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休日

 本日は学校も訓練もない、完全な休暇日。

 自主的に朝のランニングだけは習慣的にしたけどそのくらいだ。

 では、今日は何をするのかというとお出かけという予定が急遽入った。


「ニンファさまはここに来て日が浅いのですから、少し周辺を散歩がてら色々と見ておくべきでしょう?」


 とは、デメトリアの弁だが、問題は――。


「そんなわけで先に過ごしていた貴方が案内をしてくれると助かります。お願いしますわね」


 と、一方的に決められたのである。

 そんなわけで待ち合わせ場所まで、馬車で向かっていた。

 ちなみにお姉ちゃんも誘ったのだが、「デメちゃんとゆっくりしてきなよ~」と、生暖かい目で見送られたのだった。

 主賓はデメトリアじゃないんだけどな。


「案内をしろと言われても、僕は全然周辺情報を知らないんだけどな」

「いい機会ではありませんか。どこに何があるのかを調べることは充分に有意義なことですから」

「訓練とか勉強した方がいいとか思ったりしないの?」

「むしろ、ロモロ様は根を詰め過ぎなきらいがあります。読書で内に籠もりっぱなしのままより、外に出て見聞を広めることも重要です」


 ニコーラにそう言われてしまうとぐうの音も出ない。


「それに言葉通りの案内――」

「ニコーラが言葉を止めるなんて珍しい。どうかした?」

「いえ、これは下世話な話でしたな。お忘れください」


 うーん。本当に珍しい。ニコーラが言葉を濁すなんて。

 僕に何か見落としでもあるのか、あるいはこれもニコーラなりの試練なのか、さっぱりわからない。

 悩んでいるうちに待ち合わせ場所の広場で馬車は停止した。

 すぐ近くにニンファの家の紋章が刻まれた馬車も止まっている。


「すぐにご招待致しますので、少々お待ちください」


 ニコーラは馬車を出て、ニンファの馬車へと向かった。

 基本貴族は馬車移動なので、平民と言えど後援を受けている僕も馬車を使う。

 ただ、こういう待ち合わせの時は目上の相手の馬車に招待を受けるのが基本らしい。

 なので、こうして僕らの馬車にニンファと従者のデメトリアを乗せることとなるのがスパーダルド式だ。お姉ちゃんが面倒だという理由もわかる。そもそもそれならニンファの寮まで迎えに行けばいいのでは? と思わなくもない。ただ、それも儀礼的にはダメなのだそうだ。

 普通に徒歩で散歩するのでも僕はいいのだけど。


 外ではニコーラのエスコートを受けて、ニンファとデメトリアがこちらに歩いてきている。

 そのまま扉を開けて、まずはデメトリアが乗り込み、手を支えにしてニンファが乗り込み、最後にニコーラが再び乗り込む。

 僕とニンファが対面に座って、お互いの隣に従者が座った。


「では、出発致しましょう」


 ニコーラが合図を出すと、馬車はゆっくりと動き出す。

 この間、ニンファの馬車と御者はどうするんだろうな……と思ってしまうのは平民の性かな。


「……ご、ご、ご、ごごご、ご招待、あ、ありあり、ありがとう、ございます。ほ、ほ、ほほほ本日はおひ、お日柄も、よきゅ……」

「こちらこそご招待を受けていただき、ありがとうございます」


 デメトリアの発案とはいえ、主賓はニンファと僕になるからこうして挨拶も交わさなければならない。

 仮に親しくともこうした社交儀礼は貴族だと立場を明確にするためにも大事なのだ。親しき仲にも礼儀あり、ということか。

 ただ、ニンファは僕が平民ってことをどう思ってるんだろうな。


「そ、そそそ、その……デメトリアから色々と、その、聞いて、ます。本が、好きと」

「そうですね。この前も言いましたがデメトリアとは親を通じた幼なじみなので、よく本を都合してもらいました。なので、私もデメトリアと同じ平民です」

「へ、平民は……字が読めない、人が、多いと……聞きました。ロモロは、いつから字を読めるように……なったんですか?」

「え……」


 そう言えばいつからなんだろう?

