閑話:デジレ モニカ様の初日
「壇上で紹介しましたが、改めまして。バグナイアの街出身のモニカと言います。若輩者ですが、よろしくお願い致します」
モニカ様は教室での自己紹介を無難に終えると、私――デジレ・オルシーニの隣に座った。
モニカ様は中途編入という形での入学のため、自己紹介は彼女だけだ。
教室内にいる他の三十名はお互い、すでに見知っている。
私はモニカ様の従者ではあるが、元々ここで教育を受けることを許されている。
モニカ様の弟であり、ロモロ様の従者――祖父であるニコーラとはそこが異なっていた。
従者として主人と共に、研鑽に励むことになる。
そして、この教室を受け持つ教師は本日の報告を早口で終えると去っていった。
授業が始まるまでの時間で、教室内には弛緩した空気が流れる。
ただ、遠巻きにこちらを窺っている生徒は多かった。
「……やっぱり率先して話しかけてくる人はいないよねぇ」
「僭越ながら、モニカ様のお立場を考えると難しいかと」
「デジレまで巻き込んでゴメンね」
「いえ、お気になさらず。私もそんなに人と話す方ではないので……」
事実、教室で私は少しばかり浮いている。
オルシーニ家は祖父ニコーラのおかげでスパーダルド公爵家に仕える伯爵家となった。
おかげで一時は没落間近だった立場も回復し、今は父が取り仕切っている。
そして、さらに家を繁栄させていく……と父が気勢をあげたところで、私が足を引っ張ることになった。
私は魔法の力が弱い。一般的な貴族と比べて貧弱だ。子供の頃は他の子たちと大差なかったが、歳を取るにつれて成長してくれなかった。
魔法の力が弱い貴族の立場は悲惨だ。女として政略結婚の駒にすらなり得ない。
私の魔法の才能は子供に伝わってしまうのだとか……。
そのため、優秀な兄に負担を掛けてしまっていた。
本来であれば、その肩の荷を少しでも軽くしなければならないのに――。
神学と歴史の授業が終わり、モニカ様は疲れたように机に突っ伏した。
「はー……疲れた。ロモロは今頃どうしてるかな」
「ロモロ様はおそらくもう本日やるべきことは終わっていると思いますよ。教室内の自己紹介だけで今日は終了のはずです」
「そうなの!?」
「ロモロ様の場合は新入生という形になりますので」
私もそうですが、この学校には八歳で入学することとなる。
モニカ様のように十歳で中途入学というのは珍しいのだ。
「うーん……。授業もどこかで聞いたことがある内容で退屈だし……」
「モニカ様は凄いですね。私は覚えるだけで精一杯なのに」
「まあ、実際に一度聞いた――」
そこまで言ってモニカ様は口を塞いだ。
時々、彼女はこのような奇行を見せる。
ただ、その迂闊さのようなものを、私は好ましいものとして微笑ましく見ていた。
モニカ様とロモロ様は一際優秀なようで、テアロミーナ様に見初められたらしい。
そこで学校に通わせるために、侍従を決めることとなった。
「誰か侍従にしたい人がいるかしら? なければこちらで推薦しますけど」とテアロミーナ様が言うと、モニカ様は真っ直ぐに私を指さした。
「この人! デジレがいい!」
不思議だった。
私のことなど知っているわけがないのに、彼女は真っ先に私を指名した。
弟のロモロ様はテアロミーナ様に任せたのに。
一度、なぜ私を選んだのかモニカ様に聞いたら、
「あたしたち、相性バッチリだと思うから!」
と、根拠もなく言われ、私は笑ってしまった。
その後、なぜかロモロ様に怒られていたようだったが、そんな姿も微笑ましかった。
モニカ様が私を選んだ理由はわからないが、私にとってもこの人は気安く接することができた。
まるで数年来の友人だったかのように。
「それにしても、神学や歴史がわかるとは。本か何かでお読みになったんですか?」
「そ、そんな感じかなぁ……。ロモロがデメちゃんにいっぱい本を借りてたから」
「デメちゃん?」
「ああ、ロモロの許嫁かな? 親同士が勝手に決めただけっていつも言ってるけど」
「まあ。ロモロ様もなかなか隅に置けませんね」
「そうなの! あの子ったら村から出る前にもルチアって女の子と仲良くなってて、本当にいつの間に……って感じだったわ」
そんな内輪話で盛り上がっていると、次の授業の教師が教室へ入ってくる。
「本日は予定を変えて、魔法の実戦訓練を行います。各自、移動して下さい」
それだけ告げてさっさと出て行ってしまう。
聞いた教室内の生徒たちも各々動き出した。
モニカ様も立ち上がるが、私はあの教師の言動が気になってしまった。
明らかにこちら――モニカ様に視線を向けていたように思う。
陰口のようで嫌な言い方になるが、あまり好ましい目ではない。
まるで蔑むような目だ。
「デジレ、どうかした? 怖い顔して」
「……いえ、移動だというのに、モニカ様に場所をお伝えしなかったな、と思いまして」
「単に忘れたんじゃないの。デジレだっているし、必要ないと思ったんじゃない?」
「それならいいのですが……」
「じゃ、行きましょ。でも、魔法の教練場ってここから遠いんだよねー」
「遅れたら何かしら減点されそうですので、早足で行きましょう」
モニカ様が先を行き、私たちは魔法教練場へと急ぐ。
モニカ様は初めて校内を歩くはずですが、まったく淀みがありません。
地図が頭の中に入っているのでしょうか……?
