ニンファの趣味
宣言したとおり、デメトリアはニンファの隣で授業を受けていた。
魔法、神学、幾何、天文等々。魔法の実践はもちろんできていないが、一般授業であればここにいる誰よりも頭がいいのかもしれない。
特にわかっていたことだが、幾何学に関しては遙かな高みにいる。すでにヴァリオ商会に関わっているということを抜きにしても、この場にいる誰よりも早く正確だ。
「正規の生徒ではありませんから、先生に当てられないのが残念ですけどね」
「それでもニンファに教えられてるんだからスゴいよ」
お昼休み。食堂で食事を終えた僕らは四人席に座って歓談していた。
リュディ、ニンファ、デメトリア、僕という四人の教室最前列グループ。
リュディの従者とニコーラは、すぐ近くで待機している。
「それにしても、ロモロに許嫁がいたとはねぇ。隅に置けないなぁ」
「言ってるでしょ、リュディ。親が勝手に決めただけって」
「ロモロも素直じゃないねぇ。こんなに可愛い子の何が不満なのさ」
リュディには何言っても面白がられてしまう。
抗弁しても無意味だな……。
「ところでニンファ嬢も、この話は聞いてたんじゃないのかい?」
「えっ……! あっ、あっ……あの……その……は、はい……」
それにしても、ニンファの言動は自己紹介の時と同じく非常に辿々しい。
まだまだ僕らに心を開いていないのかと思ったが、デメトリア曰く誰にでも似たようなものという話なので、どうやら会話に慣れていないだけらしかった。
苦手意識を克服するためにも遠慮なく話しかけてほしいということだったが、リュディはぐいぐいいくタイプだから荒療治な気がする。
まあ、僕ともほとんど会話は続かないんだけど。
「…………………………………」
彼女も何か話そうとしている素振りはしているのは見て取れるけど、何を言えばいいのかわからないといったところか。
残念そうに息を吐いたリュディはニンファとの会話継続を一旦諦めて、僕らに視線を向けてくる。
「それにしてもどういう縁なんだい。ロモロとデメトリアは」
「親同士の縁だよ。僕の父が元ハンターって話はしたよね? デメトリアのお父さんのヴァリオさんも元ハンターで一緒に組んでたんだよ。もうふたり、マティアスさんとヴェネランダさんって人とも」
「お父様は商才があったらしいですわね。山分けした財宝を元手に商売を始めて商会を起ち上げましたから。あれよあれよという間に大きくなったらしいですわ。元々、パーティでも会計を務めてたらしいですけどね」
「なるほど。それがうちとも繋がりのあるヴァリオ商会というわけか」
すると突然、ニンファがテーブルに身を乗り出してくる。テーブルを叩く音が響き、まだ片付いていない皿が一瞬浮くのが見えた。
今までからするとあり得ない能動的な行動に、全員がギョッとする。周囲の生徒たちもこちらに注目していた。すぐに目を逸らしたけど。
「ニンファさま。落ち着いてください。貴族の令嬢としてはしたないですわよ」
「あ、ご、ご……ごめんなさい……。で、でも……その、話、もっと聞きたい……」
これまで貝のように口を結んでいたニンファが、初めて話をこちらに振ってきた。
「話って――ハンターのことだよね?」
「う、うん……。も、もしかして……ロモロの、お父様は……その、名前は……アーロン……?」
「どうして知ってるの!?」
デメトリアを見ると、ふるふると首を振られた。
どうやらデメトリアが教えたわけでもないらしい。
「ゆ、有名……だから……。アーロン、ヴァリオ、マティアス、ヴェネランダのハンターパーティ……。特に北方での活躍は吟遊詩人の詩にもなってる」
「待ってくださいまし、ニンファさま。わたくし、その話、聞いてないのですけど」
「う、うん。だって、私もデメトリアがあのヴァリオの令嬢って知らなかった。ただの同名だって思ってたの」
「ニンファさま、わたくしの来歴聞いてなかったんですのね……」
ニンファの口調は明らかに流暢になっていた。
その目の前でリュディが興味深そうに笑みを浮かべている。
それにしても、僕もお父さんたちがそんな活躍していたとは知らなかった。
北方での活躍? 吟遊詩人の詩? お父さんからそんな話は聞いてない。
そもそもランクだって、そんな高くないはずだけど……。
「でも、有名って言っても確か銀級でしょ? マティアスさんは戦闘能力だけならギリギリ金級って言ってたし。白金級数名、金級二パーセント、銀級十二パーセントって考えたら、吟遊詩人の詩になるには遠いような」
「そうですわよね。白金級の方の詩は時折、聞きますけども……」
