『うるさいぞフェイ。』
と彼らは2人仲良く睨み合ったまま声を揃えて答える。
『ねぇミナト〜,この人達が噂のストーカー?』
睨み合う2人と傍らで腕を組み傍観している男を観察していればミナミが痺れを切らしたのか睨み合いをするミナトに問いかける。
『はぁ?ストーカー?』
ミナミの問いかけにミナトは空燕に向けていた引く。その間,ストーカーという言葉に引っかかった空燕がミナトより先に顔を歪ませて聞き返す。
『お前らが私が来る度来る度にタイミング良くいると話したらそうなった。』
『儂は空燕が行くと言うから来ているだけだ。』
『うるせぇよ飛龍。ミナトが毎度毎度面倒事持ち込んでくっから会いに行った方が楽だろうがよ。』
『ほぉ?私がいつ、どこで、面倒事を持ち込んだと?』
ミナトが答えれば飛龍、空燕の順で否定はしない形で答える。
空燕が言葉の中でミナトの癇に障ることを言ってしまい口論に発展する雰囲気が出始めるが飛龍は全くもって止める気がないらしく腕を組んでその様子を日常茶飯事のように眺めている。
『完全に蚊帳の外よ。これ。』
『本当に…ストーカーみたいだね…大丈夫かな…』
『やっぱり,着いてきて良かったわ。やめなさいな。空燕,飛龍。』
蚊帳の外に放り出されたように話に入っていけずボッと見るだけだった3人と蝶々と永遠に対話でもするのかという1人の後ろからまた1人女の声がする。
落ち着いていて高めの声はよく聞き馴染んだもので,直ぐに主が分かる。
『レイ・クロノス…なんでルアーナに…』
振り向けばルアーナの街並みでは少し浮くワンピースというよりドレスと言った方が差し支えないような上品な黒めの服を纏った学園の教師であった。
歴史を専門にしている無愛想な教師ではあったが喧嘩やトラブルを解決するのがとても得意だった覚えがある。
『げぇ…レイ…』
『げとは何、げとは。あと先生か様をつけなさいルカ・アインツィヒ。』
3人と同時に振り返った空燕は黙っていれば綺麗な顔を歪ませて面倒なのが来たと表情とただ1文字で全面に押し出す。
それに対して教師ことレイは指摘しながらルカの言葉にも修正を入れる。
『知り合いなの?』
レイがサラリと空燕を巻き込んで指摘しているのにルカは指摘されたことも忘れぱちくりと目を驚愕に瞬かせる。
それはミナミもキセキも同じで先陣を切ってルカが言ったけれども2人して見つめあって首を傾げるなんてことをしている。
『うむ。レイ・クロノスとミナトは空燕の幼馴染でな。…にしても,貴様は老けないなぁ』
後方で腕を組み,関わらないという確固たる意思が見えていた飛龍が突然介入してくる。
随分とレイを見る目が懐かしむようなものでルカ達はより脳内の相関図の作成に頭を抱える。
『そういう貴方は相変わらず喧しい狐を性懲りも無く連れているようね。お気に入りなの?こんな狐,連れていても意味ないと思うけれど。』
ルカ達にとってレイ・クロノスの学校での立場は存在感の薄い歴史教諭。というものであり,担当では無いことから関わりがなくどんな人物かなんて噂程度だったが真っ先に本当にこの人は揉め事を沈めるのが得意なのか?という疑問に至った。
当たり前であろう。嫌味な言い方で,悪戯をする子供のように悪く微笑んでいるのだから。
『だぁあれが喧しい狐だ。自分で自分の成長の時間を止めた阿呆には言われたくないね。』
『おいコ…ン……レイ?』
空燕がそれに同じように嫌味を返せばミナトが仲裁に入ろうとするが空燕に指摘する前にレイの顔色が怒りに変わったことを察したのか,ルカ達の方へそっと下がる。
『ねぇ…ミナト…あれ…』
『皆まで言うな。ミナミちゃん、周りの建物を守る能力とか持ってないか?』
ミナミがレイ達から目を逸らさずにミナトに問いかけるとミナトは全てを悟ったような表現でミナミの言葉を遮りながら返す。
『月祈ぃ〜!鹿〜!そういうの得意!?』
ミナトの言葉に察したのかバッと月祈と鹿のいる方へ向き,過剰な程の大声で言う。
『鹿…』
『任せろ。守る。』
ミナミの声を耳を抑えながら聞いてはちらりと鹿の方へと目をやって呟けば鹿は頷く。
一方,レイと空燕,飛龍の方は
『いいわ。随分のわたくしを怒らせたいみたいね。空燕。私への禁止ワードを言ったことを地獄で後悔なさい。』
『Ah…』
飛龍はソッとルカ達の方へ移動しているし,ミナト達の予想通りレイは怒りに巻かれている。
事の発端の空燕はと言うと,やらかしたことを自覚して全てを諦めた表情をして間抜けな声を漏らしている。
空高く
飛ぶ鳥みては
やきとりに
『やきとり食べたいなぁ…』
鹿は空高く飛ぶ鳥を見ながらヨダレを垂らしそう呟いたらしい…