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魔力生成

 学校から帰宅し、寮で身体の鍛練を早めに切り上げて、魔法の訓練を行っていた。

 収集、生成、放射――今まで曖昧に行っていた魔法を、ようやく形式的に行える。

 ただ、現時点の魔法学において詠唱はなくてはならないものとなっており、生成と放射の段階で、魔力を効率的に扱うには詠唱が欠かせない……と習っているのは理解した。


 マブルの言葉を思い出す。

『詠唱はイメージを明確にするために、人が勝手に使い始めたものらしい。詠唱は必須じゃない。むしろ、想像力を阻害するよくないもの』

『定型的な詠唱は安定するけど、自然現象までという限界をもたらす。人の想像力は、わたしたちの想像よりも遥かに奥深くて幅広い』


 詠唱を挟むと、良くも悪くもそれに意識が引き摺られる。生成が容易で効率的な反面、この時点で威力や効果を弱めてしまう。

 ルフィーノ師の説明では、想像はどこに挟まれているかということが問題になっているようだが、個人的には魔力生成の段階ですでに影響は出ている気がした。


 魔力の生成とは、言わば大きな器に水を汲んでいく作業だ。

 詠唱はこの時点で汲むための器を生成し、多くの水を汲んでくれる。

 しかし、無詠唱の場合はそこに作用してくれない。手だけで汲むようなものだ。いや、慣れれば器を作れるような気はするんだけど……。


 詠唱を行わずに、魔力の生成を効率的に行えるようにするか。

 あるいは詠唱は詠唱、無詠唱は無詠唱で鍛練していくか。

 どうも詠唱と無詠唱のふたつは相反するようなものの気がしてならない。


「なかなか上手くいかないようですな」

「ニコーラは無詠唱の魔法って、どう考えてる?」

「ふむ。ロモロ様にお話しを伺った限りでは非常に有用ではあると思います。何しろ魔法応戦、あるいは戦闘でも詠唱の時点で使う魔法を晒しているわけですからな。それを知らせずに魔法を撃てるのは大きい。ですが……」

「ですが?」

「無詠唱でもマナは動き、それが見えるような者もいます。さらに言えば、相対している時に、どのような魔力が生成されているのかは、熟練者であればなんとなくわかるものです」


 マナが見えるのはごく一部。ヴェネランダさんの言葉からすれば珍しいはず。

 ただ、魔力の生成がわかるというのは初耳だ。


「ニコーラはわかるの?」

「ある程度の方向性が……というぐらいですが。やってみましょうか。ロモロ様。どうぞ、無詠唱で魔法を使ってみてください。マナの収集から想像までで結構でございます」

「じゃあ……」


 マナを収集し、風の刃を想像――魔力を非効率的に生成していく。


「風ですかな?」

「……当たり。じゃこれは?」

「炎ですな。これはわかりやすいですぞ」


 それから数回ほどやったが、すべて当てられた。

 複合的な魔法も行ってみたが、ドンピシャである。


「なんでわかるの?」

「これはもはや感覚としか言い様がありません。長年、魔法を使ってきた者が得られる境地とでも言いましょうか。大層な技術に聞こえるかもしれませんが、説明が難しいので技術と言えるかどうかは……。魔力の変化を微細に肌で感じ取ると言いましょうか」

「だとすると、今すぐには僕には無理ってことだね」

「一朝一夕とは参りますまい。ただ詠唱も無詠唱も、話を聞く限りではどちらにもメリットとデメリットがあるということでしょう。であれば、双方の訓練を行い、少しずつデメリットを削り、メリットを増やしていくことがよいかと」

「魔法に王道なし、か」

「そういうことです。一見遠回りでも、回り道をすることで新たな発見が伴うこともあるものですからな」


 ニコーラの言葉はさすがに説得力がある。

 年の功といったところか。


「それにこれは個人的な他愛のない提案に過ぎませんが、無詠唱を使えるならば、詠唱をした上で詠唱したものとは別の魔法を放つといった奇襲も理論上は可能でしょう。魔力生成の偽装もできるのかもしれません。もちろん意識が引き摺られなければ、ですが」

