不思議な猫との出会い
砂丘ツアーが終わり、アクアル村の人々と別れ、砂の王国を後にしようとしていたシトラス達。
次はミゲル達夫婦から聞いた、無人島に行く事にした。
その無人島はサウズランドと目と鼻の先にあった。昔は一つの大陸だったらしいが、地殻変動で離れ、草木生い茂る荒れ地となってしまった。魔物が棲んでいるという噂もある。その為、ほとんど誰も近づく者はいない。シトラス達は勇者として、その小さな無人島を調査に来たのだ。
唯一、船が停められる平地に降りる。邪魔な草を刈りながら先に進むと、大きな岩肌に出た。よいしょっと岩を登り見下ろすと、草の海だった。
岩の下が見えない。
ジェニファーが、タリスマンを使う。
ウィングナイフで、できるだけ周りの草を綺麗にした。いばらは、ティナが聖獣の炎を使い、焼いてジェニファーを助けた。
もちろん、火事が起きないよう調節している。
シトラスとロックも手伝った。
路が開ける。
慎重に岩を下りた。
「んっしょ」
滑らないように、さりげなくシトラスはジェニファーの手を引く。
「ありがと、シトラス」
「ああ」
同じように、ロックもティナの手を引いた。
優しい男の子達だな。
ティナとジェニファーは密かに感謝した。
「本当に、何も無い無人島だな。ミゲルさん達に聞いた通りだ。俺達以外、人気も無いし」
「ああ。こんなに荒れてるって事は、長い間誰も訪れなかったんだな」
「でも、噂じゃモンスターを見たって話だよね」
「そうね。パナと同じように、空でも飛んでいたのかしら? ……ん、何か音がしない?」
ティナの言葉に、シトラス達は喋るのを止め、静かに耳を澄ました。
ガサッ。
近づいて来る足音。
シトラス達の脇の茂みから、何かが飛び出して来た。
猫だ。
グレーで、首の長い上品な猫。
どう見ても魔物には見えない普通の動物だ。
猫はシトラス達を見ると、嬉しそうに抱きついて来た。
にゃん、と一声鳴く。
シトラスが受け止めた。
「どうして、こんな所に猫が……? ん、あれは!?」
猫を追うように現れたのは、恐竜を模したモンスター、リザーだった。
シトラスの腕の中で、猫が震える。
「お前、こいつに追われて来たのか? 分かったよ。ちょっと隠れてな」
猫は言われた通りに彼の服の中に隠れる。
ちなみに彼らの服は砂漠の時の格好を脱ぎ、元に戻っていた。
リザーは、ドンと脚を踏み込む。
シトラスが剣を抜いた。
「さあ、来い!」
リザーが口を大きく開けた。
牙か?それともーー、
ゴオオオオ。
炎の攻撃だ。
さすがに、手加減はしないか。
木が焼けて、火が燃え広がる。
ティナがウィルを呼び出した。
聖獣の水で、火が消えて行く。
「よ〜し、あたしも」
ジェニファーが新しい魔法を使うようだ。
魔法の杖が光る。
踊るような水の舞いが、リザーを襲った。
「ウォーターダンス!」
周りの炎も沈黙した。
後はシトラスとロックの番。
ロックの飛天狩射が炸裂したのを見て、シトラスが走った。
「五月雨!」
思ったより呆気なく、リザーは倒れた。
シトラスの服の中から、猫が顔を出す。
が、離れようとしない。
周りに仲間が集まる。
「シトラス、この猫どうするんだ?」
「ん〜、そうだな〜。俺達の旅は危険だし、連れて行く訳には……」
「そもそも、どうしてこの島にいたんだろうねぇ」
「でも、見れば見る程可愛いです。あたし、気に入りましたよ」
「だそうよ。シトラス」
「そう言われても」
その時、猫がピョンと跳ねて地面に着地した。
頭を地にこすりつける。
「お願いです。どうかわたくしを、あなた方の仲間に入れて下さい。ご迷惑はおかけしません!」
シトラス達はビックリ仰天。
まさか、猫が喋るなんて。