そして教練場に辿り着くと、すでに教師は待っていて、こちらをつぶさに値踏みしているようだった。
モニカ様がここに来られないことを本当に期待していたのだろうか。
私は人の視線、人の感情に敏感だ。
期待外れとして生まれ、失望された目を向けられることには慣れていた。
だからこそ、あの教師がモニカ様を好ましくは思っていないことがありありとわかる。
ただ、スパーダルドの――テアロミーナ様の後見があるから直接手は出せないはず。
「では、ふたり組を作りなさい。二対二で魔法を交えた模擬戦を行います」
授業の開始を告げるかのように、そんな通達を行った。
生徒たちが少し戸惑いざわつく。
モニカ様がいる以上、まずはその強さを確認するのが筋だろう。
その強さもわからない状態で、突然模擬戦を行うとは……。
「先生。初めてのモニカ様がいるのに、最初から模擬戦ですか?」
「何かおかしいですか、デジレさん。テアロミーナさんより、モニカさんは充分に戦えるとの報告を受けています」
テアロミーナ様がそこまで迂闊なことを言うはずがない。
この学園に通う充分な資質を持っている……ぐらいは言ったでしょうが、すでにここの生徒たちと渡り合う力を保持している――と言ったわけではないはず。
しかし、仮に事故が起こっても、この言い訳を持ち出すだろう。
「で、ですが――」
「わかりました。じゃあ、デジレと一緒に組んでいいですよね?」
私が教師を止める間もなく、モニカ様は了承してしまう。
しかも、魔法の弱い私を相棒に選んでしまった。
せめて、もっと強い人と組めれば一方的な戦いにもならないはずなのに……。
「ええ、もちろん。魔法の弱いデジレさんと組むなんて、平民はお優しいこと」
教師は我が意を得たり――と言ったようにしたり顔をしていた。
これが誇りある王立学校の品のある教師とは……!
「モニカ様。模擬戦が始まったら怪我をする前に、すぐに降参を――」
「大丈夫だよ、デジレ。あたし、負けないし」
「しかし――」
「へーきへーき。だから一緒に、あの教師の鼻を明かしてやろ?」
気付いていた!?
