魔法実践とファム様と
昨日は魔法の理論について学んだが、今日は実践だ。
とは言っても、自分やリュディらはすでに来た場所なんだけど。
魔法教練場と呼ばれるグラウンドだ。
担当は理論と同じくルフィーノ師である。
「さて。今日は実践を行います。と言っても、魔法応戦はさせませんがね。よっぽど血気盛んな生徒でなければ、この時期に魔法応戦は行いません。覚えておくように」
僕は目を逸らした。リュディは口笛を吹いている。ゲルドは舌打ちした。三者三様。
入学初日の魔法応戦については、もう教室で僕らがやったということが公然の事実になってしまっているが……。
「さて。魔法は効果を発揮できなければ意味がありません。収集、生成、放射……これらが一流でも、実現したいことができなければ、すべて無意味となります。直接攻撃魔法であれば当たらなければ意味がありませんし、仮に当たっても被害が大きすぎればそれはそれで問題です」
村を制圧する時に、村を壊滅させるのは簡単かもしれないが、村をそのまま使いたいなら破壊しては手間が増えるだけ……ということか。
森や山を破壊しようものなら、それはそれですごいことだけど、生態系や気候が変わりかねないしね。
「最小限の労力で、最大限の成果。魔法はこれを心がけてください。派手な魔法など必要ありません。やりたいことを実現するために、必要なことのみを行うのです」
これが今の魔法の思想ということなのかな。
詠唱と無詠唱に触れてわかったけど、詠唱というのは言わば効率の極致だ。
想像を言霊で補うことで、生成から放射までを最小限の労力とマナで行使できる。
対して無詠唱は、あらゆることが自由だけど、効率という意味では非常に無駄が多い。
できることは多岐に渡るが、収集したマナを自由に使える魔力に変換するのに、異様なほど精神を疲弊させる。
道筋に沿って放てる詠唱魔法と、それらが一切ない無詠唱魔法。
決められた地点までレールに沿って物を運べるトロッコと、手で物を運ぶけど自由な位置まで運べる手押し車。この表現が一番近いだろうか。
現時点では、どちらが優れているというわけではない。
ニコーラの言うとおり両方極めていければ、また見えてくるものもあるだろう。
それに以前、誘拐された時に見た多人数で協力して使う魔法は詠唱で意思統一を図るべきだし。
「とはいえ、実践は一に訓練、二に訓練、とにかく訓練です。それにあなた方の魔法の腕の程度を知らねばなりません。それに合った修練を考えなければなりませんからね」
ルフィーノ師は僕らの反対側にある的を指し示した。
地面に刺さった棒に、弓の訓練で使うような的がつけられている。
的には太陽のような紋様が描かれていた。
「今から五人ずつ呼びますので、あの的に魔法を当てください。的は魔法が当たれば、光るようにできていますから見えない魔法の風を当てても構いません」
少し皆がざわつき始める。
遠くないか? という不安が噴出していた。
遠くてほとんど見えないしね。菱形になってるのがわかるくらいか。
「では、行きましょう」
五人が呼ばれて、的に向き直る。
皆、戸惑ったような顔をしていた。
ひとりずつ覚悟を決めたように魔法を放つが、なかなか当たらない。
「三回外した者は一度、下がって回復するといいでしょう。では次の五人です」
リュディが呼ばれた。
リュディは特に感慨もなさそうに、炎の魔法を当てて的を赤く光らせる。
戻ってきた彼女は少し自慢げに鼻を鳴らした。
「ま、あの的は僕の家が作ったものだしね。どういう風に当てればいいのかはだいたいわかる」
「作ったことと命中率、関係ある?」
「炎なら火の粉さえ当たれば、光るとかね」
……炎をど真ん中にぶち当ててた気がするんだけど。
「次はゲルド、そしてロモロ、それから――」
次の五人には僕とゲルドが含まれていた。
ゲルドは面白くなさそうに、さっさと詠唱して炎を当てている。
「炎よ。〈フィアンマ〉」
僕も詠唱魔法を使い、的に炎を当てた。
視界さえはっきりしていれば、当てるのは難しくなさそうだ。
この手の制御は僕の一番得意な科目だと思う。
むしろ僕は詠唱魔法の方が向いてるんじゃなかろうか。
「なんだ、貴様。オレとの応戦の時みたいに無詠唱を使わないのか」
「無詠唱は効率が悪すぎるんだよ。むしろ詠唱の効率がよすぎて、こっちの方が使い勝手がいいんだ」
「だったら、なぜ昨日は使わなかった」
「無詠唱しか知らなかったし」
「……変なやつだ」
ゲルドに変なやつ呼ばわりされてしまった。君に言われたくはないな。
ただ、自分の使っていた魔法が非常識であるらしいというのは気付きつつある。
……無詠唱を教えてくれたマブルは結局、何者だったんだろうか。
魔族の彼と一緒にいたけど、彼女自身は魔族というわけではないような気もするけど。
学校も終わり、帰寮――の前にジラッファンナ寮へ向かう。
