海の国アクアリーゼ
お婆さんは先ほどまでの無愛想な様子とは違って、にこやかに話し始めた。
「まさか、本当に勇者に会えるとはの。生きていれば、いい事があるもんじゃ」
「あの、お婆さんは一体?」
「おお勇者。ワシは先代の勇者と共に戦った者の子孫じゃ。ワシの先祖は、賢者として戦っての、その力は、少しだけワシに受け継がれておるぞ」
「わあ、凄いです〜」
「アタシも興味あるわ」
ティナとジェニファーが身を乗り出した。
お婆さんは、二人の服装を見て、だいたいどういう者か、見当をつけた。
「こっちの娘は、魔法使いじゃな。で、この者は、服装を見る限り踊りが得意みたいだが、その杖は召喚術士の杖じゃな」
「お婆さん、あたし達の事が分かるんですか?」
「まあな。よし。お前達にも機会があったら、ワシの術を教えてやろう」
「本当ですか?」
「嬉しいわ。ありがとね、お婆さん」
「ふっ。ところで勇者よ。お前は何が知りたいのじゃ? よもや、用もなしにこんなババアの所には来ないじゃろ?」
「あのですね。実は俺、成り行きで旅に出まして、魔王が何処にいるのかも、倒す方法も知らないんです」
シトラスは、自分が旅に出る事になった経緯を話した。
初めて聞いたルナンも、涙を流している。
「ご主人様に……、そんな辛い過去が、おありだったなんて……」
「これお前、泣くでない。経緯はどうであれ、勇者は魔王を倒す為に旅に出たのじゃ。お前も仲間なら、前を向くべきじゃ。ワシも、知っている事を教えよう。勇者よ、まずはメモリーリングを手に入れなさい」
「メモリーリング?」
「勇者だけが使える、魔王の力を封じる為の武具じゃ。それを手に入れる事で、己が力は、格段にアップする。魔王の所へ繋がる道も、おのずと拓けるじゃろうな」
「そのメモリーリングは、何処に?」
「先代の勇者が魔王の魂を封じた時、三人の聖霊によって、いずこへと隠された。復活した魔王に気づかれぬ為じゃ。まず、聖霊に会うといい。聖霊の持つオーブを三つ集めると、隠されたメモリーリングがある場所が現れるはずじゃ」
「分かりました。聖霊に会えばいいんですね」
「一人目の聖霊は、海の中じゃ。この大陸の南に岩礁がある。その岩礁地帯に着いたら、こう叫ぶのじゃ。〈海の国、アクアリーゼ〉と。聖霊が、道を開けてくれるじゃろう」
「分かりました。岩礁地帯に行って見ます」
「気をつけての。無事にオーブを見つけたら、ワシに報告しにおいで」
「はい!」
お婆さんの家を後に、シトラス達は船に向かった。
甲板の上で、ジェニファーが呟く。
「また岩礁地帯に行く事になるなんて、あたし達って、何て運命だろう」
「そうですね。しかしジェニファー様。これはある意味幸運とも捉えられますわ。船で海の中に行くなんて、めったに無い事ですもの」
「そうだね。ルナンの言う通りかも。じゃあこれは」
「大ラッキー、だな」
シトラスが笑ってピースサインをした。
が、ジェニファーは悔しがる。
「あ〜〜! それあたしもやりたかった〜」
「それでは、皆さんでやりましょうか。せ〜の」
「大ラッキー!!」
ルナンの合図に合わせ、ジェニファー、ロック、ティナが声を揃える。
シトラスは、おいおいと頬をかいた。
まあいいか。楽しければ。
そんなこんなで、岩礁地帯に着く。
ここで叫べばいいんだよね。
シトラスが、右手を振り上げた。
「海の国、アクアリーゼ!」
船が通れるように、岩が端に避けた。
海面が光っている。
その光の中心に、船が行くと、
ポワッ。
船の回りを、膜みたいな物が囲った。
そのまま海に沈んで行く。
「おおお〜〜」
息ができる。
膜が守ってくれているのか。
聖霊の力らしい。
海の中は、澄んでいて綺麗だった。
魚達が、船の側を通り過ぎる。
シトラス達はその光景に目を輝かせた。
やがて、海の底に同じように膜が張られた国家が見えて来た。
船がその膜の中に入る。
「わぁ」
地上と変わらない。
体が浮く訳でもなく歩く事ができる。
この膜の中に、空気があるんだ。
店に入ってみたら、珍しい物があるかもしれない。
あそこのアクセサリーショップに行って見ようか。
「シトラス〜、見て見て。貝殻のペンダントがあるよ」
「本当だ。ジェニファー、似合うじゃないか」
「ふふっ。あたし、これ買おうかな」
ジェニファーがカウンターに並ぶ。
ん? 良く見ると、カウンターの女の人って。
「シトラス。この国って、人魚が多いな」
「アタシも思った。男も女も、魚だね」
そう。ここは海の国というだけあって、下半身が魚の人がたくさんいる。普通の人間っぽい人も、いるにはいるが。
「シトラス、お待たせ」
ジェニファーとルナンがカウンターから戻って来た。
シトラスはルナンの手首に注目する。
「ん? ルナンも何か買ったみたいだな」
「はいご主人様。わたくしはこれです」
彼女の手首には貝殻のブレスレットが巻かれていた。
淡い色合いで、可愛らしい。
それにしても、いろんな物があるな。
人魚の香水、なんて物が売ってる。
試しにティナが振りかけてみると、甘くフルーティーな香りがした。
嫌いな香りじゃない。
そうして歩き回っているうちに、小腹が空いてきた。
「ご主人様。あそこで何か食べられるみたいですよ」
ルナンが探してくれた店に入る。
ホタテのスープに舌鼓。
ミニサイズの海藻サラダも美味だった。
そうか、魚介類の料理が多いんだ。
「ところでさシトラス。アタシら聖霊に会いに来たんだよね。その聖霊って、何処にいるのさ? 街の探索が一段落したら、聞いた方がいいんじゃない?」
「ティナさん、その件ならもうルナンが動いているみたいです」
「え?」
ルナンは和やかに男の人と話をしていた。
この店の人だろうか。
しばらくして、席に戻って来る。
「皆さま、お待たせしました。お手洗いをお借りしたついでに、お話しを聞いて来ました。わたくし達が探している聖霊は、神殿にいらっしゃるそうです」
「神殿?」
「はい。この店の前の通りを真っ直ぐ行くそうです。そこに、水の聖霊がおられる神殿があると」
「そう。それにしてもルナン。行動早いのね」
「ティナ様。お褒めのお言葉ありがとうございます。そろそろかと思いまして、お話しを聞いてみたのです。わたくしには、これ位しかお役に立てないので」
「ルナン。そんな事ないよ。あなたの知識は、十分役に立ってる」
「オレも同感」
「あたしも同じ思いだよ。そんなに自分を下に見ないで」
「お優しいのですね、皆さま……」
ルナンはウルッと来た。
店の人に礼を言い、シトラス達は通りに出る。
ここを真っ直ぐ行けばいいのか。
「よし、行こう!」
「お〜〜」
いざ、神殿へ。




