ニコーラとの実戦
リベラータさんが去ってから、ようやく今日の訓練に入ることができる。
寮の庭にある広い場所――模擬戦などで使われる区画のひとつに到着。
ニコーラをすっかり待たせてしまった。
「では予定通り、王武祭へ向けた訓練と参りましょう」
「うん。何をすればいいの?」
「これまでに武器の振り方や防御のための構えは教えてきました。これからは実戦形式で参ります。まずは武器のみ。ある程度、慣れてきたら魔法――身体強化を交えた実戦です。それにも慣れてきたら魔法の実弾を交えた実戦となります」
「相手は……?」
「私でございますな」
だよね。他に誰も来てないし。
それにニコーラ以上に強い人なんて、そうそういないだろう。
「緊張感を保つために真剣で行います。ロモロ様も、ご自身の短剣をお使いください」
「えっ? 木剣じゃなくて?」
「ええ、実戦ですから。心配は無用。致命傷にはなりません。私は剣先を違えませんし、ロモロ様の刃を食らうほど耄碌もしておりません。ただし、まだ魔法は厳禁ですぞ。ロモロ様の魔法を交えたら、今の私でも危険ですからな」
「それは謙遜のような気がするけど……わかった」
「それと――大いに集中なさいませ。この実戦は五分のみ行います」
「五分? それだけ?」
「一対一であればそれが人として極限な状況で戦いに集中できる限度でしょう。多対一や多対多などであればまた話は変わりますが。それに私自身も老齢ゆえ、全力で動ける時間は限られております。無茶はするなと、医師にも言われておりますからな」
モンスター騒ぎがあったとき、十五分は耐えると言っていたっけ。
それだけの自信があるのだろう。若い時はどれほど強かったんだ。
「医師に言われてるって、まさか身体が悪いの?」
「いいえ。しかし、この歳になると判を押したように医師は無茶な運動や魔法を止めてくるものです。私はまだまだ元気なつもりなのですがね。百歳までは生きる予定なので」
「老齢とは思えないくらい身体のキレがいいもんね……」
この人の時折見せる動きは並大抵のものじゃない。
武器の扱いだけで言えば、お姉ちゃんよりも遥かに洗練されている。
人同士の一対一であれば、モンスターハンターのマティアスさんよりも強いかもしれない。
「では、参りましょう。――構えてください」
僕は短剣を前に出し、腹をニコーラ側に見せるように構えた。
鋭い視線が肌を突き刺すようだ。それでもスターゲイザーが警告を鳴らしてこないということは本気の殺意ではない。
ニコーラはどうとでも動ける構えだ。こちらもどうするべきか――読めない。
しばらくお互いに睨み合う時間が続き、僕が緊張で少し乱れた呼吸を整えようと、息を入れ――その瞬間に短剣の腹に刺突がぶつかった。
いつの間にかニコーラが距離を詰めて、僕の前にいる。
「呼吸は乱さず、短く。晒せば付け入られますぞ」
「くっ……」
本来なら、今ので死んでいる。
ニコーラであれば短剣の腹に当てるなどせず、そのまま心臓を突き刺せただろう。
呼吸に意識がいった一瞬でやられた。
「そして、付け入られれば、そこで終わりです。仮に防げてもリズムが乱され――」
ニコーラの剣が一閃。武芸を極めた動きは、あまりにも単純な動きであり、最短の動きであり、まさに芸術だった。
僕の持っていた短剣が弾き飛ばされ、手から落とされる。
ゼロ点だな、これは……。
「さあ。短剣を取ってください。まだまだ実戦は始まったばかりですぞ」
差が大きすぎて、今のままじゃダメだ。
防御も攻撃も、しっかり考えてやっていかないと。
五分後――。
「ハァッ! ハァッ! ハァッ! ハァッ! ハァッ! ハァッ! ハァッ!」
僕は肩で息していた。
もう一歩も動けないし、腕も動かせない。
たった五分でここまで身体が疲労するなんて……。
「崩れ落ちなかったのは上々と言えましょう。ロモロ様でしたら、反省点は御自分でいくつも見つけられているはずです」
たった五分がようやく過ぎてくれたことに、心の底から安堵する。
生きてきた中で一番長い五分だった。モンスターの餌にされてた時よりも命の危機を感じた気がした。ニコーラに殺意はなかったはずなのに。
ニコーラの話を聞きながら、呼吸を意識して少しずつ息を整える。
