エルフの木
魔力の注入でリュディの体調も上向いた翌日。
この日も雨が振り続けている。
相変わらず訓練をしていた僕らをセンニが見に来た。
ここに来るのは彼女だけで、他のエルフはまったく来ないけど。
「今日もよくやるねぇ~。ホント、飽きないの?」
「あたしは強くならなきゃいけないから」
センニの軽口にお姉ちゃんは真面目に返す。冗談一切なしだ。
「ふ~ん……。じゃ、試しにウチと剣で訓練でもしてみるぅ?」
「えっ? センニって剣使えるの?」
「もち~。むしろ、ウチ、魔法ほとんど使えないしぃ」
そうなんだ……。ってあれ? その割には……。
ゲルドも同じ疑問を持ったらしい。
「は? 貴様、スライムに腰を抜かしてたではないか!」
「あによ! ウチは剣持たないと無力なの!」
「威張って言うことか?」
「枝なんかであんなの倒せるわけないし? つーか、枝振って身体を分割してやったのに、すぐ元通りになってピンピンしてっしさぁ。なんなの、人間界はあんなのがウジャウジャいんの?」
いたら困る。暗くてジメジメしたところにしかいないらしいけど、森の中にウジャウジャ常駐されたら由々しき自体だ。何でも食べるし、大抵のものは溶かすし。
というか、枝でスライムの身体を分割したのか。それが事実なら結構すごいぞ。
「で、どうするぅ? モニカ? 言っとくけど魔法はナシね。ウチ使えないし」
「オッケー。やるやるー」
実に軽いノリ。これを聞いただけじゃ遊びに行くのかと勘違いしそうだ。
センニが木剣を二本取り出し、一方をお姉ちゃんに投げる。
お姉ちゃんはくるくる回る木剣の柄を手に取った。握り心地を確かめて、少しだけ素振りして感触を確かめている。
「じゃ、やろっか」
さて、センニの実力やいかに。
ゲルドやリナルド様も手を止めて、ふたりの対峙を見守っている。
「ふっ!」
お姉ちゃんが仕掛けた。一足飛びで、センニの懐に入り、胴を一閃――。
確実に捉えた。意外性もなく、呆気なく終わったなと思ったのも一瞬。
「甘い甘~い」
残像だったかのようにセンニの身体は消え、お姉ちゃんの後ろに回っていた。
センニの振り下ろしを、しかし、お姉ちゃんは背中に剣を回して防ぐ。曲芸か。
お姉ちゃんは危険を察したのか、一旦距離を取る。
「あっぶな!」
「ちぇ~。あいつみたいに上手くはいかないかぁ。これでも本気でやったんだけど」
「今度こそ!」
「うーん。見え見えっしょ」
飛びかかるように突き出した剣を、センニはまたも直前で躱す。
お姉ちゃんはそれを読んでいたかのように横薙ぎ。雑ではあるが、それでも全方位だ。当たるだろう。
――相手が横にいればだけど。
「上ッ!?」
「いっただきぃ!」
上から突かれた剣をお姉ちゃんは身体を捻ってすんでで避ける。
その捻った身体の足を狙うように、着地したセンニは剣を振った。
お姉ちゃんは倒れ込んで転がり、どうにか攻撃を回避し続ける。
「あっぶないってホントに!」
「いや、それでもアンタよく避けたねぇ……。さっすがに当てたと思ったけど」
「こっちも必死だからね!」
だが、そこでセンニは唇を突き出して一息ついた。
「でも、どっちにしろ、結果は見えたからもういっかな」
「え? ちょっと! あたしはまだまだ全然いけるんだけど!?」
「モニカはさぁ。攻撃が直線でしかないんだよねぇ。それじゃウチには一生当たらないよ。魔法を使われたら、そりゃ別だけど。剣だけだったらずっと避け続ける自信がある」
「それを当てるための訓練じゃん!」
「やってみてわかったけど、ぶっちゃけ訓練にならないと思うんだよね~。アンタもウチも。剣ってさ、振るだけじゃ強くならないんだよぉ。アンタとやってても、動く的を狙う訓練にしかなってない」
「ん~? それの何がおかしいの?」