「それは楽しそうだ」

「ええ。魔法というものは奥深いものです。私も長年、使ってきましたが、底が見えません。魔法に一生を捧げる研究者がいるのも納得でしょう」


 よし、決めた。

 詠唱も無詠唱もしっかりと鍛練していこう。

 今の僕の無詠唱は決して万能じゃない。

 少しずつ魔法を解き明かして、一歩ずつ無詠唱を万能にしていこう。


「あれ? ロモロ、今日は魔法の鍛練してるの?」

「そうだよ、お姉ちゃん」


 帰寮してきたお姉ちゃんが珍しそうな顔をしている。

 ちゃんと身体の方の鍛練もしたけど、単に早めに切り上げただけだ。


「お姉ちゃんこそ今日は初めての魔法の実習だったんでしょ? ちゃんと上手くやった?」

「ちゃんとやったよ。上手いこと」


 具体的には言わないようにしてるが、これはマナの簒奪をお姉ちゃんがしなかったということだ。

 お姉ちゃんは勇者の力なのかなんなのかは不明だけど、マナの優先権がある。

 その気になれば、周囲の誰にも魔法を使わせないことは可能だ。

 もちろん、その優先権を無視して魔法を使う方法は幾つかあるらしいんだけど、今の時点でこの特性を明かすのは危険な気がしている。


 元々、お姉ちゃんは勇者になってから学校に入ったのだ。

 それであればマナの優先権が勇者の力だと納得されるかもしれないが、現時点でそれがわかったら、この時点で勇者と判断されかねない。

 勇者に関してはどこかに正確な資料が存在しているらしいので、それを調べてから明かしていきたいところだ。心苦しいが、今はテアロミーナ様にも知らぬ存ぜぬで通しておきたい。


「それにしても……ファムってば凄い世話焼きなの。あたしがちょっと迷ってるとすぐに飛んできて、色々助言してくれるのよね。そんな姿見たことないからビックリしちゃった」

「……ファム様と付き合って、そんな長くないでしょお姉ちゃんは」

「おっと。そうだったね」


 デジレやニコーラもいるのに、妙な話はやめてほしい。

 お姉ちゃんが二周目なんて話は、勇者であること以上に異質なんだからさ。


「でも、あたしの世話を焼くのはきっとロモロが原因だと思うんだよね」

「なんでさ」

「だって色々聞かれたよ。得意な魔法は? とか、好きな食べ物は? とか、どんな生活してたのかとか」

「お姉ちゃんだって聞かれたでしょ、それ。平民のことが気になるだけじゃないの。うちのクラスにもいるよ。平民の生活に興味のある子」

「確かに聞かれたけど……それだけじゃないと思うけどなぁ。これはデメちゃんにライバル出現かな?」


 何か妄想が暴走しているような気がしてならない。

 前以てちゃんと釘を刺しておくべきか。気にしすぎかな。


「それで、ロモロは体力の方は向上してるの?」

「体力なんて一朝一夕でつくものじゃないよ」

「ご心配なく、モニカ様。ちゃんと体力は向上しておりますよ」

「あたしの走りについてこれるぐらいになってほしいけどなぁ」

「……それは今すぐには無理でございますね」


 さすがのニコーラも苦笑いである。


「でも、あたしがロモロぐらいの頃はもっと体力合ったような気がするし」

「お姉ちゃん、あのね……」

「体つきや骨格もありますので、皆が同じというわけにはいきません。そもそも、その理屈で言えば、モニカ様はロモロ様と同様の知識が身についているはずです」

「うっ……。でも、あたし勉強は不慣れで……」

「しかし、不慣れと言い訳してやらないわけにも参りますまい。ただ、おふたりはまだ若いのです。今は長所を伸ばすべきでしょう。いつか新たな境地へ辿り着くために、あるいは未知の領域に挑む時のために、必要な体力と知力を身に付ける時なのです」


