24 あの子に訴える僕
タンザ(タンザライト):主人公。霊能者という精神領域の魔術に長けた珍しい魔術師。
エリカ:攻撃呪文を得意とする魔術師の少女。
レイラ:人間の女性。職業はヴァルキリー。
カルロ:ラウルフ(犬獣人)のロード。大手クラン<モーニングスター>のクラン長。
ザック:ドラコン(竜獣人)の盗賊。クラン幹部の一人。
タンザには確信した事があったのだ。
【マインドリード】の呪文でリンクした精神は、エリカの意識が外の声を聞いている事を察知した。
(だから、停止している精神を揺さぶるような言葉を届ければ……!)
エリカの意識を目覚めさせる事ができるかもしれない。
タンザは必死に考えた。叱咤? 激励? あえて怒らせる? どうすれば?
その間にも悪魔と魔物は戦い続けて数を減らし、魔女キルケはエリカの体で呪文を放つ。炎が何度も吹き荒れる度、クラン<明けの明星>の冒険者達は防御の呪文と回復の呪文で立て直す。しかし……ジリ貧だ。
「やはり倒すしかない! 死んだ後、蘇生の呪文で助かる事に賭ける!」
ヴァルキリーのレイラが再び攻撃の構えをとり、エリカの体を狙う。
「それしか無いのか? どうしようもないのか……」
クラン長・カルロが、味方の先頭で呪文を食らいながら呻いた。
だがこの世界の蘇生呪文は成功率が低い。どれほどの魔力があろうと6割を超える事はないし、遺体の状態や経過時間でその確率も容易に下がる。そして一度失敗すれば、蘇生不可能なほどに遺体は損壊してしまうのだ。
だからこの世界の冒険者は死を恐れるし、蘇生をあてにした行動はとらない……どうしようもない時以外は。
どうしようもない。カルロの言葉をタンザは聞いて、そして……賭ける言葉が決まった。もはや呪文の維持などやめて全力で叫ぶ。
「エリカ! レイラさんを、君の姉さんを助けてくれ!」
わけがわからず冒険者達が動きを止める。
敵の魔女さえも。
「はぁ? 何言ってんの? 助けが要るのはこの子でしょうに」
それでもタンザは叫んだ。
「君の姉さんは君を討って止めようとしている! 君は僕なんかより知っているだろ、レイラさんが君に優しくて君を大事にしている事を! その姉さんが、大切な君を討つ以外の方法を見つけられないんだ! それが後々どれだけ姉さんを苦しめるか、君なら想像ぐらいつくだろ! 君を自分の手で殺して、もし蘇生にも失敗したら、君の姉さんはもう一生地獄の底だ!」
「長いよ。黙れ」
キルケは鬱陶しそうに炎の矢を撃ち出す。
だがカルロが割り込み、それを止めた。
「いや、最後までやってもらうさ」
タンザは叫び続けた。
「他の人にはどうしようもない! エリカだけだ! レイラさんを助けられるのはこの世でただ一人、君だけなんだ! 頼む! 君だけが頼りだ! 君がレイラさんを助けてくれ!」
優秀な姉に劣る事に悩む妹に、その力を当てにして、タンザは姉の救助を頼んだ。
その優秀な姉を助ける事ができるただ一人の人間だと訴えて。
次の呪文を放とうとしていたキルケの動きが止まった。
浮かぶ驚愕の表情。次の瞬間、エリカは首飾りを、球の一つをつまんで皆に見せた。
「この黒い珠! ここが強度を生み出しているけど、逆にここだけは壊せるわ!」
だが必死に叫んだエリカの顔は、次の瞬間キルケとして叫ぶ。
「クソッ! 悪魔ども、私を守れ!」
残り少ないレッサーデーモン達が壁のように立ち塞がり、冒険者達を阻んだ。
思うように斬り込めないレイラ、次の呪文を急ぎ唱えるキルケ。
だがレイラの横を、悪魔どもの隙間を、貫いて飛ぶ一本の短剣。それは首飾りの黒い珠に突き刺さり、それを砕いた。
「愛の奇跡が起きたら悪党は負けておけ。それがスジという物だ」
ドラコン盗賊のザックが呟く。
彼の投げた短剣により、黒い珠を失った首飾りは千切れて床に落ちた。途端にエリカはその場に倒れる。
残る悪魔どもはその後すぐに冒険者達に全滅させられた。
タンザが召喚した魔物ボルキャンサー達は鏡面界へ帰ってゆく。
レイラが妹を抱き抱えると、エリカはすぐに目を覚ました。
「お姉ちゃん……」
弱々しい声を漏らしたエリカを、レイラは涙ぐんで強く抱き締める。
「頑張ってくれたな。ありがとう」
千切れて転がる首飾りに他の冒険者達が近づくと、首飾りからか細い女の声が響いた。
『わ、私は元魔王軍の精鋭だ。このダンジョンの情報を得たいなら殺すな!』
カルロは皆を見渡す。
「こいつを生かしても信用できないし危険が大きい。犠牲になった人達の責任を取らせるべきかと思うが」
「賛成です」
頷くタンザ。他の者も同様に頷いた。
カルロの足が躊躇いなく首飾りを踏み砕いた。
御覧いただきありがとうございます。
何かしら反応がいただければ嬉しい限りです。