そして勝利の鐘は鳴る
レイニーの回し蹴りが、シトラスの頭上をかすった。シトラスは突きを繰り出すが避けられる。ボディにパンチが来た。剣を使ってガードする。すると、足を払われた。シトラスは転ぶ。上に乗ろうとするレイニー。シトラスは両足でチャンピオンを蹴ると、彼と距離を取った。
(……シトラスっ)
観客席のジェニファーは、何も言えない複雑な表情で、彼らの戦いを見守っていた。ただ、応援する事しかできない。だけど、怪我をして欲しくない。勝って欲しいけど、本当は……。
勇者チームの一員である自覚と、恋する乙女心が交錯していた。隣のロックも、彼女のその気持ちに気づいていたから、
「心配するなジェニファー。シトラスは必ず勝つ。だからよ、あいつが帰って来た時は、思い切り抱きしめてやれよ」
と、優しい言葉をかけた。
ジェニファーはうんって頷く。
ロックの気遣いが嬉しかった。
だからね、今は、あなたの事を見ていたいの。
(シトラス、頑張って……)
ジェニファーは、シトラスの為に祈った。
舞台上の二人の攻防は、一進一退だった。
シトラスの剣は、当たる事は当たっている。しかし、さすがチャンピオン。鍛え上げた体は鋼のように、僅かな傷しか受け付けない。が、それだけが問題じゃない。さっきまでの連戦で、シトラスに疲れが貯まっているのも事実だ。実際、息が荒い。
「どうしたシトラスよ。疲れているようじゃねぇか。無理もねぇな。オメエはまだ子供。大人と違って体力もねえ。だがな、可哀想だけど、手加減してやる訳にいかねえんだ。チャンピオンとしてな」
ここから、レイニーの猛攻が始まる。
数え切れないほどのパンチとキックの嵐。
とても全部は避けられない。
シトラスは倒れ、天井を見た。
口から血を吐く。
それでもー、
顔を上げると、チャンピオンは攻撃を止め、腕組みをして待っていた。
クラッ。
世界が回る。
目を閉じ、呼吸を落ち着かせた。
実況の人がシトラスにまだやるのかと聞く。
実況と審判とを兼ねているようだ。
はいと返事をして、シトラスは立った。
「おおっと、チャレンジャー、まだ戦うようです! チャンピオンにあれだけやられて、大丈夫なのか? 少し心配です。と、おおっ、チャンピオンが仕掛けました!」
レイニーがボディを狙う。シトラスは空中に飛んで避けた。そのままレイニーの顔面に飛び蹴りを食らわす。姉、サララもたまに使っていたっけ。弟にも受け継がれたようだ。
「今度は、チャンピオンが倒れました! あっ、しかしすぐに起きたっ。余裕の笑みです!」
レイニーは笑って挑発する。
「やるじゃねぇかシトラス。いい蹴りだったぜ。さすがは勇者だ。続けてかかって来な! 受けてやるぜ!」
「は〜〜っ!」
シトラスが攻める。
「五月雨!」
「くうっ!」
苦しそうな顔で下を向くレイニー。
が、シトラスの連打の隙をついて、彼の腕を掴んだ。
「!!」
ひょいっと投げられる。
シトラスは空中で一回転し、見事な着地を披露した。
わ〜〜〜!