「驚いてらっしゃるのも無理はございません。このような姿ですから。しかし、わたくしは人間でございます。いいえ、元人間と言った方がいいかもしれませんね」
「どういう事?」
「それを今から、説明致します」
ジェニファーの疑問に答えるみたいに、猫はその場でジャンプしてクルッと一回転した。すると、猫の姿から一転、人間の女性の姿になる。
「!!」
「わたくし達は村という物を持たず、森の中で自由に生活しておりました。そこを魔王に狙われたのです。魔王は、わたくし達を実験台にする為に生け捕りにしたのです。そこは、暗い城でした。残念ながら、一瞬の事でしたので、どこをどう通ったか分からないのです。わたくし達は一人づつ闇の水晶に入れられました。仲間が次々と、恐ろしい魔物に変えられていきます。それは魔王の力を貯めた水晶で、人間を魔物に変える装置でした。いよいよわたくしの番。強烈な痛みと苦しみが走る中、噂を聞きつけたガルディス様が水晶を壊して下さいました。その為、わたくしは完全な魔物にならず、失敗作として猫になる能力を身につけたのです。ガルディス様は、実験場は予期せぬ爆発が起きたという事でごまかし、使えなくしました。しかし、魔物になった仲間達は、すでに世界各地に送られた後だったのです」
「そんな……。じゃあ誰かが退治してしまった可能性も……」
「はい。その可能性も捨てきれません。魔王は実験場が無くなった後、グリンズム王国に目をつけました。科学が発展したあの国に、魔物を送り込んだのです。しかし、その計画もあなた方によって阻止されたようですね」
「………」
「失敗作として生き残ったわたくしは、ガルディス様のお側で仕えていました。他の魔物達も、どうせ失敗作だからとわたくしには目もくれません。それがかえって、好都合だったのです」
「ガルディスは、ガルディスは無事なの?」
ティナが悲痛な顔で聞く。
女性は、一瞬の沈黙の後、悲しげな目で答えた。
「ガルディス様は、リディーム諸島からお帰りになった後、ドラモス様より制裁を受けました。ドラモス様は、ガルディス様を疑っておいでです。わたくしは、ガルディス様と共に城を抜けようと思ったのですが、ガルディス様はわたくしだけを逃がし、もう一人の勇者、シトラス様に仕えるように言われました。申し訳ありません。ガルディス様をお連れする事は、叶いませんでした」
「そんな……」
ティナは泣きそうだ。
ジェニファーが肩を抱き慰める。
シトラスが前に出て来る。
「それじゃ、あなたはガルディスから、俺に仕えるように言われたんですね」
「はい。そうです」
そう。この女性はいつぞや、傷ついたガルディスと話をしていた、あの女性だった。
シトラスは、女性の目をジッと見る。
嘘をついているようには見えない。
何より、ガルディスの願いなら。
「分かりました。一緒に頑張りましょう」
女性の顔がパッと輝いた。
シトラスはみんなの同意を求める。
「別に、オレは構わないぜ」
「あたしも、シトラスが決めたのなら」
「ガルディスの頼みなら、仕方ないね」
「ありがとうございます皆さん。では勇者シトラス様。いいえ、お仕えするのですから、ご主人様。これから、よろしくお願いいたします」
「そこまで、かしこまらなくても。俺達仲間なんだから」
「いいえ。旅に同行させてもらうのですから、あなたはご主人様です」
「分かったよ。ところで、あなたの名前は?」
「……え?」
「名前ですよ。あなたの。俺達これから、何て呼べばいいの?」
「あ……。人間の時の名前なら、ルナンです」
「ルナン。なかなか、言い名前だね。よ〜し、よろしくね、ルナン!」
「は、はい!」
シトラスが差し出した手を、ルナンは握った。
その上に、ジェニファー達も手を重ねていく。
今ここに、新しい仲間が増えた。




