闘技場
闘技場。
丸く大きな鉄のフォルムの中に、500人は収納できる観客席。上に行くほど高くなっており、試合が見にくいという事は無い。その観客席に囲まれるように、四角い舞台があった。受付を抜けると、観客達は通路を通り、それぞれの席へと向かう。通路には男女別のトイレと売店があり、その売店で買った飲み物やパンなどを持って、試合を楽しむ事ができる。ちなみに席は自由席だ。
観客席の一番上の通路をグルッと一周している途中で、壁にドアがあるのを見つけた。そのドアを開け、奥に行くと、選手達の控え室につながる。ここでは賭けというものは行ってなく、ただ純粋に観客と選手が一体となって楽しんでいた。
受付で、現チャンピオンの事を聞いてみたシトラス達。それならば控え室に行ってはどうかと言われた為、そこに向かった。ドアを開けると、通路の両脇に各部屋がある。部屋数はざっと見て10部屋くらいか。
「ねえシトラス。一つ一つ部屋を調べるの?」
ジェニファーが、何か嫌だなぁという顔をした。
それに対しシトラスは、
「う〜んそうだなぁ。チャンピオンなんだから、特別な部屋……ってのはないか。ん?」
一番奥の、他とは少し離れている部屋。
そこのドアが光っている。
近づいて見ると、金ぴかに塗られたドアだった。
ドアノブまで金。
その派手なドアの前に立ち、ロックは、
「シトラス。特別な部屋……、あったな」
「ああ……」
三人とも呆れ顔。
とにかく、ドアを開けてみる。
カチャッ。
「すいません。誰かいますか〜?」
シーン。
部屋の中にはダンベルやらタオル、飲み物などが散乱していたが、肝心のチャンピオンはいない。
「シトラス、誰もいないね」
「そうだな、しょうがない。だったら」
隣の部屋の人なら、何か知っているだろうか。
聞いてみよう。
扉を開いた途端、上半身裸の男の人がトレーニングをしているのが見えた。
「キャッ」
思わずジェニファーは目を反らす。
男の人がトレーニングを止めてこっちを見る。
「何だい君達は?」
「すみません。怪しい者じゃないんです。俺達は……」
シトラスとロックが説明する。
男性は、タオルで体を拭いた。
鍛え上げた胸元に光る汗が美しい。
Tシャツを着込むと、話をしてくれた。
「ああ、チャンピオンねえ。もうすぐ来ると思うよ。あの人はほら、最後の砦だから」
「そのチャンピオンって、どんな人なんですか?」
「そうだね。戦闘スタイルは基本的に格闘系だけど、剣とか槍とか武器にも長けているみたいだよ。名前? 本名は知らないんだ。ここではみんなチャンピオンと呼んでいるし。ガタイはもちろん良いよ。顔はちょっと怖いけど、子供達には人気があるし。羨ましいよ。ホントに」
「あなたは、戦った事があるんですか?」
「ないない。俺……、いざ舞台に立つと足が震えてさ、負けちまうの。こんな体してるのにって言われるけど、臆病なのかな。やっぱり」
「今観客席を回って来ましたけど、あれだけ人に見られると緊張しますよね」
「そうなんだ。けど、一回戦くらい勝ってみたい! って思ってるんだ。あの人はチャンピオンに君臨してから、一回しか負けていない。挑戦者は、20人くらいいたけどね」
「そうなんですか。凄いですね。そのチャンピオンを負かした人物も気になります」
「確か、孤高の剣士で、ガルディスとか言ったかな。何故か挑戦したのはその一回だけで、チャンピオンはすぐ、王座を取り戻したけど」
「ガルディス!?」
シトラス達のその大声に、男性は一瞬ビビった。
「何だ何だ、知り合いか?」
「え……。な、何でもありません」
シトラスは言いかけたが、嘘をついた。
魔王軍の使者であるガルディスが、純粋な思いで試合をしているここに来たとなれば、みんなはどう思うだろう。それを考えたら、言い出せなかった。
「そう。ならいいや。あ、君達見てみなよ。あの人がチャンピオンだ」
部屋の扉は開いている。その隙間から通路を歩くチャンピオンの姿が見えた。