「意思のある者同士で剣を振り合うんだからさ――こういうこと」
センニが微かに右に動く。それに備えて、お姉ちゃんは左への意識を強くした。そちらに攻撃防御どちらでもできるように構えている。
だが、実際にセンニが動いたのは――左。
お姉ちゃんの右胴にピタリと剣身を置く。
「フェイントも織り交ぜていかないと。相手がどう動くか読んで、あるいは陽動して、それに対策して、対策されたときのことも対策して――って積み重ねてやっていくのが対人訓練っしょ」
なるほど。正論だ。
お姉ちゃんはほとんどフェイントや牽制を必要としない。
万能で強大な魔法があるから、真正面からすべてを叩き潰してきてるしね。
「ま、このままだとウチの剣の訓練にもアンタの剣の訓練にもならないってこと。アンタが魔法を使えるならフェイント必要ないかもしれないけど」
「それじゃダメなの!」
お姉ちゃんにしては珍しく、冷静さを欠いた大きな声だ。
センニはもちろん、リナルド様やゲルドも驚いている。
「あたしには勝たなきゃいけないやつがいるの。今ので自分がいかに甘かったのか理解した。センニちゃん、あたしに剣を教えて。ずっと探してたんだ。指南役を」
「ええぇ~。ウチが~? 無理無理無理無理。ウチ、指南役なんてやったことないし~」
「それでも、剣技だけならセンニちゃんはあたしより上だよ」
「ま、まあ……フェイントのかけ方くらいなら教えられるけどさぁ……」
「やったぁ! よろしく、センニちゃん師匠!」
「うへぇ……。何か複雑ぅ……」
そうして、ふたりはマンツーマンの指導へと入った。
お姉ちゃんは人相手に距離を詰めるのが本当に早いな。相手は人じゃなくてエルフだけど似たようなもんかな。
「……上には上がいるものだな。あのセンニとかいう女、ただの弱者かと思っていたが」
「人は見かけによらないということだ。ロモロの姉君も相当に強いのだが」
「というかロモロ。大抵の相手は倒せるだろうお前の姉が言う勝たなきゃいけないやつとは誰だ? 大魔王でも倒すつもりか……?」
「大魔王って……。僕も知らないよ」
ゲルドとリナルド様も、一段も二段も上の戦いを見て慄いている。
お姉ちゃんは見てるものも違うからなぁ……。
夢で見たあの黒騎士相手に、完勝したいんだろうし。
で、魔族を倒したいって話だから大魔王でも倒すつもりかって言うゲルドの指摘も、そこまで見当違いでもないのか。
そんな風に話していると、いつの間にかお姉ちゃんたちの訓練はさらに高度になっていた。
「そうそう。目とか肩とか少しだけ動かして、そっちに動くぞーって惑わせる感じ。その後、逆を衝いたり、逆の逆を衝いてそのまま行ったり――」
「こんな感じ?」
「それじゃ見え見え。こういうのは、ほんの少しでいいんだって」
高度なことをやっているな。
虚実入り混ぜた戦いってのは、魔法でも同じことだ。
お姉ちゃんもその辺りを習得できれば、もっと強くなるんだろうな。
「フェイントかけて隙を見つけて、それが罠じゃなかったら、あとはもう最短で振るだけ。ま、ある程度、それを防がれたときの保険というか、意識は必要だけどね」
「それじゃあ例えば体勢を低くして、こんな感じで剣を振ったり」
「まあ、相手の意表を衝くって意味じゃアリだと思――」
お姉ちゃんが試しというように、軽く剣を振る。
その時、妙な音が響いてきた。地響きのような音だ。
「アンタたち! 危ない! こっちに飛びな!」
センニが飛びかかるように僕らに向かってきて、有無を言わさずゲルドとリナルド様の首根っこを掴んで後ろへ跳ぶ。
お姉ちゃんもセンニを追ってきて、僕を抱きしめてその場から離れた。
そして、僕らの立っていた訓練部屋の一角が、まるで腐り落ちるかのように音を立てて崩れていく。
