Chapter 3
そこに着いたのは、日が高く上った午前10時を少し回ったところだった。1時間遅れだったが、乗客達が文句を言っている様子はなかった。ガイドも恐縮している風もない。もちろん私も不満を漏らすつもりはなく、ただ単純に目的地に到着したことにわくわくしていた。
バスが止まって、人々と一緒に私も段差の激しいタラップを降りた。さっきまで荒れ地しかなかったのに、そこはなだらかな谷間にわき水で出来たらしい小さな池があり、まわりに鬱そうと木々が茂っていた。
写真で見たとおりの、廃墟になったビクトリアン・ハウスがそこにあった。
いったいこんな場所に誰がいつ何のためにこんなに豪華な邸宅を建てたのだろう。まわりには町はおろか家一軒ない。かつては町があったのだろうか。アメリカだから、金鉱とか、発掘していたのだろうか。
ガイドが人々の中心で早口の英語でいろいろ説明していた。何を言っているのか全くわからないので、私は手持ちぶさたでただうっとりと目の前の美しいビクトリアン・ハウスを眺めていた。
日本の感覚なら、小さいビル一つ分ぐらいの大きさがあった。廃屋、というには大きすぎ、廃墟、と呼ぶのにふさわしい。くすんだグレーがかったアイボリーの壁のほとんどを、暗い緑のツタと明るい緑のシダが被っていた。
広い玄関に続くポーチの階段は、おとぎ話に出てくるお城のようだった。階段はところどころ崩れていて、細い木の根がむきだしの血管みたいにはびこっていた。
説明が終わって、ぞろぞろと歩き出した人々と一緒に、私はようやく屋敷の中に足を踏み入れた。
ポーチから広間に入ったとたん、オオ、とどよめきが天井一杯に響いた。
屋敷の中は、緑に被われていた。二階に続くらせん階段の上のドームは天井が抜け落ち、滝のように蔓植物が豊かに枝を下ろしていた。
屋敷の中央に屋内だというのに何故か池があって、水草と一緒に魚が戯れていた。いったい、この魚たちはどこから来たのだろう。池の中央が深いことから、床が抜けた後に水がたまったものらしかった。
地下室に降りる階段はさすがに暗く、隣にいた老夫婦がゴースト、と気味悪げにつぶやいていた。窓がない地下からは、カビ臭いすえたにおいがかすかに立ち上っていた。
ガイドに続いて、二階の居室を見て回った。広い書斎の本棚には、古びた本がほこりと蜘蛛の巣だらけになって整然と並んでいた。大きな机の真ん中に、タイプライターとインク壷、そして椅子と机の間には分厚いスリッパが脱ぎ捨てられていた。
ベッドルームに入ると、ワァオ、と若いカップルが顔をしかめた。色あせた掛け布団とわらがはみ出したマットレス。うっすらわたぼこりが積もっているのがどうにも痛ましい。人の生活に直結したものが荒れ果てているのを見ると、えもいえぬ不安が湧き起こるものだということを、私は初めて知った。人々は皆、一様に顔をしかめてそそくさと通り過ぎていった。
部屋の入り口には立ち入り禁止をほのめかすくすんだ金色のポールに、赤黒いシルクの縄が渡してあった。それがなかったら物好きな何人かは部屋に足を踏み入れていたかもしれないが、長い放置の時を経て少しずつ損なわれてきたかつての暮らしの品々に直接触れてみたいと思う人はそれほど多くなかっただろう。
二階のバルコニーから外を眺めると、屋敷の周囲を囲む森はすぐに途絶え、その向こうはさっきバスから眺めたあの荒涼とした大地がどこまでも続いていた。
ガイドがしきりに右手を指さして説明している。よく見ると、あちこちにがれきの山が並んでいた。どうも、昔町があったところらしい。だが、ここほど状態よく残っている建物は他にはなかった。だから、このビクトリアン・ハウスだけが荒野に取り残された遺跡のようだった。




