森
鬱蒼と茂る森の中。
僕らの教室の生徒ととある上級生二名はノエミ師や他三名の教員と共に、森の中で歩ける程度には整備された道を進んでいた。
本来、常に生徒たちについている大人の従者は全員ついてきておらず、生徒と教員だけとなっている。
僕の横を歩くリュディが、羽音と鳥の鳴き声しか聞こえないことに溜まりかねたのか、少し疲れたように口を開いた。
「森の調査とは中々意外なカリキュラムだね。従者も来ないし」
「ふん。最終的には一人ですべてこなすことが目的の授業なのだから従者がいないのは当たり前だ。それにしても、もうへばるとはアルコバレーノ王国の連中は全員、貴様のようにだらしないのか?」
「ゲルドは手厳しいな。でも、体力の少ない人が多いのは事実かな。君らのようにボクらは武芸に傾倒してないし。時々化け物みたいな騎士もいるけどね」
「……チッ、張り合いのないやつだ」
リュディに突っ掛かったゲルドが、舌打ちをして黙々と歩く。
結構歩いたけど僕はまだ疲れていない。ニコーラの体力増強トレーニングの成果かな。
「しかし、こうしてやっているとファタリタは幼い時から軍隊としての教育をしているんだなというのがわかるよ」
「アルコバレーノは違うの?」
今度は僕がリュディに尋ねる。
彼女は動くのも怠そうに小さく頷いた。
「魔法の方が重要視されてるからね。武芸をいくら鍛えようと魔法には敵わない、魔法こそ最高って国是なのさ。ゲルドなんかうちに来たら『何武器振るの頑張っちゃってるの?』って目で見られると思うよ」
「なんだと? だが、魔法の発動には時間がかかる。懐に潜られたら終わりではないか!」
「そう。だから懐に潜られない戦闘教義が発達しているのさ。近づけないようにする、距離を取る、結界を張る――そもそもにおいてうちは単独での強さは評価されないから。部隊単位での強さがものをいうんだ」
「……我が家とは確実に相容れない話だ」
ゲルドが何とも言えない声を出す。絶対に行きたくない……という気持ちが顔から滲み出ていた。
つまりアルコバレーノ王国は部隊内での連係であったり、部隊同士での連携が重視されてるのかな。
「だとしたら、なんでリュディはうちに留学してきたの? うちで得るものなくない?」
「色々と事情があるのさ。アルコバレーノ王国とファタリタ王国は軍経協商の建前もあるから、交流ということで一年にひとつ以上の留学枠がある。そこには必ず誰かしら入れなきゃならない。誰かしらは必ず来る。今年はそれがボクだったということさ」
「じゃあ、リュディは来たくなかった?」
「いや、ボクは立候補したからね。おかげでスムーズにいったとお偉いさんから感謝されたよ」
「ちゃんと目的があるってことか」
「まあね。話すと長くなるから、ここじゃ言えないけど」
あまり話したくないことのように言う。あとは空気を読んでくれってことか。
じゃ、さっさと話題を変えよう。
「それにしても入学してまだ大して経ってないのに、まさかこうして軍隊の行軍みたいな真似をさせられるとは思わなかったな」
「我らは最上級生と違って行軍用の重い道具を持たせられないだけ楽な方だぞ、甘えるなロモロ。俺は家で持たされていたが、我々は細かい用具ばかりだ」
「軍人志望のゲルドはいいかもしれないけど、こういうのってもっと後にやるものだと思ってたよ」
「例年に比べて早いのは事実らしい。だが、この『影の樹海』でモンスターが出たかもしれないというのだから調査は必要だろう。むしろ、なぜ我らは後方探索なのだ……」
「モンスター相手に僕ら年少組に、何ができるって言うのさ……」
「我らで死力を尽くせばいいだろう」
そんな風に勇むゲルドに、同調する者がいた。
「そうそう。出たら倒せばいいじゃない。ゲルド君の言う通りだよ。ロモロってば臆病だなー」
「も、モニカ様……。そんな気軽に……。モニカ様ならいけるかもしれませんけど……」
うちのお姉ちゃんと、従者のデジレ――とある上級生二名だ。
すでに僕らとはお互い自己紹介済みである。
「……なんでうちのお姉ちゃんまで一緒なんだか」
「仕方ないじゃない。行軍なんて一度もやったことがないから、ひとまずロモロたちと一緒に雰囲気に慣れなさいって言われたんだから。行軍なんて昔何度も――」
「お、お姉ちゃんはともかく!」
何を言うつもりだったんだ、このお姉ちゃんは……。そりゃ戦争経験したなら行軍なんて何度もしてただろうけど。
「デジレまでなんでこっちに来たの? 上級生の人たちは自分と同じ領内の人と編成を組んで、もっと広い範囲を捜索するんでしょ? 僕らみたいな初等教育を受けている生徒はお手伝いで雑用ぐらいだし、領内で組むって縛りもないって話だし」
