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王武祭について

 行軍演習も様々なトラブルが自分たちの身には降りかかったものの無事に終了。

 スパーダルド寮へ帰宅すると休む間もなく寮内の執務室に呼び出され、テアロミーナ様とベルタ様、そしてニコーラに待ち構えられていた。

 執務室に来たのは初めてではないけど、なんだか緊張する。元々、スパーダルドの寮はそんなに華美な装飾がないけど、以前見た時よりも調度品が減ってる気がした。


「ロモロ。ランチャレオネ家のヘルと諍いを起こしたというのは本当かしら?」


 例の件はすでに伝わっていたらしい。そりゃそうだろうな……。

 テアロミーナ様は非常に鋭い目で、僕を問い質すように見ている。

 その迫力は『死神の妻』という異名を持つに相応しいものだった。

 いや、まだこの異名は持っていないはずだけど……。


「はい。言い訳は致しません」

「仔細を話してもらえるかしら? 私は貴方が無駄に諍いを起こす人間ではないと確信しています。ですが、伝聞しか耳にしていないから、貴方の口から直接聞きたいわ」

「包み隠さずお話します」


 探索から戻ったあと、ヘルがやってきて弟のゲルドを理不尽に蹴り、さらに暴行を加えようとしたのを我慢できずに不意打ちで縛り上げて止めたこと。

 それで因縁をつけられ、王武祭で戦うことになったこと。

 王武祭の結果に、自分の命とヘルの継承権放棄がかかっていること。


「以上です」

「わかりました。よく話してくれたわ、ロモロ」


 さて、どうなるのだろうか。

 自分の目的を優先してこんなことをしてしまったはいいものの、そもそもスパーダルド側から止められる可能性も高いし、罰せられることも当然、考慮する必要はある。

 後見を止められ、退学ということもあり得るかもしれないな。

 ただ、目的はどうあれ、あそこで止めない選択肢は僕にはなかった。結果はどうあれ、後悔はしていない。


「王武祭にロモロの年齢で出場した記録はないのだけど……どう思う? ニコーラ」

「王武祭のように魔法も使えるのであれば、問題はないでしょう。ロモロ様であればテアロミーナ様の望む結果になる可能性は高いかと」

「怪我の可能性も高いのではないのかしら?」

「傷がつくのを恐れていては戦いには臨めません。しかし、テアロミーナ様が不安を抱くような再起不能の怪我に陥る可能性は、ロモロ様の技量を考えれば極めて低いでしょう。今の王武祭は審判も救護もしっかりしておりますしな」

「では、王武祭に向けてより一層、訓練に励まないといけませんわね。ニコーラ、頼みましたよ」

「はい。仰せのままに。テアロミーナ様」


 だけど、自分の不安とは裏腹に、お咎めはなかった。

 特にそのことには触れられず、話題は王武祭のみとなっている。


「あ、あの? だ、大丈夫なんでしょうか? 他家と諍いを起こしたのに……」

「あら、もしかしてロモロは怒られる方がよかったかしら?」

「そういうわけではないですが……」

「もちろん、本来であれば厳罰ものです。ですが、今回のことが学校で起こったことというのがひとつ。貴族同士、仲の悪い同士で集まっているんですから、どうしたって生徒同士の諍いというのは出てきます。しかし、王立学校というのはそれを重大化させないための機構でもあるんですよ」

「つまり、まだ子供だからということですか?」

「そう。そして、もうひとつ。貴方を怒ることができない決定的な理由がありますわよ。むしろ、こちらの方が大きいですわね」

「なんでしょうか?」

「あら。わからないかしら?」

「すいません。不勉強で……」

「簡単よ。貴方は友人を守るために身体を張った。これはおおよそ貴族らしい振る舞いとは言えないかもしれませんが、貴族の矜恃としてはまったくもって正当なのです。学校であればなおさらです。私から咎めることなど、なにひとつありません」


 そうか。貴族らしくないかもしれないけど、僕の行動は間違ってはいなかったのか。

 平民根性が出てしまったと危惧していたけど、肯定されて良かった。


「もっともロモロ様であればもう少し穏便にすませる方法があったのでは、と思わなくもないですがな」

「ニコーラ殿。ランチャレオネ家のヘル様はこちらにも話が届くくらい気性の荒いお方ですよ。むしろ、他に方法はなかったのでは?」

「いやいや、ベルタ殿はまだロモロ様のことを理解しておいででない」


 ニコーラとベルタ様がそんな軽口を言い合う。

 正直、継承権放棄という言質を取りたくて煽ったのは事実だからなぁ。

 他に方法はあったと思うけど、お姉ちゃんの壮大な目的のためには正しかったと思いたい。


「ニコーラもベルタも、本人の前でそういう話はやめてあげなさい。何にせよ、王武祭への出場は決定したのです。ですから、訓練に励むのですよ、ロモロ」

「わかりました。不肖ながら誠心誠意努力いたします」

「でももし、万が一……いえ、億が一、ロモロが負けたとしても、ヘルに命を奪わせるような真似は致しませんから安心してくださいね。……向こうがロモロを本気で害そうとしてきたら、戦争も辞さないですけど」

「えっ」

「いえ? なんでもないのよ?」


 後半よく聞こえなかったけど、何か今ぼそっと言わなかった?

