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第一話 おネコさま

新しい社長は宇宙人だった。秘書に抜擢された近藤に任された仕事は……

 近藤の会社が外資に吸収合併された。それも外国資本ではなく、地球外資本である。なんと、新社長は宇宙人らしい。もっとも、近藤のような下っ端には、社長が宇宙人だろうが地底人だろうが、関係のない話である。

 そう思って安心していた近藤だが、思いがけず人事課に呼ばれた。

 何事だろうと行ってみると、人事課長は困ったような笑顔で近藤に辞令を渡した。そこには《社長秘書を命ずる》と書いてある。

「えっ、えー。な、なんで、おれが社長秘書なんですか」

「うん。まあ、異例の抜擢ばってきに驚いたと思うが、社内で宇宙語が話せるのは、きみしかいないんだよ」

「そんなあ。おれ程度の宇宙語なんて通じませんよ。それに、宇宙語といったって、全宇宙に普及しているわけじゃありませんし」

 宇宙語というのは、異星間のコミュニケーションがうまく行くようにと、惑星連合が作った人工言語である。だが、かつて同じような目的で作られたエスペラント語がそうであったように、結局、実際の使用者が少なすぎて、未だに実用的な言語にはなっていない。

 学生時代、近藤が第二外語として宇宙語を選択したのは、履修りしゅう希望者が少ないため簡単に単位がもらえるだろう、という安易な理由からだった。

「いや、ミーア社長は宇宙語が堪能たんのうらしいんだよ。本当は、社長の母星語であるバステト語の話せる人間がわが社にいればいいんだが、地球全体でも数人しかしゃべれないレアな言語だからね。われわれとしても、きみを社長秘書にするのは大いに不安なのだが、背に腹は変えられない、ということになった」

 ずいぶんな言われようだが、ここで業務命令に逆らえば、今後の立身出世は望めない。今までだって、そんなに期待されていたわけじゃないだろうが、逆に、ここから上昇気流に乗れるかもしれない。近藤は、自分にそう言い聞かせた。

「わかりました。社長秘書の大役たいやく、精一杯努めさせていただきます」

「頼んだぞ」

 露骨にワラにもすがりたいという表情の人事課長に見送られ、近藤は社長室に向かった。むろん、行くのは初めてである。

 今後自分の部屋になるはずの秘書室を、チラリと覗くだけで通り過ぎ、近藤は社長室のドアの前に立った。宇宙語の挨拶あいさつを何度か頭の中で復唱し、ドアをノックした。

『このたび秘書を拝命しました、近藤大作でございます。ご挨拶に伺いましたが、今よろしいでしょうか?』

 中から流暢な宇宙語で『どうぞ入りたまえ』と返事があった。

 近藤は『失礼いたします』と断ってドアを開け、相手を一目見るなり、日本語で叫んだ。

「あっ、おまえ、ミケじゃないか。生きてたのか!」

『ん、なんのことだね』

『あわわ、失礼しました』

 近藤は、すぐに勘違いに気付いた。

 目の前にいる相手は、確かに一ヶ月前から行方不明の近藤の飼いネコにそっくりだったが、高そうな背広を着ているし、社長用執務デスクの椅子に座っているのだ。背筋もピンと伸びており、椅子から降りると普通に二本足で歩いた。近藤の前まで来ると、片方の前足を差し出して、『よろしく頼むよ』と言った。

 少し間があってから、握手を求められているのだと気付き、近藤は両手でそっと前足を握った。

『こ、こちらこそ、よろしく、お願いいたし、ますです』

『まあ、座って話そうじゃないか』

 勧められるまま、近藤はデスクの横にある応接セットのソファに座った。社長も向かい側に腰をおろした。

 こうして近くでじっくり見ると、地球人よりは小柄だが、やはりネコよりはずっと大きい。

『先ほど何か地球の言葉で叫んでいたようだが、わたしが、いわゆるネコという動物に似ていて驚いたのだろう』

『すみませんでした』

『いやいや、かまわんよ。そのことは地球人と接触を始めた頃から、われわれにとって周知の事実だ。むろん、これは偶然のなせるわざであり、われわれと、いわゆるネコとは遺伝的には何の共通点もない。ただ、これは地球人もそうだろうが、似ている相手にはシンパシーを感じるものだ。したがって、ネコが虐待ぎゃくたいされているような場面を見ると、心おだやかではいられない。そこで、秘書として最初にきみにやって欲しいのは、社内にホームレスのネコを受け入れる施設を作り、彼らが快適に過ごせるようにすることだ。また、社員たちにも、決してネコに危害を加えたりしないよう徹底するのだ。いいね』

『はあ。あ、いえ、かしこまりました』


 その日から近藤の奮闘ふんとうが始まった。ホームレスのネコ、つまり、野良のらネコを集めてきては世話をするのである。専属のトリマーと獣医を雇い、アラブの大富豪の飼いネコ並の生活をさせた。

 すぐに社員たちから不平不満が噴出し、中にはネコに八つ当たりする不届ふとどき者も出たため、そういう人間はすぐにクビにした。また、今後二度とそういうことが起きないよう、多数のネコ用ガードマンを、警備保障会社から派遣してもらうことにした。

 近藤はネコの世話に追われ、たまに社長に経過報告をするぐらいで、本来の秘書らしい仕事は、全くと言っていいほどさせてもらえなかった。

 そんなある日、近藤は地球人の取締役に呼び出され、いきなり怒鳴られた。

「おまえは、何をやっとるんだ!」

「はあ、主に、おネコさまのお世話ですが」

「そんなことをやっとる場合か!」

「あ、いえ、ですが、社長命令で」

 しかし、取締役は怒りとも悲しみともつかない顔になり、ため息をついた。

「社長なら、とっくにトンズラしたよ。しかも、多額の金を横領おうりょうしてな。これこそ、本当のネコババだ」

「えっ、えー、でも、でも、おれ、いや、自分には、何も」

 取締役は、ジロリと近藤を睨んだ。

「ふん。身近な人間に秘密を悟られないよう、ネコの世話をさせていたんだろうな」

 近藤は、出世の夢がもろくもくずれたと思った。いや、それどころではあるまい。

「あのう、自分はクビになるんでしょうか?」

 取締役は、また、ため息をついた。

「いや、そうはいかん。次の社長も宇宙人なんだ。今度は、イヌそっくりらしい」

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