「反応が遅いとか先読みができていないとか狙った場所に攻撃を当てられていないとか幾つもあるけど、一番の問題は判断が遅かったことかな」
「その通り。この実戦で磨くべきはそこです。この判断というのは経験がものを言います。判断を行ったあとの動きを洗練させることは訓練でも可能ですが、一瞬の判断そのものは実戦という形でしか磨くことはできません」
「しかも、一瞬で判断して、最適解を見つけなきゃいけない」
「しかし、最適解にこだわる必要はありません。最悪の判断さえしなければ構わないのです。命を奪われる、動けなくなる、考えられなくなる……こういった結果にさえならなければ、戦いは継続できますからな」
もっと柔軟に動けってことか。
でも、ベストではなくベターでもいいというのは、少し余裕が出るかもしれない。
明日はそれを意識してみよう。
「さて。これで本日の実戦は終わりです。あとは各々の動きを洗練させることで、判断力を高める算段といきましょう」
「すでに身体がキツいんだけど……」
「だからこそ、動かすのです。どんな時でも相手の剣を確実に止められる技術が確立できれば、迷いが生じる余地はありません。判断そのものは実戦で磨くしかありませんが、判断を助けるための技はいくらでも高められますからな」
この人もなんだかんだやっぱりスパルタだな。
マティアスさんといい強者は生きてきた世界が違うから、そういうものなのかもしれない。
一時間後――。
「もう、立てない……。無理……」
「お疲れさまでした、ロモロ様。こちらの想定よりも十五分ほど長持ちしました。上出来でございます」
「それは、よかった……」
ニコーラはすぐに近寄ってきて、僕の上半身を起こす。
こちらの呼吸が整ったのを確認してから、ニコーラは木のコップを渡してくる。
口に含むと柑橘系の甘酸っぱい味が口の中に広がった。
「いつもよりも酸っぱいね」
「特別製ですからな。少々、一部の果実の割合を多くしております。普段よりも多く体力を使いましたからな。若いとはいえ、体力はしっかりと回復してもらわねば」
「行軍でそんなに疲れなかったから体力がついたとは思ったけど、まだまだだなぁ」
「緊張感のある行軍であれば、話はまた変わりますぞ。体力はいくらあっても困りません。少しでもだらければ、身体はすぐそちらに慣れます。身体は使わない部位を勝手に休ませ、衰えさせますからな」
「キツい方に慣れさせないといけないわけだね」
「ええ。ただ問題はないでしょう。もう少々、土台作りをしておきたかったとは言いましたが、ロモロ様はこちらの想像よりも身体ができあがっているのが幸いしました」
ちゃんと訓練は身になってるのが実感できる。
「それにしても、ずっと防御の練習だったね。相手の槍を止める方法というか」
「以前にも申しましたが、武器だけでは今からどれだけ訓練しても、ヘル様には勝てません。しかし、訓練さえ重ねられれば負けもしません」
「槍に剣で立ち向かうには三倍以上の力量がいるっていうしね」
「具体的な数字は初めて聞きましたが、言い得て妙ですな。その通りでございます。ただ、ロモロ様であれば間合いを測って槍を防御――回避することは可能です」
「それで防御は武器を交えての回避に専念して、魔法で攻撃ってことだね」
「理想ですな。真っ当にぶつかれば、魔法でロモロ様が勝つでしょう。しかし、戦闘には予想外のことが幾つも起こります。魔法での防御も有効ですが、瞬間的な攻撃に対応できないことも多いですからな」
防御魔法というのは、基本的にその場に盾を生成するものだ。
相手の連続攻撃に合わせて盾を生成というのは難しいし、かといって巨大な防御陣を作っても、引き籠もるしかない。
防御の盾や陣を自分ごと移動させるのが、また難しいのだ。
「どんなに準備を整えても、やりすぎと言うこともありません。相手はランチャレオネ家の跡継ぎです。切り札を出してくることはないでしょうが、準備は時間が許す限り、万全以上のものを備えておくべきでしょう」
「備えあれば憂いなし、か」
「誰の言葉かは知りませんが、いい言葉ですな」
ふと思い浮かんだ言葉を言っただけなのだけど。
最近は少し自分が経験してきたこと以外での知識が増えてきた気がする。
前世の知識が、染みついてきているのだろうか。