 深く考えたことなかったな。いつの間にか読めるようになってたし、書けるようになっていた。


「気付いたら、ですかね……。おそらく父が妙な紙を色々と持っていたので、自然に学んだのだと思います」

「す、スゴいですね……。わたし、文字を……お、覚えるだけで……精一杯で……」

「ニンファは本を読まないのですか?」

「よ、読みます……。一応……」

「どのような本を?」

「ま、魔法陣、の、本です」


 魔法陣の本とはまたマニアックな。

 魔法の本ならわかるけど。


「わ、我が家は魔法陣の設置が得意で様々な記述方法を立案し、成果も上げているんです。綺麗な魔法陣は見ているだけで心が洗われますしできることも多いのでその可能性に魅せられてずっと見てても飽きません魔法陣は使い方次第で魔法を超えると我が家は思っているんですがやはりあの限られた範囲に魔力を込めるのでは出力不足でして――」


 彼女が突然、一気に饒舌になる。

 やはりこの子は自分の得意分野になると非常に舌が回るタイプだ。

 たぶん僕とはこういうところが似ていると思う。

 デメトリアがコホンとわざとらしく咳払いをした。


「…………………………………………………………はっ!? す、す、す、す、す、すいません……。わ、わたしばっかり、しゃ、しゃ、喋りっぱなしで……」

「いえいえ、興味深かったですよ。僕も魔法陣の出力を上げるにはどうしたらいいか、考えている最中でしたし」


 これは本当だ。例の光で描いた空中魔法陣は出力さえ多く安定さえすれば、もっと色々とやれることは増えるしね。

 あれは突き詰めていければ可能性の固まりだ。もしかしたら、この辺りはニンファに相談すれば色々と発展させられるかもしれない。


「ほ、ほ、ほほほほ、本当ですか? ま、まま魔法陣は……その、卑怯であるとか、騎士道に反しているとか、評価はすこぶる低いと思うんですけど……。うちの領では……」

「僕は騎士ではないですからね。むしろ色々とできる分、発想も広がって楽しいと思いますけど」

「そ、そうなんです! こんなことができたらいいなって思いながら魔法陣を描くのがすごく好きで、時間を忘れて寝るのも忘れて……」


 時間を忘れるのはともかく、寝るのを忘れるのはよくないんじゃないかな……。

 さすがによくないと思ったのかデメトリアがまた咳払いをすると、ニンファの口は止まった。


「ところで、これはどこに向かっているんですの?」

「まあ、それは見てのお楽しみってことで」

「……そんないいところ、見つけてたんですの?」

「ごめん。実は僕じゃなくてニコーラのオススメなんだ」

「そんなことだと――そうでしたのね」


 言い直した。さすがにニコーラの前では猫を被ることにしたらしい。

 まあ今は従者としての立場もあるしね。

 するとニコーラが助け船を出してくれる。


「実は四大公爵家が有する寮の周囲には店も見どころも特にございません。ですので、ロモロ様が周辺のことを知らないのも無理はないのでございます」

「そうでしたのね。では、無理を言ってしまったかしら?」

「とはいえ、お嬢様方に恥を掻かせるわけにはいかないと、ロモロ様と相談して決めさせていただきました。とても良いところですよ」

「ありがとうございます。お嬢様も喜んでおられますわ」


 実際、スパーダルド寮の周囲には何もないんだよね。

 だから、特に出歩く必要がない。必要なものは届けてくれるし。


「わたくしたちが住む共同寮の周囲には幾つか店はあるんですのよ。さすがに四大公爵寮のようにすべてを自分たちで賄うのは難しいですから」

「へえ。店ってどんなの?」

「制服を含めた服飾店や学生用の食事処や雑貨店などですわね。頻繁に使うわけではないのですけど」


 ……あれ? でも待てよ?