今日はファム様とのお茶会で、それに招待を受けている形だ。
お姉ちゃんや侍従と一緒にそちらに向かう。
「本日はようこそおいで下さいました」
「ご招待、ありがとうございます。光栄でございます」
一通りの挨拶を済ませ、応接室へと案内された。
ジラッファンナの寮は質実剛健なスパーダルドとは違い、洗練された美を構築しているようだった。
華美でありつつも、嫌味がない。それでいて調和している。
平民には本来、縁のない場所だ。それはスパーダルドも一緒なんだけど。
差し出されたお茶にはミルクが多めに入れられており、とても甘かった。
その分、お菓子は甘さが控えめで非常にどんどん入ってしまう。お姉ちゃんも美味しいと言いながら、遠慮もなくパクパク食べていた。それをファム様は嬉しそうに見ている。お姉ちゃんの前の世界であったというイジメの張本人とは思えないね。
お茶やお菓子に舌鼓を打ちながら、学校での他愛もない話をしていたが、ようやくといった感じでファム様から質問が飛んでくる。
「ロモロ様はどのようにして、あの無詠唱を身に付けたんですの?」
「どのように、と言われると非常に難しいですね。特に隠すような話でもないのですが、どう説明すれば他の人に理解してもらえるのか、僕自身もあまり把握していません」
「なるほど。学校が始まってまだ間もありませんしね」
「ただ、昨日と今日で詠唱と無詠唱を比較してわかったことはあります」
すると、ファム様が好奇心旺盛な瞳を向けてくる。
貴族にしては素直な人で内心、少しだけ笑ってしまった。
「詠唱とは効率の極致であり、無詠唱は自由自在であるということです」
「どういうことでしょう?」
「詠唱は唱え始めた時点で何をするべきかを規定しています。だからこそ、魔力の生成もそれに合わせて最適な形を取りますよね? しかし、無詠唱の場合は魔力の生成を効率的に行えず、どんな魔法にでも使える魔力……という形を維持しなければなりません」
「詠唱の場合は、炎には炎に、水には水に適した魔力が詠唱を通じて生成される、と?」
「ええ。無詠唱の場合はそれができません。なので、ひとつ魔法を使うのに、大量のマナを使いますし、非効率的なほど精神を疲弊します。もちろん、これは現時点での話なので、僕の未熟さが招いているのだと思いますが」
もっと想像を強固に行えれば、魔力生成も効率的に行くかもしれないしね。
「素晴らしいですわ! 無詠唱にはそのような可能性が残されているのですね!」
「無詠唱は先生方の反応を見るに、非常識という見方をされているようですが……」
「事実ですわね。私の師も無詠唱を研究して、白眼視されておりました。私は未熟ゆえ、無詠唱を教わっても使えませんでしたが、それでも理論上では無詠唱で魔法が使え、それが有用であると信じていたのです。師自身も完全な無詠唱はできず、省略という形で再現しておりましたが」
ヴェネランダさんみたいな、アレか。
よくよく考えると、あの盾も無詠唱ならではの魔法だよね。風でも土でもなかったし。詠唱による魔法というのは自然現象をミクロに発生させるみたいなもので、決して万能なものではない。
あの不可視の盾はよくよく思い返すと、どんな自然現象にも当て嵌まらない。
放射までも早かったし、それも省略したからこそだったのだろうか。今度会ったら、根掘り葉掘り聞いてみよう。
「それに、もうひとつ。大きな理由があります」
「もしかして、マルイェム教……ですか?」
「知ってらしたのでしたら話は早いですわね。神は地上を造り、水を生み海として、生物を創り……と、あらゆるものを魔法で作りましたが、その時に必ず詠唱を伴っています。つまり無詠唱は神にもできない所業……ということになり、信心深い方なら認めることはないでしょう」
「………」
「我が国はそこまでマルイェム教と深い繋がりがあるわけでもありませんから、問題はないでしょう。ただ他国ではおおっぴらにしない方がいいでしょうね。北方のディヴィニタ王国やセッテントリオナーレ帝国は聖地もあって、特に信心深いですし……」
宗教に絡む話だとすると厄介だな。
僕個人の考えだけど、国の文化が成熟していくと宗教というのは、おためごかし――体のいい集金装置に過ぎないと思う。
ただ、まだ未成熟であれば人々が道徳を育むために必要なものであり、死に救いを求めて安らぎを得るためのシステムでもある。
死後に救いなどない――それは紛れもない世界の真実かもしれないが、そんな絶望的かつ悲観的な思想は今を楽しく生きている者だからこそ言える贅沢というのもわかる。
「それにしても、そもそもの話、ロモロ様もモニカ様も平民なのですよね? あまり、そんな印象は持ちませんが」
「ここだけの話ですが、学校に入るまでに基礎的な教養や礼儀は急いで学びました。付け焼き刃なので、今でも失礼がないかどうか常に不安ですよ」