「私は不慣れなモニカ様についてなさい、と言われたので……」
「別にデジレはあたしに構わず自由にやってよかったんだよ?」
「えっと……。大きな声では言えないんですけど……行軍カリキュラムは少々ハードなのでサボれるなら……えへへ」
「やだー。デジレってば顔に似合わず悪いんだからー」
つまり面倒だと考えていたところに、お姉ちゃんについていくというサボりの口実ができた、みたいなもんか。
どこまで本当なんだかな。お姉ちゃん曰く、デジレは真面目だったって話なんだけど。
「そもそも今回の行軍って、ロモロがモンスター見つけたせいでしょ」
「いや、別に僕が見つけたわけじゃないし、そもそも実際には見てないし」
「でも、モンスターの鳴き声は聞いたんでしょ?」
「悲鳴だと思ったんだけどね……」
最終的にニコーラに言った誰かの悲鳴という言い訳は、モンスターの鳴き声として片付けられた。
それだけだったら、僕の勘違いで済んだかもしれないんだけど。
「ただ、モンスターが出たのは事実だからね。ニコーラが何かがいたとはっきり言って、それをテアロミーナ様が信じたから。そうなれば学校としては調査を行う必要があるわけで」
「どちらにしろ、王領に属する学校内の敷地と、それに隣接する『影の樹海』は定期的に調査が行われる。それが貴様の話で早まったというだけだ」
ゲルドがそう補足してくれる。
責任が僕にあるわけじゃないから、勘違いをするな……と言いたいのかな?
彼はややこしいようで、付き合いに慣れてくると非常にわかりやすい。
他愛のないことを話している間に、僕らは目的地へと到着した。
すでに後方を担当している上級生たちがテントを張ったり、食事の用意をしたりと慌ただしく動いており、非常に騒がしい。
「さて。ここが本日の野営地となります。すでに高等部の皆さんが野営構築を開始していますね。皆さんは彼らのお手伝いをすることになっています。各自、同じ色の腕輪を持つ人のところに行ってください。ミスはあってもいいですが、失礼のないように」
ノエミ師がいつもより緊張感を伴った声で伝えてくる。
僕は学校出発前に受け取っている腕輪の色を再確認。青。
ゲルドやリュディとも同じ色だ。リナルド様も青。お姉ちゃんやデジレも青だ。
「お主と一緒で助かった」
そう言ってリナルド様は安堵した表情をする。
「こちらこそ、光栄です。では、行きましょうか」
僕らは同じ青の腕輪を持つ高等部の人たちの下へ行き、彼らの雑務を手伝った。
テントを張ったり、食料を整理したり、道具を片付けたり――やることは多い。
さすがに火を扱うような仕事や力が必要になる作業はなかった。
「それにしても……こういうの、魔法でパパッとやったりしないの?」
少し面倒になってきて、そんなことをぼそっと言ったら傍にいたデジレにギョッとされる。
なんかおかしなこと言ったかな……?
「ロ、ロモロ様は大胆なことを言いますね?」
「そうかな……。前にテアロミーナ様に助けられた時にベルタ様たちが魔法で館を作ってたから」
「ああアレですか。アレはスパーダルドの秘奥ですので」
「秘奥?」
「秘奥というとちょっと大袈裟かもしれませんが……元々あるスパーダルド独自の魔法、簡易城塞の応用ですね」
独自だったのか。確かにひとりではできそうもないが。
「膨大なマナを使って、緻密な設計図を頭の中で構築して、測量して、素材の割合等も設定しなければなりませんからね。建築家としての技量もなければ無理です」
「じゃあ、ベルタ様も建築家としての側面を持っているってこと?」
「はい。というよりも、スパーダルドの貴族は全員がそういった技量を身に付けねばなりません。スパーダルドは守勢を得意としますからね」
こういうのって共有ってできないもんなのかな? ……と一瞬頭を過ったけどできるわけないよな。
独占しているからこそ、秘奥なわけだし。
「そもそも、共同魔法自体がスパーダルドにしかできないんです。以前、王がスパーダルドにその魔法の公開を要請したのですが、他の貴族にはできなかったので……」
「そうだったんだ。結構、凄い魔法を見たんだな、僕は」
「中々拝めないので、幸運だったと思いますよ」
あの時はそれしか選択肢がなかったってことか。
子供たちを全員収容できるような広くて温かい場所がなかったわけだしな。
そう考えると、そんな魔法を惜しげもなく使うことを許可したテアロミーナ様はやっぱり凄い優しい人だね。誰もが仕えるに値する偉人のように思う。




