テュッティ再び
船がセントミディアから離れて二日。
ここまで順調に来ている。
この分だとあと二、三日でギー婆さんのいる大陸に到着するだろう。
シトラスは海を見ていた。
穏やかな波だ。
ジェニファーが後ろから近づく。
「シトラス」
「ああ、ジェニファー」
彼女はシトラスの隣に来た。
シトラスの視線は水面を泳ぐ。
どことなく寂しそうだ。
「どうしたの? シトラス」
「ああ。旅に出てから、色んな事があったなって。アルズベルトに帰ったら、ふと思い出したんだ。それに、もうすぐメモリーリングが手に入るだろ? そしたら、旅も終わっちゃうんじゃないかって、そんな気がして」
「そう」
ジェニファーは、真っ直ぐにシトラスの目を見る。
「あたしは、シトラスと旅ができて嬉しかったよ」
「えっ……」
とびきりの笑顔を見せた。
綺麗な瞳に吸い込まれそう。
ドキン。
シトラスの胸が高まった。
(マジ、可愛い……)
「ジェ、ジェニファー……」
「確かに、色んな事あったね。楽しい事だけじゃなく辛い事も。でもあたしは、あなたがいたから、ここまで来れたんだよ。それに、まだ旅は終わって無いし」
「そ、そうだな。まだ続くんだもんな」
「うん。まだ続くよ。それにあたしは、旅が終わっても、ずっとあなたと一緒にいたい」
「なっ……」
「シトラス、あたしね……」
その二人の様子を、離れた所で他の仲間達は見ていた。
「何か、いいムードじゃないですか? ご主人様達」
「そうね。シトラスがもう少し押せれば」
「はい。オレ見ててじれったくなってきます」
「そうか、あの二人……」
「ガルディス。あなた弟に指南してやれば? もう少し頑張りなさいって」
「う〜ん、そうだな」
「あ、でも、見て下さいよ」
ルナンの言葉に仲間達は声を潜めて、シトラスとジェニファーに注目した。
二人とも見つめ合っている。
「あたし、あの……、あ……」
ジェニファーは何か言おうとしているが、言葉が詰まって上手く話せない。
しまいには赤くなって下を向いてしまう。
シトラスはゴクンと唾を飲み込むと、
ギュッ。
ジェニファーを両手で抱いた。
びっくりしてジェニファーは上を向く。
シトラスは照れながら言った。
「あ〜。俺も嬉しかったぜ。ジェニファーが一緒に旅をしてくれて。一人だと、不安だったから。あ、姉さんとロックもいたけどな」
「………」
「う、コホン。だから、その……」
その瞬間、いきなり船が揺れた。
揺れたというより、下から突き上げられた感じだ。
ガタンッ。
船は斜めになる。
衝撃でシトラス達は離れ、手すりにぶつかった。
無論ロック達も。
「痛ててて、何だ」
船が平らに戻った所で、状況を確認しようとシトラス達は辺りを見回す。
海から何かが上がって来た。
あの見覚えある甲羅は……、
「こ〜ら、ぼくが怒っているのに、イチャイチャしてるんじゃない!」
「テュッティ様!」
テュッティは船の甲板に降り立った。
フレイルにやられた怪我は治ったのか。
「テュッティ、オレ達を倒しに来たのか?」
「ああそうだ。ちなみに今のは、シャレじゃないからな」
シーン。
こらという怒り言葉と、自分の甲羅って事か。
ずいぶん分かりづらい。
しかし、今はそんな事考えてる時じゃない。
というか、気にも留めていなかった。
「うっ。それよりかガルディス、何故裏切ったの? ぼくはあなたを、結構好きだったのに」
シトラス達が何も反応しなかった為、テュッティ自ら話題を変えた。
ガルディスは答える。
「そうか。そりゃありがとな」
「戻って来る気は無いの?」
「残念だがテュッティ。俺はシトラス達と共に戦う事を決めた。もう一人の勇者としてな」
「ガルディス。ぼくだって、弟みたいなものでしょ?」
「お前が俺を慕ってくれた事は感謝する。だが、例え戻ったとしても魔王とドラモスは俺を許さないだろう。俺は、使命を思い出したんだよ。勇者としてのな」
「分かった……」
テュッティは諦め、戦いの準備をする。
そのテュッティに怒っている人物が、ここにいた。
「あ〜! もう、いい所で邪魔して。あんたも怒ってるかもしれないけど、あたしも、プンプンなんだからね!」
ジェニファーだ。
彼女は怒りの杖を振り上げる。
その殺気にテュッティは一瞬ゾクッとするが、
「うるさいな。お前、何かできるの? どうせ魔族のぼくより弱いよね」
と、凄んだ。
ルナンは慌てる。
「テュッティ様。ジェニファー様は勇者の一員として立派に戦ってこられました。あまりそういう事を平気で言われない方が……」
「でもさあ、所詮人間でしょ?」
「あら、人間だと駄目だって言うの? あたし達人間より、あんた達魔族の方が偉いって? そんなのおかしいよね」
「何?」
「やってみないと分かんないって言ってんの。行くよ! ウォーターダンス!」
ゴゴゴゴゴゴ。
大量の水が押し寄せる。
テュッティは余裕で笑った。
「忘れたの? ぼくは亀の魔族だよ」
水の中をすいすいと泳ぐ。
そんなテュッティに対し、ジェニファーも笑って見せた。
何か企んでいるような顔だ。
「分かってるわよ。わざとあんたに濡れてもらったの」
「何だと!?」
「サンダーボム!」
「ぐあっ!」
濡れた体に、電撃はきつい。
テュッティはひっくり返った。
体が痺れて、震えてる。
「どう? これが人間の力よ」
「く、くそっ!」
力を入れて立つ。
キッと、歯を食い縛った。
「負けるもんか! ぼくにも魔族の意地がある。行くぞ、まとめて始末してやる!」
「さあ、来い!」
ジェニファーだけじゃない。
シトラス達も武器を手にした。
ガルディスも、静かに剣を抜く。
「テュッティ。悪いが俺も人間だ。仲間であるジェニファーを馬鹿にした以上、俺はお前と戦うしかないな」
「うう……。ぼくは魔王様にもドラモス様にも内緒で来た。ガルディス、あなたを倒せば、認めてもらえる!」
甲羅の中に手足を入れ、回転しながら攻撃して来た。
魔王城。
ドラモスは大事な部下、テュッティの姿を探していた。
しかし何処にも見当たらない。
魔王ダイロスも、命令を下していない。
途中で会ったスーリアにも聞いてみた。
しかし彼女も知らないと言う。
(まさか……)
悪い予感がする。
シトラスとロックの二人は、闘気を習得したばかり。
が、裏切り者のガルディスがいる。
そんな奴らと、まともに戦えば……。
「テュッティ、止めろ。戻るんだ! ガルディスは、我がやる!」
城の中に、ドラモスの叫びが響いた。
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