シトラス達は後を追う。
金色のドアノブに手をかけ、今まさに入ろうとした所を呼び止めた。
背が高い。
180㎝は越えているかも。
タンクトップに短パンから覗く肉体美は、見とれてしまうほど。
無駄な肉が無い。
チャンピオンはシトラス達を見つめている。
やがて言った。
「ああ、もしかして俺様のファンか? いいよ。サインならやる。ちょっと待ってな」
部屋の中に入ると、サイン色紙を手に戻って来た。
シトラス達は違うと断ろうとする。が、
「いいよいいよ。遠慮するなって。こうして俺様とオメエ達が会ったのも何かの縁だし。な?」
ここでチャンピオンの機嫌を損ねちゃ、リカの街の場所を教えてくれないかも。ここは大人しくサインを貰っておくか。
シトラス達は笑顔で手を出した。
それにしても、自分で色紙を持っているとは。
ファンに気を使っているのか、それとも……。
「それでいい。じゃ、名前を言いな。え〜、シトラス・ハントにジェニファー・マーチン。ロック・アーネストね。ほらよ」
「ありがとうございます」
色紙には、チャンピオンの本名が書いてあった。
シトラスが言う。
「レイニー・ブリッセルさんって名前なんですね。チャンピオンさん」
「ああ、さすがにサインだし、本名書かないとマズイだろ。ここの奴らは、俺様の名前など聞いた事がないがな」
「チャンピオンだから、ですか?」
「ああ。今はな。チャンピオンなんて称号は通り名みたいなもんだ。いつか、俺様より強い奴が来る。けどな、そん時まで、俺様が引っ張っていってやらないと盛り上がらねえだろ。闘技場も。俺様に憧れて強くなりてえって子供もいるんだ。オメエらみたいにな」
「い、いや、俺達は……」
ここでチャンピオン、レイニーはフッと吹いた。
「分あってるよ。オメエらがそうじゃねえって事は。んで、何の用で俺様に会いに来た? 勇者さんよ」
「えっ、何で!?」
「知ってるよ。チャンピオンでいる以上、世間の事にも詳しくねえとな。オメエらが各地で魔物を倒してるってのは、ここいらにも広まってるよ」
「そ、そうなんですか」
俺達の噂が、こんな所にまで。
シトラスの顔がほころんだ。
あっ、今はこんな事してる場合じゃない。
リカの街の事を聞かなくちゃ。
「あの、レイニーさん。リカの街って場所を知っていますか?」
「あん? リカの街だと?」
ジェニファーの質問に、レイニーの顔つきが変わった。
「オメエら、あの街に何しに行く気だ? オメエらみてえな子供が行くような場所じゃねえぞ」
「あの、そんなにひどい街なんですか?」
「ああ。ゴロツキの街と言われてる。かなりヤベエ街だ」
「そんな……。でも、あたし達は……」
泣きそうなジェニファーに代わって、シトラスが頼んだ。
「お願いします! 俺達は、どうしてもそこに行かなきゃいけないんです。ティナさんという女性に会う為に!」
「ティナ。確かにそういう名の踊り子はいる。あの街の踊り子達の中でも、一、二を争うイイ女だ。しかし、オメエら本気か?」
シトラス、ジェニファー、ロックはコクリと首を縦に下ろした。
その真剣な眼差しにレイニーは動かされる。
「分かったよ。ただし、オメエらの覚悟を見せてみろ。この闘技場で、俺様と戦うんだ」
「えっ!?」
「俺様は、オメエらが勝ち上がって来るのを待ってる。俺様に勝ったら、認めてやるよ」
「それは、勝ったら教えてくれるという事ですか?」
「そうだ。がっかりさせるなよ」
レイニーはそのまま、部屋の中に消えた。
戦いに備えて、トレーニングをしているのか。
ジェニファーが、少し不安げ。
シトラスが頭を撫でた。
「大丈夫だよジェニファー。俺がついてる」
「うん」
シトラスの温もりに触れ、ジェニファーは笑みを見せた。
(シトラスがいれば大丈夫。あたしは、負けない)
彼らは選手として出場するため、受付に戻った。
詳しい説明は、そこで聞けるはず。
ゴングは、近づいていた。




