閑話:ベルタ テアロミーナ悲喜交々
私の名前はベルタ・ボルゲーゼ。スパーダルドの領主様が長女、テア様の侍女長を務めております。
「では、ロモロもニコーラも下がりなさい。ロモロ、今日まで行軍訓練、お疲れさまでした。お風呂に入って、ゆっくり身体を休めてくださいね」
「それでは失礼します」
さて今しがた、ロモロ様をお見送りしたところですが、ここまで穏和な笑みを浮かべていたテアロミーナ様のお顔が一気に剣呑なものになります。
そして、テーブルに腕を振り下ろしてドン! と大きな音を立てました。
「……ほんっと! あのランチャレオネの黄ばみ野郎、どうしてくれようかしら! ロモロを傷付けようとするなんて、百回殺しても足りません! 今すぐ攻め滅ぼすべきじゃない!? そうだわ。そうしましょう。お父様にお金を借りて傭兵を雇わないと」
「落ち着いてください、テア様。ロモロ様はそんなことを望んでおりません」
「はっ……! そうよね、野蛮な女だと思われてしまうわ。でも……くうう……!」
ロモロ様の前では良き女性であろうとした結果、最近は二面性がより顕著になってきました。
ロモロ様が部屋に来る前も堪えきれない怒りで顔が怖くなっておりました。
どちらの面もテア様ではあるのですが……。
「やっぱり私の気が収まりません!」
「収めてください。ロモロ様がヘル様といざこざを起こした話を聞いて、この部屋の調度品を半分くらい破壊したのを忘れましたか」
「ロモロを傷付けようとしたのよ!? こんなの女神だって怒るに決まってるわ!」
「片付けるのも楽じゃないんですが……」
ロモロ様たちが来る前に見えないところに押し入れておりましたが、いつ扉を破って溢れてくるか不安で仕方がなかったのです。
誰かにこの惨状を見られる前に、部屋から運び出して捨てなければなりません。
テア様の威厳のためにも。
「はぁ……ロモロ、好き」
こうして想いに耽っているところは、まさしく恋する乙女なのですが。
その先が年端もいかない少年というところに、色々と問題があります。
倍近く離れてるんですよね。
旦那さまへ――テアロミーナ様の父上であるヴォルフ様――、誘拐騒ぎの顛末を説明した時も一悶着ありました。
まだロモロ様たちと出会ってから間もない頃です。
「……誘拐に関する報告に関しては以上となります、お父様」
スパーダルドの領主館。
その一番大きな執務室でテア様が報告を終えると、机に座ったヴォルフ様は少しホッとしたように息を漏らします。
「御苦労だったな、テア。しかし、この誘拐犯たちは何を考えてバグナイアに寄ったのだ? 大街道からは外れているだろう。連中の擁護をするわけではないが、こちらの初動も遅れていたし、バグナイアに寄らなければジラッファンナに逃げられたぞ」
「誘拐犯ふたりは捕まえているのですが、どうも魔法で口封じをされているようで依頼主に関しては話ができないようで。もうひとり仲間もいたようですが、裏切られたという話しか聞けませんでした」
「ふむ。もしかして、バグナイアに何かあるか?」
「ええ。少々、気になったので内偵をしております。それと関係があるかは不明ですが、どうも妙な自称貴族が紛れ込んで、土地所有権で問題を起こしているようです」
「我が領内にそんな不埒な輩がまだいたか。テア、任せて大丈夫か?」
「はい、お任せを。お父様」
「押しつけてすまんな。はぁ。本当にお前が男だったらよかったんだが……」
そんなことを呟くと、テア様がここぞとばかりに旦那さまに近づきました。
旦那さまもテア様のただならぬ様子に、目を瞬かせています。
「ところで、お父様。私、見つけましたわよ」
「お前がもったいぶるのは珍しいな。何をだ」
「好きな人です」
旦那さまが書類に書き込んでいた羽ペンを取り落としました。そこまで衝撃だったのでしょうか。衝撃的だったんでしょうね……。
「ほんと? ベルタ」
「はい。事実ではあると思います」
旦那さまはこちらに振り向き、確認を取ってきました。
あまりのことに、すっかり口調が砕けています。
「おお、そ、そうか。すっぱり諦めておったが、ようやくテアにも春が来たか。安心したぞ。それで、どんな男なのだ?」
「聡明で、理知的で、とても頭が回ります」
「ふむ。テアがそこまで褒めるとは珍しいな」
「平民にも関わらず、惚れ惚れする気品を感じました」
「へ、平民? そ、そうか。わしも誰でもいいと言ったからな。男に二言はない。別に反対したりはせんぞ」
「それにとても愛らしくて、片時も離れたくないと思えるほどです。小さくて軽そうで、簡単に抱き上げられそうで……」
「……うん?」
旦那さまが確認するように、こちらを見てきます。
やっぱり言わないと駄目ですよね……。
「テアロミーナ様の仰っている男性――少年は八歳と窺いました」
「え? 八? はち? 八って言ったか? 十八という誤解だよな? 普通に考えたら」
「いえ、一桁の八です。間違いなく」
旦那さまが深々と溜め息をつきます。
「安心できなかった! いや、ダメだろ。それは!」
「なんでです! 愛があれば年の差なんて!」
「領内の結婚は一番若くても十四歳だぞ、お前。八歳に恋するとか、裁判沙汰になってもおかしくない。いや、この州の裁判権握ってるのわしだけど」
「まだ何もしてません! それに彼は絶対に優秀になります! 私の伴侶として申し分ないはずです!」
「……ちょっと待て。さっきから言い方が気になって仕方ないんだが、そもそもお前が一方的に好きになっただけで、相手はまったく預かり知らぬ話なんじゃないか、それ」