「四大公爵家に属する領地の人たちはその寮に入るはずだけど、ニンファはアシャヴォルペ州から来たんだよね? だとしたらアシャヴォルペ寮に入るんじゃ……」

「まあ、それは色々とあったというか……」

「え、えと……わ、わたしの入学が遅れた理由が関わってて……その……」


 色々と複雑な事情があったのは察した。

 たぶんその辺りの何かがあったからこそ、デメトリアも従者になれたのだろう。

 従者は割と早い段階で決めるらしいしね。僕らのも入学が決まるのが遅かったこともあって、かなりギリギリだったみたいだし。


「ささ。そろそろ着きますぞ」


 微妙な空気になってたところで、ニコーラが気を利かせてくれた。

 馬車がゆっくりと止まり、デメトリアとニコーラが降りて、僕がニコーラに手を借りて降り、ニンファを僕がエスコートする。

 本当に社交儀礼はしっかりしてるよね。誰に見られているわけでもないのに。

 誰にも見られていないからこそ大事なのか。


「こちらです」


 そして、僕らは広場の端へと向かう。

 落下防止用の柵の先には、風光明媚な連峰と深緑の森が広がっていた。


「わあ……」

「壮大ですわね」


 僕も目を奪われたけど、ニンファとデメトリアも同じらしい。

 元々、この丘の上には昔、貴族の館を建てるために資材の中継地点を設けていたらしくここがその広場らしい。

 すでに貴族の館には誰も住んでおらず廃墟となっているらしいが、それまでに作られた道は整備されているし、この資材の中継地点も生徒たちの憩いの場として機能している。


「あの連峰が隣国テソーロと領地を分かつ、通称天空連峰。下の森が『影の樹海』と呼ばれる森です。オススメはしませんが、ここは夜でしたら星空も綺麗に見えます」

「もしかして、ここはニコーラの秘密の場所?」

「そのひとつである、と申しておきましょう」


 ニコーラには引き出しが幾つあるんだ。

 若い頃はさぞモテたに違いない。


「では、そろそろこの風景を眺めながら昼食と参りましょう。デメトリア嬢、少々お手伝いをしていただけますかな」

「はい。もちろんですわ」


 広場には連峰を眺められる休憩用のガゼボがあった。

 中にはテーブルと椅子もある。

 誰かがしっかりとメンテナンスしているのか、非常に綺麗にされていた。


 ニコーラとデメトリアは、馬車から食事のための食器や簡単な食事を運んでくる。

 簡素であるが、あっという間に優雅な食事空間ができあがった。


「さあ。ロモロ様、ニンファ様。どうぞ、召し上がれ」


 こうして、普段と変わらない美味しい食事を僕とニンファは楽しんだ。



 食事が終わり、食器を片付けている時、ニンファがニコーラを呼び止めて何かを耳打ちしていた。

 ニコーラはニッコリと笑って「喜んで」などと言っている。

 すると、ニコーラはこちらに向き直り、


「ロモロ様。ニンファ様の御要望で、私は今からニンファ様に周辺のご案内をしたく思います。お許しいただきたい。つきましてはデメトリア嬢、私が離れている間、ロモロ様のお世話をしていただきたいのですが、よろしいですかな?」

「え……あっ、はい! その、ニンファさまをよろしくお願い致します」

「ええ。もちろんでございます」


 珍しくデメトリアが予想外というような反応を見せた。

 少しだけ狼狽えているように見える。

 そして、ニコーラはニンファをエスコートするように行ってしまった。


「……主に気を遣わせてしまいましたわね。従者失格ですわ」

「気を遣ってくれたのは確かだろうね。でも、せっかくだし、厚意に甘えよう。僕もデメトリアとはふたりだけで話したかったし」

「ふふ。そうですわね。こんな機会、あまりないでしょうし」


 ふとデメトリアを見ると左腕につけた腕輪が見えた。

 以前、プレゼントした僕とお揃いの腕輪だ。

 もちろん僕も肌身離さず右腕につけている。


「それもまだちゃんとつけてるんだ」

「当たり前ですわよ。あなたの初めてのプレゼントですわよ」

「他にもプレゼントした記憶はあるんだけど」

「お揃いなのは初めてですわ!」


 そういうものか。

 この辺りの機微はわからないけど、大事にしてくれているのなら嬉しい。


「それにしても、学校にまで追いかけてくるとは思わなかったよ」

「本当なら生徒として入りたかったですわ。魔法が使えなくてはどうしようもありませんけど」


 どうしようか。

 お姉ちゃんの話を信じるなら、魔法は平民でも問題なく使えるはずで、今なら僕でも教えることができる。

 ただ、これはお姉ちゃんのように、僕の事情に彼女を大いに巻き込むことになる。

 将来的に頼りにする場面は絶対に出てくると思うけど、それを魔法込みにしていいものか。

 魔法を使えるようになれば、彼女の人生だってまた狂うことになりかねない。


「どうしましたの?」

「……いや、デメトリアも魔法を使ってみたいのかなって」

「現状、自分で使うことにそこまで魅力を感じませんわね。あなたがどう思っているかは知りませんけど、魔法は遠からず魔導具として身近になると思ってますし」

「それはなかなか意外な答えだ」

「ええ。スパーダルドの鉱脈から魔溜石の鉱床が見つかったらしいですからね。すぐにどうこうというわけではありませんが、魔溜石の値が下がると思います。そうなれば魔導具の値も下がって需要も上がって、そのうち平民にも手が届くものになりますわ」


