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Chapter 2

 アメリカと言えばニューヨーク、ぐらいの知識しかなかった私が国内線を2回乗り継いで何とかたどり着いたのは、滑走路が二つしかない空港と、そこにへばりつくように出来た町だった。やたら広いし、一つ一つの建物は大きいのに、人口密度を考えたら30年間住んでいた町と同じぐらいだった。

 ネットでダウンロードして印刷した紙を握りしめて、旅行会社のドアを叩いた。金髪で大柄の女性が受付に座っていた。私を見るとハローとにっこり笑い、私はここに行きたいのです、と同じくプリントアウトしたビクトリアン・ハウスの写真を見せた。

 アイシー、とうなづいててきぱきと手続きを済ませ、出発は今夜9時、と一言ずつ単語をかみしめるように発音して私にわからせると、私の荷物を見て、ホテルは?と尋ねた。私がかぶりをふると、ユーアラッキー、と受付嬢は笑った。行きも帰りも車中泊だから、ホテルは必要ないのだとわかったのは、行程表のにじんだコピーをじっくり読んでからだった。

 どうやら、ビクトリアン・ハウスはここからかなり離れているようだった。深夜に一度モーテルで休憩をして、朝9時頃の到着と書いてあった。日本のバスツアーのように分刻みであちこち(挙げ句の果てにお土産屋まで)連れて行かれるようなせわしさはなく、午後までゆっくりただそこにいることが出来る。帰りはイエローストーンの入り口を回って、夕暮れを楽しんでからまた翌朝戻ってくるらしかった。

 スーツケースを預かってもらえるか、と彼女に頼むと、オーケーと頷いて気持ちよく預かってくれた。とりあえずその隅っこに置いといてよ、と手振りで言うのがわかったので、私は言われるままなるべく邪魔にならない部屋の隅にスーツケースを置いた。

 こんなツアーに人が集まるのだろうか、と思い少し心配になったが、出発時刻の30分ほど前になって集まってきたのは30人ほどの人々だった。

 深夜遅く、明け方間近にモーテルでとった休憩は2時間以上に及んだ。一人旅は私ぐらいで、みなグループやカップルだったから、モーテルの狭いレストランはなかなか盛り上がっていた。アルコールを飲んでいる人も大勢いた。私はいちばん目立たない席で気配を消して大人しくしていたので、誰からも声一つかけられなかった。

 私は子供の頃からそういうのが得意だった。人の目に付かないこと、人の注意を引かないこと。それが上手に出来れば、日々は快適だった。バスの席も指定席ではなくて余裕があったので、隣に見知らぬ外国人に座られることもなかった。

 まるで宴会のような休憩が終わりバスに乗り込むと、私はさすがに疲れが出てウトウトし始めた。考えてみたら、日本を発ってから三日、一度もベッドで横になって眠ったことはなかった。

 ゴーゴー音を立ててひた走るバスは、時々ズシンとうねったりして、何だかバスではなく宇宙船にでも乗っているようだった。

 気が付くと、眩しい朝日が顔にさしこんでいた。そして、私は目の前がひたすら何もない荒れ地であることに驚いた。テレビや画像で見たことはあったが、実際にその中にいるとスケールが違う。自分が、本当に小さく見えてわくわくした。細かいことに何も気を遣う必要がない、全てをこの広さにゆだねればいい。

 バスは埃っぽい荒れ地のハイウェイを走り続けていた。

 よく見ると、乗客はローカルの人たちがほとんどを占めていた。

週末にちょっとした廃墟ツアーを思いつくような日常のルーティンワークに倦み疲れた40歳前後の社会人か、若いのにちょっと世の中を冷めた目で見ているようなインテリの学生たちが多く、みな軽装で、気軽に参加したという様子で車内でものんびりくつろいでいた。

はるばる海外からやってきたのは私一人のようだった。私もスーツケースを置いてきたおかげで、貴重品を入れたウエストポーチ一つという身軽さだった。

 私はほとんど言葉も通じず、片言の英語と身振り手振りしかコミュニケーションの手段はなかったが、50人近いツアー客をとりまとめるたった一人のガイドはあくまで事務的で、サービスを念頭に置いているようには見えず、私は目立たないままほっておかれていた。

 ほかに行き交う車がほとんどない、窓の外の風景もこれといって目を惹くものもない、正直退屈な旅だった。それでも、さっき朝日が昇って辺りがはっきり見えるようになると、見慣れない地平線や荒涼とした大地に圧倒されて、それまでの生活から切りはなされた高揚感を私は感じていた。


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