さすが旦那さま鋭いです。
広大なスパーダルド公爵領の財政や裁判を切り盛りするだけはあります。
テア様の話だけで、大部分を察してしまったようです。
「い、いきなり結婚を申し込むなんて……そ、そんなことできません! ま、まずは……健全なお付き合いから始めなくては……」
「子供との健全なお付き合いってなんだ……? はぁー……。勢い余って、犯罪者じゃなければいいとも言ったが、お前が犯罪者になるかもしれないなんて……」
「失礼な! 何が犯罪だと言うんです。あんなに愛らしい子を愛するのが犯罪とでも?」
「今までお前がまったく見せてこなかった顔を、こんな形で見ることになるとは思わなかったよ……」
頬を赤らめて語るテアさまを、旦那さまは非常に複雑そうな顔をしていますね。当たり前ですが。
色々と事情はありますが、旦那さまの立場や立ち回りでテア様の婚約相手がいなくなってしまったのは事実ですからね。
「つきましてはお父様。ファタリタ王立学校への推薦状を二枚用意してください」
「二枚!? しかも、王立の方!?」
「一枚はその子に。もう一枚はその子の姉用です」
「簡単に言うが、それはただの権力の乱用ではないか。鼻持ちならない貴族たちの中にただの平民を入れたところで、そのふたりを不幸にするだけだぞ」
「ただの平民ではありませんわよ。私も好きな方というだけでそんな優遇は致しません。ふたりともかなり優秀な魔法が使えます」
「平民が、魔法を?」
「ええ。誘拐犯ふたりを土の中に押し込めたのは弟ロモロの方。バグナイアから誘拐犯の向かっていた村まで半日もかけずにきたのが姉モニカ。間違いなく傑出した姉弟です」
旦那さまが真面目な顔付きになって、しばし考え込みます。
平民が魔法を使えるというのは、珍しいことではありますが、前例がないわけでもありません。
平民に降嫁した貴族の子孫が、突如魔法に覚醒したという形もありますからね。
「そのふたりの親は平民なのか?」
「ベルタ。お願い」
「ついでに調べておりましたが、母親マーラさんの方は間違いなく平民でございますね。ディヴィニタ王国出身で、夫と共にこちらに来たとのことです。その夫――父親のアーロンさんも平民のようですが、こちらはセッテントリオナーレ帝国の出でございます」
「双方、我が国の出身ではないのか。トラブルでも抱えているのか?」
「そこまではわかりませんでした。ただ土地問題と絡めて、先述の自称貴族に因縁をつけられておりますね。関係があるかどうかはわかりません。それと、母親父親共にその上の代まで仔細はまだ不明でございます。ただ、悪い繋がりも話もありませんね」
そのままテア様は補足するように話を続けた。
「少々変わった話では、父親の方は元ハンターだったようです。『銀花』というパーティにいたとか」
「ほう。以前、聞いたことがあるな。元々、北方を拠点にしていたパーティだ。帝国での実績も含めれば金級クラスだったと聞く。そう言えば魔法師も所属していたはずだ」
「ええ、ヴェネランダと。少々、元貴族の曰く付きの魔法師ですわね」
「おお、そいつだ、そいつ。わしは嫌いではないがな」
すると旦那さまがテーブルの引き出しを開き、二枚の紙を取り出す。
そして、それをテーブルに置いて、テア様に向けて差し出した。
「まあ、もはやお前の目を疑うことはないが……」
「うふふ。ありがとうございます。お父様。数年後、先見の明があると誇れますわよ」
「そっちはいいけど。でも、八歳はやめておけ。せめて、六年は待て。な?」
「わかりました。じゃあ、今のうちに養子となる家の候補を探しておいてください。平民と結婚では何かと文句を言う人もいるでしょうし」
「だから早まるなって。うーん。わしの長女、こんな娘だったかなぁ……」
また何度目かのため息をついて、この話は終わりました。
なんにせよ、こうしてモニカ様とロモロ様の推薦はなったわけです。
学校側にも認められ、そして、ロモロ様たちが学校に通うことを決めてくれた時は、天に飛び上がらんばかりに大はしゃぎでした。
「今日は人生最良の日よ! これから毎日ロモロと会えるなんて夢みたい……。ああ、もう夢なら死んでもいい。だから醒めないで……」
「物語のヒロインみたいなことを言ってないで。これから根回しも大変ですよ。おふたりに従者もつけなければなりませんし。寮の割り当てもありますし、日用品もこちらで準備しなければなりませんし」
「そうねぇ。従者の方はニコーラに復帰してもらおうかしら。うちの弟と違って、ロモロみたいな子は尽くし甲斐があると思うし。何より人を侮らないしね」
「ではオルシーニ家に打診しておきましょう。あくまで候補ですが」
「はー。とにかく今日はいい気分だわ。秘蔵の一本を開けましょう。ベルタ、あなたも付き合いなさい」
「ご命令とあらば」
このあと悪酔いした主人に、ロモロ様の素晴らしさについてこんこんと説かれ、さすがにうんざりしてきた頃にテア様は気絶するように寝ました。
それにしても、ロモロ様に夢を見過ぎなきらいはありますが……。
今は主人が幸せそうなのでヨシとしましょう。
――と、それからも学校内では色々とありまして。
ロモロ様に許嫁がいたという話は、そのうちしなければなりません。
テア様のお耳には入れないようニコーラ殿にも協力してもらっていますが、どうにか柔軟に対応したいところです。
また部屋の中を破壊されては敵いませんからね。




