結果ありきの推測
その日の授業が終わり、馬車に乗るためにニコーラと待機所へ向かう。
「ゲルドは協力してくれるかな」
「半々というところでしょう。どちらにしろ、今できることは何もありません」
「うん」
今日は帰ったらすぐにニコーラと訓練だ。今までよりも過酷になるだろう。
ビアージョの件やエルフの領地問題もあるが、ひとつずつやっていこう。
ただ、その前に聞きたいことがあった。
「ニコーラ。魔法に相手を支配するとか洗脳するとか、そういうものはある?」
「ロモロ様の想像しているような魔法は聞いたことがありませんな。万能な魔法と言えど人の心に介入するというのは、私が知っている限り不可能かと」
「ない、か……」
「その類であれば魔法よりも、薬草や医術によるものの方があるかもしれませんな。そちらは門外漢ですが」
「そっちがあったか」
特殊な草を焚いて、その煙を吸い込むことで酩酊したり、トランスしたりするという。
確かマルイェム教の教祖なども行っているって話は有名だし、そもそも創始者がそれで神の声を聞いたとかで始まっていた気がする。
「ロモロ様がそのようなことを聞くとは珍しいですな。まさか使いたいわけではありますまい」
「もちろん。ただ、あのヘルは正直、その手の支配を受けてる気がする」
「……それが事実ならば由々しき事態ですが」
「証拠はないよ。ただ、ゲルドを蹴りに行ったあれは本当に体罰とは思えなかった。殺しにいってた勢いだったからね」
「実際に見てない私は何とも言えないですが、ロモロ様の言葉を信じるのであれば……それはかなり行き過ぎな行動には間違いありません」
「ゲルドとは母親が別でも血を分けた弟なんでしょ? だとしたら、もしあれでゲルドが死にでもしたら、貴族でも大問題になると思うけどどうなの」
「そうですな。もちろん大問題にはなるでしょう。取り潰しになるといったことはないでしょうが、ゲルド様の母親は下級ではありますが貴族です。血の結束を蔑ろにすれば、その分、領内の繋がりは不安定になるでしょう」
ゲルドの話はお姉ちゃんから聞かなかったけど、もしかしたら道半ばで殺されていたのかもしれない。
すると、少しニコーラは目を細めた。
「少々、調べた方がいいかもしれませんな」
「というと?」
「確かに不可解ではあるのです。歳を取るにつれて増長する貴族は多いですから、ヘル様も同じかと思っておりました。ただ、非常に早すぎるな、と」
「早すぎる?」
「親の仕事を手伝い始め、部下に指示する立場――権力を握ると変わる方はいます。彼は幼い時、間違いなく神童でした。このようなタイプが高慢となる場合、少しずつ自分の権力を行使できるラインを確かめるように見極めて染まっていくものです」
そう言えばニコーラは前に零してたっけ。
『かつては少々、気性が荒かったくらいでしょうか。ただ、第二王子の側近候補として取り上げられてから気が大きくなったのか、あのように狼藉行為が目立つようになりましたな』
あとはお姉ちゃんの話も思いだした。
『第二王子を産んだ王妃様はアルコバレーノの王女だからじゃない?』
アルコバレーノ王国と言えば……今ならまだ帰ってないだろう。
「ごめん、ニコーラ。訓練少し遅れていいかな?」
「どうなさいましたかな?」
「アルコバレーノ王国のことを、リュディに少し話を聞きたい」
そして、さほど時間も経たずに彼女は馬車待機所へやってきた。
「おや、ロモロ。もう帰ってるかと思ったけど」
「ごめん、リュディ。ちょっとアルコバレーノ王国について聞かせてほしい」
「まあ、話せる範囲でなら別に構わないけど。どうしたんだい一体」
リュディが従者にも確認を取って、了承を得た。
デリケートな話になるかもしれないから、言葉は選ばないとね。リュディは気にしなさそうだけど。
「アルコバレーノ王国って魔法が進んでいるよね?」
「そうだね。自慢するわけではないが、大陸一だろうよ」
「じゃあ、薬草学や医学ってどんなもん?」
「そちらも進んでいる。むしろ、魔法との効果的な組み合わせを幾つも研究している。薬草の効果を高める魔法であったり、薬草と併用して人の怪我を少しでも早く治す魔法とかね。薬草なんかは用途に合わせて、それぞれ一大生産地があるくらいだ」
やっぱり、そうだよね。
魔法で直接、人の心に介入できなくても、薬草等を使って人の思考を奪い取る効能を、魔法で高めることはできるのかもしれない。
「ありがとう、リュディ」
「一体、なんなんだい。何か取り寄せる薬草でもあるのかい。ツテはあるけど」
「その時になったら話すよ」
そして、早々にリュディに別れを告げて、僕とニコーラは馬車に乗り込む。
馬車がゆっくりと進み出したところで、僕は切り出した。