もし、あのままいたら僕らは、地面へと真っ逆さまだっただろう。
「……木が助けてくれるのではないのか?」
「この辺りの区画は動かないんだよねぇ。そういう処理してるからさー。そろそろかなって思ったけど、兆候の報告もなかったのにまさかいきなり崩れるなんてホント。あー、しかも、うるさいのが来るぅ」
センニがゲンナリとした顔をしていた。
続いて複数の近づいてくる足音が響いてくる。
そして、止まることなくこちらの部屋の扉を開けて中へと入ってきた。
武装したエルフたちが五人ほどだ。全員、弓を構えている。
「何事だ!」
「これ見りゃわかるでしょ~。また腐って壊れただけだし。特に何もないっての~」
「人間どもが腐らせたんだな?」
「はぁ!?」
センニが応対するものの、雲行きが怪しい。
突然、こちらに無実の嫌疑がかけられた。
「なんでそーゆー結論になったワケ?」
「黙れ。だからこの領域に人間どもを入れるなど反対だったのだ!」
「理屈に合わないこと言わないでくれるぅ? 集落の木が腐ったのなんて何回目だよ。これが初めてじゃないっしょ? それが何で突然人間のせいになるわけぇ?」
「黙れと言っている!!」
「正論言われたからってキレるのマジダセぇ~」
「人間どもを引っ捕らえろ! 構うな」
武装したエルフたちの暴走は止まらなかった。
僕らへ向けて矢が放たれる。
狙いは足下。動けなくするためだろうか。
だが、センニは手に持った木剣ですべてをはたき落とした。
思っていた以上にスゴいことしてるな……。魔法を無駄に使わなくてよかった。
「は? ふざけんなし! 何の根拠があって、捕まえるんだよ? やめろって言ってんだろ!」
「根拠だと!? 人間どもだからだ! 人間が来たから集落が不幸に見舞われるんだ!!」
「は? 意味わかんないんですけどー? ちゃんと脳みそで考えてるぅ?」
「ガキにはわからん! 我らをこんな場所に押し込めた連中だぞ! 連中の不可思議な呪いの力だ!」
「何がガキにはわからん、よ。押し込められたときから生きてるのなんて、タルヤ様だけっしょ。人づてに聞いただけで人間ずっと恨み続けるなんて、お門違いじゃないの~? そもそも押し込められる前と大して生活変わってないって話だし~」
「きっ、貴様ッ。魔法も弓も使えない分際でッ!」
「そう、それ。アンタら、ウチをずっと馬鹿にして蔑んできたよね? でも、アンタらが恨んでる人間のこの子たちは、ウチのことをまったく偏見の目で見なかった。ウチからすればよくわかりもせず人間恨んでるアンタらよりも、こっちのガキたちの方がまだ好感が持てるね!」
「……ならば、人間と一緒に貴様も牢屋に入って頭を冷やせ!」
「入るかよ、クソボケが!」
もはや戦いは避けられそうにもない雰囲気だ。
だが、救いの手はすぐにやってきてくれる。
「何事だ!」
「タッ、タルヤ様……! い、いえ。この者たちが木を腐らせて……!」
「……真か、センニ」
「違うし。腐って勝手に崩れ落ちただけっしょ。むしろ、それに巻き込まれそうになったんだよ、ウチらは。それを人間が腐らせたなんて、勝手に勘違いしたのがそっち」
「………」
タルヤ殿は武装したエルフたちに厳しい顔を向けたあと、大きく溜息をつく。
「この場はワシが預かる。衛兵らは下がれ」
「しかし……」
「お前たちが人間に恨みを持ち続けているのは知っている。だが、罪もなき子供に無実の罪を着せるべきではない。それは代々守ってきた高潔な精神のエルフとは言えぬ」
「………」
「親から引き継いだ恨みを忘れろとは言わん。だが、視野を狭めて我々の誇りを穢すのをよしとするな」
「……はっ」
タルヤ殿の介入で、どうにかその場は収まった。
だが、やはり人間とエルフの溝は深い。




