第一の島
「そう言えば、ティナさんって長いことリカの街にいたんですよね。こうやって旅をするのって初めてなんですか?」
ジェニファーがふと、疑問を投げかけてみた。
リカの街はいわば閉ざされた街。そんな所に長い間住んでいたのなら、外に出る機会はあまり無かったんじゃないかと。そう思ってからジェニファーは、失礼な事を聞いたんではないかと気付いた。
「ご、ごめんなさいティナさん。あたし……」
ジェニファーは慌てて口を押さえる。
そんなジェニファーにティナは怒るでもなく、穏やかに言った。
「いいんだよ。あの街はよそから見ると確かに暗いし、地下に埋まっているから外に出られないのかと思っちまう。だけどね、地上にあった時は結構他の国と交流してたし、今だって外に出てる人は出てるんだ。レイニーさんのようにね」
「じゃあ、ティナさんも?」
「アタシは、闘技場には出場した事は無いよ。近場の国に旅行として遊びに行った事はあるけど、本格的な旅は、これが初めてかな」
「旅行ですか。楽しそうですね」
「うん。あんた達も知ってるグリンズム王国とか。城には入れなくても、城下町なら泊まれるからね」
「そうですね」
「あんた達は、城に入れてもらったんだろ? 羨ましいなあ」
「ティナさん。もうシトラスの仲間なんですから、その特権で入れてもらえるかもしれませんよ」
「えっ!? そうなの?」
ティナはシトラスを見た。
彼は困惑しているようだ。
「えっ、どうなのかなあ。俺、分からないなあ」
「もうシトラス。あんた勇者なんだから、しっかりしなよ」
「ハハハハハハ!」
ロックとジェニファーの笑い声が響く。
楽しいムードの中、シトラスがティナに話した。
「そうそう。ティナさんにもいずれ分かる事だから話しておきますね。実はこの旅の最中に、気になる男と度々会っているんです」
「気になる男?」
「ええ。ガルディスっていう男です」
ジェニファーとロックも一緒に説明する。
「そうなんです。魔王軍の使者と名乗っていました。けど、女と戦う気は無いなんて言って、あたしやサララさんは戦っていないんですけど」
「オレは男だけど狙われて無いぜ。てか、あいつシトラスばっかり狙うんだよなぁ」
「そうなんだよ。何故か俺ばっかりターゲットになって」
「そ、そうなの? 魔王軍の使者、ガルディスね……」
「ええ。今度会う時は、ティナさんも警戒して下さい」
「ああ。分かったよ」
この時ティナは少々顔がひきつっていた。
警戒しているのか、驚いているのか。
その内心は、シトラス達はまだ知る良しも無かった。
そうしているうちに、目的のリディーム諸島に船は近づきつつあった。とりあえず、一番西側の島から訪ねて見ようというシトラスの意見に、みんな従った。
船を沿岸に停める。
砂浜の向こう、ちょっとした崖がある。
これ位なら女の子でも登れそうだ。
その近くに、木が生い茂っている場所があった。
あれは森というより林か。
もっと、何かありそうだ。
「シトラス。オレあの崖の向こうが気になる。林の探検は後にして、行ってみようぜ」
「そうだな。綺麗な景色が見えたりしてな」
「案外、何も無かったりして」
「ジェニファー。そんな事言うなよ〜。オレの好奇心が薄れる〜」
「ウフフ。ごめんなさいね。行きましょうティナさん!」
「ああ」
崖に足をかける。と、そこでジェニファーが草に隠されていた階段を見つけた。
石の階段だ。
「シトラス、階段があるよ」
「本当だ。誰か造ったんだな」
子供達はさっさと階段を上り、崖の向こうへ。
ティナはふと林が気になった。
誰かに呼ばれた気がする。
彼女はシトラス達の方を見たが、向きを変え林に歩いて行った。
「よう」
「あなたは……」
木の陰から姿を現したその男と、ティナは会話を始めた。
「やっと、シトラス達の仲間になったようだな」
「ええ。船で噂をしてたわよ。あなたの事。でもまさか、本当にここにいるとはね」
「お前が導いてくれたんじゃないのか?」
「さりげなくこの島の事を言ったけど、決めたのはシトラスよ」
「そうか……」
「やっぱり、あなたとシトラスは、繋がっているのね」
その時、一本の矢が飛んで来た。
ヒョイッと、男とティナは避ける。
「ティナさん! その男から離れて!」
「ロック!」
シトラスとジェニファーも駆けつける。
ロックは弓を構えたまま。
ティナが仲間の元に戻る。
「ティナさん。あの男がオレ達が話していたガルディスです」
「そう。あれが、ガルディス……」
「ティナさん、何かされませんでしたか?」
「大丈夫だよシトラス。ありがとね、心配してくれて」
ジェニファーが、キッとガルディスを睨む。
「ガルディスあなた、まだシトラスを狙う気なの?」
「ああ。それが俺の役目だからな」
「あたしは、あなた達魔王軍を許せない。あなた達のせいで、サララさんは……!」
ガルディスは黙る。
目が、潤んでいるように見えた。
「ドラモスがやった事は、俺から詫びさせてもらう。済まなかった」
「えっ?」
「あの男は冷静なように見えて、根は魔族だ。人を倒す事を望む。魔王が、そんな命令を下していないのにも関わらずな」
「じゃあ、ドラモスが勝手にやった事……」
「そうだ。それを止められ無かった俺にも非はある」
「そんな……」
ガルディスはもう一度頭を下げた。
こんな姿を見せられ、ジェニファーは何も言う事ができなくなる。
ロックも、弓を下ろした。
やはり、この人はーー、
「ガルディス。あなたみたいな人が何故魔王軍の一員に? あなたは、人間でしょう?」
「ストレートな質問だな。ああ、俺は魔族じゃない。人間だ。だが、どうして魔王軍にいるかという事は……」
「それは、俺があんたを倒せばいいんだな」
「シトラス……」
ジェニファーの隣に、シトラスが来た。
彼女に下がるように言う。
剣を構えた。
ガルディスは笑う。
「分かっているじゃないか。だが、ここじゃ動きにくい。林を抜けて、広い場所に出よう」
「ああ」
砂浜は足がもつれて戦いづらい。彼らは崖の下に広がる地面に立っていた。
「ガルディス。俺は闘技場でレイニーさんを倒してチャンピオンになった。あんたも前になったと聞いて挑戦したんだ!」
「ほう。あの地獄のトーナメントを勝ち抜いたのか。それは腕も上がっただろう。期待していいな」
「ああ。今度こそ、あんたを倒す」
二人の間に火花が散る。
ティナは何か言おうとしたが、その雰囲気に黙っているしか無かった。
ロックとジェニファーが見守る中、シトラスが仕掛ける。
剣を地面に刺し、土を飛ばす。
特に技名は無いらしい。
もちろん、こんな物にガルディスが引っかかる訳がない。
ちょっと体を横に倒して避けた。
その隙にシトラスが近づく。
「疾風!」
ガルディスも、剣を出して応戦した。