そう言うとファム様はクスリと笑った。
「学校自体が教養を覚える場でもありますからね。あまり気を張り詰める必要もありませんでしてよ。このような話題を振ったのは、そもそも魔法をどう覚えたのかという話が気になるのですよね。時々、平民からも魔法の使える者が出てくるという話は聞いていたのですけど」
「僕自身は父の知り合いに教わりました」
「そうなんですか? モニカ様」
「は、はい。一応」
話を向けられたお姉ちゃんは借りてきた猫みたいになっている。
失言を避けるために、できる限り黙っていたい……という話を来る前にしてたけど、ここまで気配を消さなくてもいいのに……。
「姉は昔からマナが周囲にあることを知っていたみたいですね。それを操ると言いますか、集めることができることに、ある日ふと気付いたらしいですよ」
「……ええ、ロモロの言う通りですね。それ以来、自分の願望に近しいことが発生したと言いますか。寒い時に温かくしたいと思ったり、暑い時に涼しくしたいと思ったり」
「そのことを父の知り合いに伝えたら無知だと危ないから、と基本的なことを教わりました。僕自身も姉からマナの存在を知って感知できるようになったんですよ」
「まあ。事実とは物語よりも奇なりとは聞きますが、そのようなこともあるのですね。驚いてしまいますわ」
ぴくりと自分の眉が反応してしまった。
わざわざ繰り出された物語という言葉に。
もしかして、ファム様も本が好き……いや、早とちりはよくない。
貴族は僕らよりも遥かに本が身近にあるのだから、嗜みとして読んでいる程度かもしれない。
……でも、確認するぐらいはいいよね!
「早合点でしたら申し訳ないのですが、ファム様は物語がお好きなのですか?」
「ええ。暇さえあれば読んでおりますの。今は『女神の騎士』と呼ばれるシリーズがありまして、それがもう楽しみで……」
「『女神の騎士』! いいですよね。父のツテで本は読んでおりましたが、あのシリーズは主役となる騎士がとても勇ましくて――」
「そうなんですの! あのどんな苦難も乗り越えてしまう騎士様の尊さと言ったら! 毎回毎回危機に陥るのに、私の想像を遥かに超える方法で解決してしまうんですもの!」
「三巻での姫に毒を盛られてしまった話は素晴らしかったですね」
「私の一番のお気に入りですわ!」
身を乗り出すように興奮して、すぐにファム様は恥ずかしそうにちょこんと座り直した。
「も、申し訳ありません。まさかあのシリーズを読んでいる殿方がいるとは思わず……」
「いえ、こうして僕もお話しできて嬉しいですよ。なかなか本の感想を言い合える相手がいなかったもので」
「それでしたら、『闇の福音』シリーズも?」
「借りものですが、全巻読んでおります」
ファム様の顔がぱあっと華やいだ。
初めて会った時もこの表情を見たが、普段は大人びた雰囲気の彼女も、こうして見るとやはり姉と同い年なのだなと感じる。
「ロモロ様は本当に博識ですわね。年下の殿方と物語を語り合えるなんて思いもしませんでしたわ」
「僕もです。何か面白い本がありましたら教えてください。できれば学校の図書館にあればありがたいですね」
「それでしたら、私の蔵書にもありますからお貸し致しますわ」
「ですが、それでは僕にお返しが出来ませんし……」
「お気になさらず。無詠唱について教えていただいた返礼と思っていただければ。わたくしにとっては、それほど意義のあるお話しでしたもの」
そこから話は物語の方へと進み、僕としては実に有意義な話ができたが、お姉ちゃんがついてこられずに黙りっぱなしだったことに後から気付いた。
でも、まあ今日くらいは許してほしい。
夜の帳も下りてきたところで、僕らはお別れの挨拶をしてジラッファンナ寮を辞した。
お姉ちゃんや侍従と共にスパーダルド寮への帰路につく。
「まったくロモロってば、お姉ちゃんを無視してずーーっとファムと話してるんだもん」
「……悪かったよ」
お姉ちゃんとファム様にもっと仲良くしてもらうみたいな狙いもあったんだけど、まったくできなかったな。
とはいえ、あのファム様がお姉ちゃんと喧嘩をすることもないと思うけど。
「でも、あれはロモロに惚れてるね。間違いないよ」
「……何をどう間違いないと確信してるのさ。人前で絶対言わないでよ、そんなこと」
「だって、表情が恋する乙女だったし!」
「それだけか」
「あたしは、その辺りには敏感だよ?」
自分への好意には鈍いくせに得意満面でよく言うよ。
トーニオからの好意には気付いていない上に、フランカとアダーモのことにも気付いていないようだったし。
「何にせよ、これで懸念はひとつ消えたね」
敵対するジラッファンナのファム様と友誼を結ぶことができたのは大きい。
他にも問題は山積みだけど、お姉ちゃんが言うなら本当に懸念がひとつ消えたのだろう。
実感はないけど確かな一歩……と思いたい。