モニカ様は少し抜けたところがあり、あまり物事を深く考える性質ではない……と思っていた。
だが、私の浅はかな推測は、どうやら違っていたらしい。
「そうだ。デジレ、ちょっといい?」
「え?」
未だにどうするべきか悩んだままの私の手を、まるで落ち着かせるようにモニカ様が握る。
「デジレ、自分の魔法が弱いって思ってるでしょ?」
「な、なぜそれを……」
「……知ってるからね。でも、デジレの魔法は弱くなんてないんだよ。ただ、魔力を通すための管の中が、ちょっとマナの変換で魔力の残滓が凝固しやすいだけ。だから管が細くて多くの魔力を通せない……でも、あたしの魔力で少しずつ溶かしていけば――」
モニカ様の魔力が私の身体の中を巡っていくのがわかる。
そして、それと同時に、私自身の魔力の流れが一気に膨張したことも――。
かつて子供の頃に感じていた、綺麗に流れる魔力の対流。
懐かしさと、あの頃の万能感が少しずつ蘇ってくる。
「え、え……? どう、して……?」
「それが、デジレの本当の力だよ。いやー、やろうやろうと思ってたんだけどすっかり忘れちゃってた。ゴメンね」
なぜ魔法が弱いことを知っていたのか。
誰もがその原因など突き止めなかった。才能がないのだと。
だけど、モニカ様はなぜその原因まで知っていたのか。
疑問は尽きない。
でも――。
「デジレ。みんなを驚かせる準備はいい?」
「――はい! モニカ様!」
その答え合わせは後ででも……むしろ、いつでも構わなかった。
モニカ様も明確な答えを言ってくれない気がする。なぜかそんな気がした。
今はモニカ様を守るために、この力を振るうだけだ。
「では、モニカさんとデジレさん、前へ」
モニカ様と私が教練場の中央に向かうと、私たちの相手もそこに立つ。
相手は教室の中でも剣技、魔法共に優秀な男子のふたり組。身体ががっしりした男と、細身の神経質そうな男で、学年内でもトップクラスの実力を持っている。
だけど――。
「では……始めッ!」
合図と同時――。
「手加減はするけど、怪我しても恨まないでねッ!」
モニカ様が瞬間移動でもしたかのように、身体ががっしりした男の前へと躍り出た。
相手は欠片も反応できない。未だに視点は私を見ている。
すでにモニカ様は手に持った木剣で刺突を繰り出していた。
防ぐ間もなく身体ががっしりした男の胸を抉り、突き飛ばす。何も抵抗できずに吹き飛ばされ、教練場を転がり、そのまま気絶した。
「なっ!?」
それを見た神経質そうな男は、すぐさまその場を離れた。
突然、思いもしないようなことが起こっても、動ける判断ができたのは優秀さゆえか。
だけど、もう模擬戦は終わっていると言ってもいい。
「芽吹け、水の草木、根を張りて、絡め取れ! 〈アクア・レガーレ〉!」
四小節の水の魔法。
今まで一小節の魔法しか使えなかった私が、いきなり四まで詠唱できる。それに足る豊富な魔力を構築できる。いつも勉強の中でしか知らず、想像を許されなかった魔法が、今、現実に再現できてしまう。
周囲の驚きが手に取るようにわかった。
そして、逃げるように飛んだ先で男の四肢は水に縛られる。
「くっ……! どういうことだよ……!」
モニカ様がこちらを見て、手を上げた。
「やっちゃえ、デジレ!」
彼女の言葉に力強く頷いて返す。
「奔れ奔れ、水の尖剣、星の軌跡を辿りて、降り注げ! 〈アクアスパーダ・ピオーヴェレ〉!」
中空から水の刃が構築され、縛られた彼へと次々と命中していった。
射出が終わり、バインドが解けると男は倒れ伏す。
ふたりとも動かない。
「センセー、これ勝ちでいいよね?」
「……モニカさん、デジレさんの……勝利です……」
モニカ様がそう言うと、教師は苦虫を噛みつぶしたような顔で宣言した。
その後、教師は体調が悪くなったと言って、私たちに自習を申しつけてから教練場から去っていく。
後には生徒だけが残された。
「モニカさん、凄いわね!」「え? 本当に平民!?」「あの瞬間移動もしかして魔法!?」
「デジレさんもいつのまに、あんな魔法を」「この間まで少ししか出せなかったのに!」
全員が私たちの周りに集まってきて矢継ぎ早に質問責めに遭う。
「いや、気持ちよく負けちゃったな」
「同年代にあっさりと負けることはないと思ってたんだけどね」
私たちと相対したふたりも起き上がって称えてくれた。
これまでにないことで私は切羽詰まって戸惑ってしまう。
生まれてきてずっと地味だった人間には、刺激がとても強すぎた……。
その日の授業も終わり、モニカ様と共に帰り支度を済ませて馬車が待機している広場の方へ向かう。