観客の歓声。
ジェニファーとロックは、ドキドキしながら見ていた。
ジェニファーは半分泣いている。
シトラスがレイニーの猛攻を受けているのが、耐えられなかったのだ。
(シトラス、シトラス……)
必死に涙を拭う。
ロックは、そんな様子のジェニファーを見ているのが辛かった。
「大丈夫かジェニファー? 辛かったら、目を伏せていてもいいんだぜ」
それに対し、ジェニファーは首を振った。
「ううん。あたしは見てる。シトラスが戦っているのに、あたしが逃げる訳にいかないもん」
「……そうか」
ジェニファーの横顔は、美しかった。
ロックは彼女の気持ちを尊重し、試合に集中した。
(シトラス。ジェニファーは健気だぞ。だから、泣かすんじゃねぇぞ……)
サララの代わりに、二人を見守る。
ロック自身の気持ちでもあった。
バシイッ。
レイニーのシトラスに対する殴打の嵐が、また始まっていた。
シトラスは耐える。
反撃のチャンスを伺っていた。
「どうした? それがオメエの実力じゃねぇだろ? リカの街の場所を聞きたいんだったら、根性見せろ!」
「うっ!」
レイニーの蹴りを腹に受けてしまう。
シトラスは吹き飛んだ。
「おっと、チャレンジャーが飛びました! 降参か? いや、まだ向かって行きます! なんて根性でしょう」
シトラスの剣が、レイニーに読まれていた。
当たらない。
レイニーが足を高く上げる。
「諦めな、シトラス」
かかと落としだ。
当たったら気絶は免れない。
シトラスは咄嗟に横に動いた。
左肩をかすめる。
服が破けた。
「むっ」
レイニーは、シトラスの左肩の紋章に気がつく。
勇者の証。
刺青でもなく、生まれた時からそこに刻まれていた、特別な印だ。
実況の人も驚く。
「こ、これは何でしょう。まさか、本で見た事がある勇者の……。すると彼は……? あ、ああっ! チャレンジャーが気合いを入れました。そして……」
「はあああああっ!」
勇者の印が、光った。
シトラスは走る。
「五月雨!」
ドドドドドド。
凄まじいシトラスの剣撃に、今度はレイニーの方が吹き飛んだ。
舞台の外に落ちる。
「はあはあ……」
肩で息をするシトラス。
紋章の光も消えていた。
「チャンピオン、舞台の外に落ちました。という事は、チャレンジャー、勇者の勝利です!」
ゴングの音が聞こえた。
勝った。
俺が勝ったのか。
レイニーがリングの上に上り、シトラスを称える。
「強かったぜシトラスよ。完全に、俺様の負けだ。オメエが、チャンピオンだよ」
「レイニーさん……」
「俺様はただのレイニー・ブリッセルだ。またチャレンジャーとして、挑戦するつもりだよ」
「はい!」
「シトラス〜〜!」
ジェニファーとロックが駆けて来た。
笑顔で、とても嬉しそう。
ジェニファーはギュッとシトラスを抱いた。
「シトラス、頑張ったね。あたし、心配したよ。でも、勝って良かった……」
「オレも応援したんだぜ。とにかく、今は休め。な?」
「シトラス、どうしたの?」
ジェニファーの声を聞きながら、頭がボーっとしてくる。
何だ。どうしたんだろう。
フッと、真っ暗になった。
「気がついた? シトラス」
「ここは……?」
目の前にジェニファーの顔がある。
ベッドに寝かされていた。
「ここは医務室よ。あなたは気を失っちゃったの」
「そうか……」
「よっ。起きたかシトラス」
やけに明るく、ロックとレイニーさんが入って来た。
「レイニーさん、ロック……」
「あ、無茶するなよ。そのままでいい。今は体を休めるのが先だ。リカの街の事は、それから話してやるぜ」
「そう。オレもジェニファーも驚いたけど、後でレイニーさんがリカの街まで案内してくれるって。だから、お前はゆっくり寝てろ。いいな?」
「けど、レイニーさんも休まないと……」
「心配するな。オメエとは、鍛え方が違うんだ。大人と子供の差ってやつだな。じゃ、俺様は控え室に戻るぜ。後で来な」
「はい、ありがとうございます。レイニーさん」
ジェニファーの笑みに、レイニーは手を振って去った。
「じゃ、シトラスも休んで。まだ眠たいでしょ?」
「ああ。ジェニファー。迷惑かけてゴメン。ロックも」
「気にするな。お前が勝ってくれたから、オレ達はリカの街に行けるんだ。感謝してるぜ」
「あたしも、信じてた」
「ああ。ありがとう、二人とも」
「フフッ。さぁもう休んで。あたしが側にいるわ」
「うん、おやすみ」
「おやすみなさい。シトラス」
ジェニファーとロックに見守られ、シトラスは目を閉じた。
どうか、今はいい夢を。
ジェニファーがそっと、彼の髪を撫でた。