「ニコーラ。これは僕の妄想じみた仮説だけど聞いてくれるかな」
「は……」
「第二王子主導で、恐ろしいことが起こっているかもしれない」
ニコーラは眉をぴくりと動かす。
「……聞きましょう」
「ヘルが洗脳されている可能性だよ。彼が第二王子の側近候補に選ばれた時に」
「なぜ?」
「第二王子の母親は元アルコバレーノ王国の人間でしょ? だとしたら、洗脳するための薬草も仕入れられるし、魔法によって効果を高めることもできる」
「それだけだとしたらまだまだ弱いですな。偶然が積み重なっただけとしか思えません。そもそも目的も動機もはっきりしておりません」
そうなんだよね。僕が第二王子を疑ったのは、お姉ちゃんの話で彼が革命を起こしたという話が根底にあるからだ。
そうでなかったら、こんな仮説を思いついたりはできない。
ただ、ここは論理が無理筋でも早さを優先しよう。押していかなければ。
「でも、その辺りを調べれば何か出てくるかもしれないよ」
「……危険すぎてスパーダルドの手には余ります。我々が本格的に調べて何もなかったでは済みませんからな。見つかれば相応の罰が下りますぞ」
「まあその辺りは、調べられる人に心当たりがあるから。スパーダルドとも関係ないし、ちょっと頼んでみてもいいかな?」
「……では、ひとまず私は聞かなかったことにしましょう」
ニコーラの察しが良くて助かる。
じゃ、時間はかかるだろうけど、ちょっと通信魔法使って呼び出してみよう。
スパーダルド寮に帰宅すると、呼んだ人は驚いたことに一時間もしないうちにやってきた。
その人を寮の庭に通して応対する。
「……で、何の御用ですか。ロモロ坊ちゃん」
その人を見て、ニコーラはいつでも戦闘態勢が取れるようにか普段と姿勢が違う。
彼女にただならぬ雰囲気を感じ取ったらしい。
「ロモロ様。このお方は……?」
「ヴァリオ商会、情報統括マネージャー、リベラータと申します。以後お見知りおきを」
「……ロモロ様の従者、ニコーラです」
リベラータさん、情報統括マネージャーなんて肩書きをもらってたのか。
ヴァリオさんも結構、凄い人事したな。元暗殺者なのに。
そして、リベラータさんは堂に入るほど丁寧な口調だ。僕が誘拐された時の口調を覚えていると、余所行きっぽいようには思うけど。
「以前、ロモロ坊ちゃんに助けられ、ヴァリオ商会を紹介していただきましてね。その縁でございます」
「なるほど……。そんなことが。なかなか、できる人のようですな」
「貴方ほどではございませんよ。私ができるなど口が裂けても言えません」
なんとなく視線がぶつかっている気がする。強者特有のわかりあってる感じというか。
まあ、こんなことをしてもらうために来てもらったわけではない。
でも、本当に早く来てくれたな。
「それにしても随分近くにいたね。ヴァリオさんに連絡してから凄く早かったけど」
「運が良かっただけですよ。デメトリアお嬢様にお届け物があったのでね。あとは不便をしていないか、様子を見に来るのもありましたから」
そりゃヴァリオさんもデメトリアのことは気になるか。
入学させるために無茶をしただろうし、平民が貴族の中にいたら心配で仕方ないだろう。
「それで、どんな用事でございましょうか?」
「追ってほしい流通があるんだ」
「……ほう?」
視線が鋭くなった。興味深そうな、それでいて冷徹に見極める目。
以前、暗殺者として相対した時に見た、それに近しい瞳だった。
「アルコバレーノ王国から薬草って名目である商品が流れてるかもしれないんだよね。ちょっとお偉いさんの方に」
「お偉いさん、ねぇ……」
これで何となく察してくれた気がする。
相手は王族と。
リベラータさんの雰囲気が変わる。この人、笑みを浮かべると怖いな。
「で、何のしがらみもないアタシに依頼、ね。アンタの意図はわかったよ。ちゃんと払えるものは払ってくれるんだろうね?」
「ヴァリオさんには特別手当をお願いしたから」
「了解。じゃ、少し時間をもらおう」
そして、リベラータさんはスッと影のように消えていった。
いつも通り、突然存在が希薄になるよね、この人。
「とんでもない方とお知り合いですな、ロモロ様は……」
「たまたま繋がった縁だよ」
「縁は重要です。大事になさいませ。ただ、あの方とおふたりだけで会ったりすることはおやめください。あらぬ疑いをかけられませんからな。見る者が見れば立ち振る舞いでわかってしまいます」
僕がやろうとしていることが公になるとマズいしね。
一応、知り合いのヴァリオ商会の人と会っていると誤魔化すことはできるが、危険な行為を敢えてする必要もない。
それにしても、ニコーラはよく僕のこんな提案に暗黙とはいえ許可をくれたと思う。
ニコーラもニコーラなりに何か思うところがあったのかもしれない。