ハンターギルドも歴史は古いからね。
白金級の活躍は伝説じみたものもある。地上を焼き尽くす炎を吐く竜を倒したとか、山より大きい巨人を倒したとか。証拠が遺物として残ってるのもあれば、残ってない怪しげな伝説もあるけど、吟遊詩人によって紡がれるハンターの冒険譚は結構多い。
その辺りとお父さんたちが同列と言われると、信じ難いものがあるけど……。
しかし、ニンファはこちらの考えを否定するように首を振る。
まるでお父さんたちを庇ってるみたいだ……。
「大陸の北方では帝国の政策のせいで、ハンターはほぼ入れないの。でも、彼らはその北方で唯一許可を得ていたパーティで、幾つもの困難な事件を解決してた。ハンターギルドは帝国内での活動は対象外だから、あんまり成果に入らないみたいなの」
「そんな話、全然知らなかった……」
「お母様が帝国出身で、よくその話を聞かされてたの。私、聞くたびにワクワクして、だから今、本当に信じられない」
それにしても、ようやく共通の話題ができあがったらしい。
これが彼女の素なのだろうか。
自分の興味のある話題なら、流暢に喋れるようだ。
「だから、もっと聞かせてほしい。パーティ、『銀花』の話を」
「パーティの名前すら初耳なんだけど……。まあ、僕の知ってる話でよければ」
「わたくしも、幾つか知ってますわよ。それにしても『銀花』ねぇ……」
そして、ニンファに僕らの父の話をしていった。
モンスターとの激闘だったり、古代遺跡での罠だったり、雪山で一週間遭難した話など、僕としては盛ってるんじゃないかなと思える話もだ。
ただ、ニンファが言うには吟遊詩人の詩にあるようで……。
「ヴァリオが即席トラップでモンスターを止めて、ヴェネランダが鱗を引き裂き、アーロンが作った魔剣を使ってマティアスが引き裂かれた弱点を貫く……こうして、銀嶺の白き魔獣を倒し、街には平和が訪れた――すっごく簡略化した話だけど」
誰の話だ。
お父さんが魔剣を作る? いくら何でも盛られすぎでは?
いや、まあ史実を元にした英雄譚なんてどれだけ盛るかみたいなところもあるけど。
とはいえ、瞳を輝かせるニンファに対して、野暮なことを言うのも気が引ける。
それはデメトリアも同じだったようで、僕らは目と目でコンタクト。
夢を壊さないようにしよう、ということで纏まった。
「それでロモロやデメトリアのお父さんは今、どんな生活をしているの?」
「普通に街の鍛冶師やってるよ。日用品を直してる」
「うちも普通に店の経営ですわね」
「その普段の話も聞かせてほしいな」
そこから普段の生活についてまで話が広がって、そんなに楽しい話でもないような気はしたけど、ニンファが目を輝かせていたので彼女にとっては楽しい話だったのだろう。
会話が終わったら、いつもの辿々しい口調に戻ってしまったが。
それでも一歩前進したようで、デメトリアは内心で胸を撫で下ろしているかもしれない。
それにしても、お父さんやヴァリオさんにそんな意外な一面があったとはね。
少し気になったので手紙を書いて送ってみよう。
『銀花』についてや、吟遊詩人の話などを添えて。
どんな返事が返って来るのか楽しみである。
その日の授業が終わり、馬車でニコーラと帰宅していると、向こうから話題を振ってきた。
「デメトリア嬢はなかなか個性的な方ですな」
「あー……。もしかしてニコーラから見たら、従者としては厳しい感じ?」
「そんなことはございません。主人を不快にさせず、そのフォローができるのであれば、問題はないでしょう。相手によっては振る舞いを変えねばならないでしょうが、噂に聞くところによれば完璧にこなしているそうですぞ」
「さすがデメトリア。半年年上だけはあるね」
「ただ、あの態度をよく思わない者もいないわけではないでしょうな。それは私にも言えることですが」
「ニコーラに物申せる隙があるとは思えないんだけど」
「難癖というものは簡単にいくらでもつけられますゆえ。大多数の人から見て、まったく悪いところのない者などおりません。小さくとも、そこをつけば相手に痛手を負わせられます」
人の良いところは見えにくいけど、悪いところは見えやすいって言うしね。
つまりデメトリアは敵を作りやすいかもしれないからよく見とけってことか。
「うん。それも何かあったらいつでもフォローに入れるようにしておくよ」
「私の言いたいことを理解してもらえて、感謝致します。ロモロ様も未来の奥方が傷付くのは見たくありませんでしょうからな」
「もう。ニコーラまでそんなことを言う……」
学校では急速に周知の事実になりつつある。
まあ、別にいいんだけど……。