 お姉ちゃんもニコーラには敵わないらしい。

 前の世界では直接的な接点はあまりなかったようだけど。


「ご心配なく。ロモロ様の体力は無理なく、少しずつ上げていきます。魔法は幼少期に多少の無理は必要ですが、運動はしすぎるとその後の成長に関わりますからね」

「そうなの?」

「ええ。必要以上に筋肉をつけすぎると、骨格が歪みますゆえ」


 この世界では貴族にしっかりと運動のカリキュラムが作られている。

 厳しくなくてよかった。前世の記憶にあるスパルタ式とか冗談じゃないしね……。


「それに、運動も勉強も面白くないと思ってしまえばそれまでです。成長の実感――それこそが苦難をも楽しさに変えるコツでしょう」


 本当に侍従がニコーラでよかった。

 ベテランなんだろうけど、考え方に隙がない。

 この人をつけてくれたテアロミーナ様に大感謝である。



 晩ご飯も終わり、ひとり部屋に戻った。

 すでに就寝時間も近い。ただ、せっかく魔力の生成が効率よくできるようになったので、スターゲイザーの使い心地を試しておきたい。


「稠密たる魔力よ、我が意に流れよ」

『何を行いましょうか? マスター』

「問題ないみたいだね。このぐらいの魔力で出来ることは何?」

天眼通クレヤボヤンスと、第三眼アルトリヴェデーレ天耳通アスコルタです』


 天眼通が自分の知る場所、あるいは座標の指定による遠見。

 第三眼が自分の触れた人の目から見たものを見る力。

 天耳通が自分の知る場所、あるいは座標の指定による耳。

 ……ということらしい。


「じゃ、天眼通。場所は……そう言えば、害意を感じ取った場所ってわからないの?」

『マスターの魔力が直接注がれれば探知は可能でした』

「手に持ってないと無理ってことか。まあ、今言ってもどうしようもないことだし、今回はお試しみたいなもので、学校の図書館を」

『では、場所を思い浮かべてください』


 今日の昼に行くだけ行った図書館。ただまだ本を読めてはいない。入っただけだ。

 それでも充分、目に焼き付いている。

 そして、薄らと僕の目が図書館へと移り変わっていった。


「暗くてよく見えない……」

『マスターの目がその場に存在している状況を作り出して(エミュレートして)いるだけなので、それは光を作らなければ不可能です』

「なるほど。それじゃできる限り夜目を鍛えるか。……あれ?」


 不意に光が走る。

 ランタンの不定型な光だ。魔法ではなく、炎の灯り。

 そこにふたつの人影が浮かび上がる。


「王子と……従者?」


 同じ教室に在籍する我が国の第六王子。名前をリナルドと言ったか。

 ふたりが迷うことなく、こちらに向かってくる。

 ……と言っても僕が見えているわけではなさそうだ。

 王子はすぐ近くにある壁に向かって何事か詠唱を行う。

 すると、壁が小さな音を立てて横へと開き始めた。


「隠し扉!? こんなものあったのか」


 王子の寝室……ってわけではないだろう。さすがに。

 気にはなるが視界はついていけない。

 ここには行ってないから、入れないということか。

 周囲を見渡すくらいはできるんだけど……。


「ふぅ……」


 ひとまず天眼通を解除し、視界を元の部屋に戻す。


「こういう時に王子の視界で見られたら面白そうなんだけど」

『対象者に触れることが条件です。そうすれば対象者として設定可能です』

「……この国の王子に触れろとは、なかなか難題を言うね」


 同じ教室とはいえ、王族とそんな気安い仲になれるとは思えないんだけど。

 ただ、自然を装ってできるなら狙ってみようか。

 王子のプライバシーを覗くようで罪悪感はあるが、あの隠し扉には好奇心が湧く。

 図書館の隠し扉とか、絶対王族しか見られない禁書の類でしょ。

 もしかしたらあの中に、魔族の少年が言っていたワールドルーツがあるのかも?


「なんにせよ、天眼通は無理なくできそうだね。前みたいに疲れない」


 もちろん他にも試してみないとわからない。

 あまり明日に響かない程度に魔力を使って試してみよう。

 例の害意についてもっと手を広げて調べる必要もあるしね。忙しくなりそうだ。


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