 でもベルタ様とニコーラは、特に何も言わない。表情にも変化がない。

 ……僕の空耳かな。


「では、ロモロもニコーラも下がりなさい。ロモロ、今日まで行軍訓練、お疲れさまでした。お風呂に入って、ゆっくり身体を休めてくださいね」


 そして、テアロミーナ様が笑みを浮かべて、優しいことを言ってくれた。

 まあ、テアロミーナ様が言うわけないよね。物騒なことを。


「それでは失礼します」


 僕とニコーラは一礼して部屋から出た。

 そのまま僕の部屋までふたりで歩く。


「ニコーラには叱られると思ってた」

「そんな厳しく見えますかな?」

「怠けてたり、不条理なことをしたら怒ると思ってたから……」

「ロモロ様の行動は間違っておりませんよ。友が傷付けられているのに、立場惜しさに動かなかったと聞いたら、むしろ失望するでしょう」


 ニコーラは優しげな笑みを浮かべたまま、淡々と続ける。


「確かにロモロ様の行いはベストではなかったかもしれません。しかし、ベターではありました。友を助け、その場で殺し合いに発展しなかったわけですからな。ロモロ様には友を助けた上で、争いを回避する術はあったように思いましたか?」

「少なくとも、今の僕にはなかったように思う」

「問題をその場にある材料だけでどうにかするのは口で言うのは簡単でも難しいものです。そして、自身が貴族だからと立場を考えて、二の足を踏むこともよくあります。私自身、若い頃はよく失敗したものです」

「ニコーラの失敗なんて、まったく想像つかないけど」

「ふふっ、ロモロ様は私の過去を知りませんからな。これでも私は他家の貴族に囚われた親友を知人と徒党を組んで強襲して助け出したこともありますし、姉の政略結婚が気に食わないからとぶち壊したこともあります」

「…………え?」

「若気の至りです。もう知る者もさほどおりますまい。当時のことを覚えているとすれば、スパーダルド公爵ヴォルフ様くらいでしょうか。もし会う機会がありましたら、聞いてみると良いでしょう。笑って話してくれると思いますぞ」


 まったく想像がつかない。

 ニコーラがそんなお姉ちゃんみたいな無鉄砲なことを……?


「ですから、気兼ねなく明日から王武祭に向けた実践訓練をしていきましょう」

「実践かぁ。具体的には?」

「武器への対処、魔法への対処、攻撃への転じ方……。色々あります。個人的にはもう少し基礎を鍛えたかったところですが、いつも準備万端で事が成せるとは限りませんからな。それでも今のロモロ様の身体であれば問題はないでしょう」

「武器への対処が一番の難関かなぁ」

「その通りです。ロモロ様はまだ実戦経験が少のうございます。魔法というのは詠唱がある故、対処法も自ずと決まってきますし、ロモロ様であれば対処は難しくないでしょう。しかし、武器はそうはいきません。これは瞬間的な判断――言わば積み重ねてきた経験がものをいいます」

「一朝一夕じゃいかないものだよね」

「だからこそ、身体に覚えさせなければなりません。避けるべきか、受けるべきか、避けるにしてもどう体勢を取るか、受けるとしてもどの角度で受けるか――」


 気の長い話になりそうだ。

 しかし、王武祭は約一ヶ月後。そんなにのんびりしている暇はない。


「ヘルに勝てるかな?」

「勝てますとも」

「あっさり言うね」

「武器の戦いであれば正直、ロモロ様には勝ち目はないでしょう。しかし、魔法込みであれば、ロモロ様はすでに大人顔負けの魔法があります。しかも、無詠唱の魔法が」

「でも、ヘルは魔法も強かったよ?」

「そうですな。あの方は元々、武器の扱いも魔法の使い方も万能な方でした。しかし、その強さに溺れ、訓練を怠ったのでしょう。以前と比べても明らかに弱くなっています」


 あれで弱くなっているのか。

 充分強かったと思うけど。


「現在は動きが雑、槍の突き出し方も粗末、魔法に関しては威力のみ。運が悪くなければ勝てる戦いです。もちろんしっかりと訓練を受ければ、ですがね」

「昔からあんなに粗暴だったの?」

「かつては少々、気性が荒かったくらいでしょうか。ただ、第二王子の側近候補として取り上げられてから気が大きくなったのか、あのように狼藉行為が目立つようになりましたな」


 第二王子って、内戦起こすヤバい王子だったはずだよね。

 ヘル自身も第二王子に付いたってお姉ちゃん言ってたけど、そりゃ側近なら当然か。

 第二王子と言えば、ファム様の情報でもあったな。リナルド様の従者ビアージョは第二王子の推薦とか……。


「しかし、勝てると言っても油断してはなりませんぞ。ランチャレオネ家は遺伝的に耳がよいです。あらゆる音を聞き分けられると聞きます」

「話だけは聞いたよ」

「魔法を使う時というのは、特殊な音が出ていると聞きます。それは彼らにしか聞こえません。それにこちらの動作や鼓動なども含めて聞けるという話です。焦って心を掻き乱されぬようお気をつけ下さい」


 耳がいいか。

 ゲルドにちょっとどのくらいの音が聞けるのか聞いてみよう。

 ゲルドと模擬戦をするのもいいかもしれないな。


 と、僕は自分でも意外なほどに王武祭が少し楽しみになっていた。


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