 さすがにデメトリアはよく情報を知ってるな。

 鉱床が見つかったなんて話、僕には来ないから自分から見つけに行くしかないんだけど、そんなツテはまだない。


「それに貴族相手に商売する時、その貴族よりも魔法が上手いなんて噂があったら、あまりいい思いをさせないことになりますもの。商売の邪魔になりかねませんし」

「なるほど一理ある。貴族は見栄を張るからね……」

「ということで、わたくしは従者の役目を全うするだけです。ニンファさまをしっかりと卒業まで導く。それがわたくしに課せられた使命でもありますからね」


 やっぱりデメトリアは考え方がしっかりしている。

 僕と同い年とは思えない。

 以前、お姉ちゃんと一緒に貴族になったら、彼女とは別れることになると思っていたけど、彼女ならそれでも追いかけてきてくれそうだ。


「何を笑ってますの?」

「いや、デメトリアはずっと僕と一緒にいてくれそうだなって」

「当たり前ですわよ。親が適当に決めたとはいえ、幼い頃からの許嫁なんですから。あなたが地の果てに行こうと、絶対にあなたの隣にいますわ」

「頼もしいよ」

「浮気は許しませんですけどね」

「だからしてないって……」


 するとデメトリアは妙に不安そうな顔になって、僕を見る。


「それにしても、ロモロ。あなたはどうしていきなり学校に行くことにしましたの?」

「……行きたかったから? 見聞を広めたかったってのもあるし。テアロミーナ様に選択肢を与えられたから、飛びついた感じかな」

「なんだかロモロにしては嘘くさい言動ですわね」

「嘘じゃないよ」

「嘘ではないにしても、何か隠していることはあるでしょう」


 鋭いな。その通りなんだけど。

 実際にはお姉ちゃんの話とかワールドルーツの話とかも関わってくるんだけど、さすがに話せない。

 いつの日か話すことになるんだろうか。


「そもそも本の虫なあなたが魔法はともかく武芸まで学んでるのが意外ですわ。そんな短剣まで持って……」

「意外に面白いよ」

「マティアスさんの訓練でへばってたんでしょう? 聞きましたわよ」

「あれは悪魔に死ぬまで追いかけられる常軌を逸してたものだからノーカウントだよ」

「まあ。今度マティアスさんに会ったら言っておきますわ」

「僕はデメトリアなら言わないと信じてたのに」

「冗談ですわよ。そもそもそんなこと言ったらあの人死ぬほど落ち込みますわよ。お父様曰く、あの見た目で繊細なんですから」

「見えないなぁ……」


 僕らを喜んで追い込んでいたとは思わないけど、あの訓練はキツかった。

 二度とやりたいとは思わない。

 そう言えばお姉ちゃんの友人たちはどうしてるかな。史上最速でハンターになるらしいが。


「でも、確かに昔に比べると逞しくなった気がしますわね。一回り大きくなったような」

「成長期だからね」

「まだ少しだけ私の方が背が高いですけど、そのうち追い抜かれるんでしょうね」

「そこは性差もあるから。でも、ヴァリオさんも背が高いし、デメトリアは平均よりは高くなりそうじゃない?」

「それを言ったらアーロンさんなんかお父様より一回り大きいから、ロモロはもっと大きくなるんじゃありませんの?」

「僕は母親似らしいし……。お父さんに似るのはお姉ちゃんじゃないかな」

「なんにせよ、あなたとそこまで差がつかなければいいですわよ」


 それはもっと先の話だな。

 明らかになるのは下手をすると十年後とかそんなレベルだ。


「……話を逸らされたような気がしましたけど。まあでも構いませんわよ。隠し事のひとつやふたつ、誰にだってありますものね。無理に聞き出したりはしませんわ」

「ありがとう、デメトリア。理解が早くて助かるよ」

「でも、あなたはなんでもかんでもひとりで抱えがちなのは自覚してますの? 話せる時に話した方がいいですわよ。話す気になったら言えばいいですけど、手遅れにならないうちにしてくださいまし」


 そう言ってデメトリアは僕の隣に座った。

 そのまま僕の肩に頭を乗せる。


「今までこうしてあなたと外でゆっくりすることなんてなかったから新鮮ですわね」

「ホントだね。いつも家の中で本について喋ってた気がするし」

「あなたが外に出なさすぎなんですわよ。わたくしは色んな街に行って、その最中で様々なものを見て来ましたからね。これほど綺麗な風景は、お目にかかれませんでしたけど」

「だとしたら、ここに連れてきてくれたニコーラに感謝しないとね」

「あなたの出不精も治るといいんですけど」

「今度、出かけることがあったら、自主的に調べておくよ」

「約束ですわよ」


 空の雲と共に、ゆっくりと穏やかな時間が流れていく

 本当に親の遠いところで、こうしてデメトリアとふたりでいられるのは学校に入ったからこそ、という気がする。

 この日は、とてもいい気分転換になった。


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