今日は確か、ランチャレオネ対ジラッファンナの男子生徒による模擬戦が予定されていたはずですが、こちらには関係のないことでしょう。
「なんだかんだ質問責めで帰るの遅くなっちゃった。ごめんね、デジレ」
「いえ、お気になさらず。その……私もこういったことは初めてだったので、対応に苦慮致しました。申し訳ありません」
侍従としてあるまじきこと。
ニコーラお爺さまならば、この程度のこといくらでも対応できたでしょうに。
上手く交わして、モニカ様の負担を軽減するはずが、何もできなかった。
不甲斐ない……。
「いいんだってば。本当にデジレってしっかりしてるよね。同い年とは思えないくらい」
「そうでしょうか?」
「あたしの友だちにいなかったからね。フランカはあたしと同タイプだし、ジーナは大人しいし真面目だけど、ちょっとドジだから」
「街での御友人、ですか」
「そ。仕事が終わったら、毎日のように遊んでたよ」
「……平民の生活というのは、子供も働くものなのですね」
「お母さんやお父さんに比べたら、どうってことないけどね。仕事っていうよりもお手伝いだよ。薪集めたり、罠をかけに行ったり、水を汲みに行ったりね」
そんな話を聞くと、途端に自分が子供っぽく見えてくる。
モニカ様はすでに大人に交じって仕事をしているというのに、自分は幼少期から勉学や魔法を教育を受け、恵まれています。
貴族と平民の違いと言えばそれまでですが……。
「ロモロ様もしっかりしていると思いますが……」
「ねー。なんであんなんになっちゃったんだか。姉弟なのに、あたしとは似ても似つかないよね。よく逆になればちょうどいいのになんて言われて――」
その時、モニカ様が口を止めた。
バッと振り返り、第二グラウンド――ランチャレオネ対ジラッファンナの模擬戦が行われているであろう方を向いている。
「どうかしましたか?」
「何か、魔法の撃ち合いが――」
微かに耳を澄ますと、確かにそれらしい音が聞こえてくる。
炎や水の音だ。
同じように馬車に向かう途上だった周囲の生徒たちも少しざわめいている。
「何かあったのでしょうか」
「ま、何かあれば明日報告あるでしょ。特に危険ってわけでもなさそうだし、行こうか」
「はい、モニカ様」
そして、私たちは準備されていた馬車に乗り込み、学校を出発する。
モニカ様は窓から興味深そうに外を眺めていた。
「そう言えば、ちょっとお店とか寄ってってもいいのかな?」
「特に問題はありませんが、何かご入り用でしたら買ってきますよ」
「ううん。お店をただ回りたいだけ。何か買うわけじゃないよ。それにいざという時に備えて街の構造も覚えたいしね」
どんな状況に備えているのかわかりませんが、特にこちらとしても拒否する理由もありません。
御者に言って馬車を所定の位置に止めさせて、戻るまで待つように伝える。
馬車を降り、少し離れたところで、学校側から続く大通りの坂をかなり速いスピードで下りてくる馬車が見えた。
よほど急いでいるのでしょう。
馬車につけられてた紋章は杖と麒麟が描かれている。ジラッファンナ領のものだ。
スパーダルド側が気を遣う必要もないのですけど、無用なトラブルを避けた方がいいはずです。
「モニカ様。一応、通り過ぎるまで待ちましょう」
「そうだね。……何かあったら面倒くさそうだし」
馬車を見て、渋面を作るモニカ様。こんな表情を見せたのは初めてです。
そう言えば、以前ロモロ様がジラッファンナ州に誘拐されそうになったという話は聞きましたが、その辺りが気にかかっているのでしょうか。
「……あの馬車、絶対あいつよね」
囁くような声が聞こえてくる。モニカ様にしては珍しく負の感情が籠もっていました。
それにしても、まるで馬車に乗っている人がわかっているかのようです。馬車の外装からして、遠くからでもかなり高い身分というのはわかりますが……。
大人しく馬車が通り過ぎるのを待ちます。
しかし――。
馬車は私たちが近づくにつれ、減速をし始めた。
すぐ近くにいたうちの御者が「あー……急な命令でももらったかな」と小さく呟く。
そして、私たちの前でジラッファンナの馬車は止まる。これは明らかに私たちを見て、止まったはずだ。
若い女性の従者が馬車の扉を開くと、従者に導かれて、ひとりの女子が馬車から降りてきた。
「ごきげんよう。確か、モニカ様でしたわね?」
彼女は興奮冷めやらぬような声色で名乗る。
彼女はジラッファンナ領を治める公爵の愛娘――。
「私はジラッファンナ公が長女、カリラ・ファム・デ・ジラッファンナ。以後お見知りおきを」
後にモニカ様に聞いたところによると、昔の天敵だった方だそうです。




