ひとまずは大目に見てもらった
僕らは今、魔法教練場にいた。
あの場にいた魔法応戦の当事者である僕とリュディ、そして、ゲルドと例の三人だ。
そして、ここにはテアロミーナ様をはじめとした生徒代表のお歴々及びノエミ師と教師たちが数名。
「模擬戦用のグラウンドの脇で魔法応戦など非常識にもほどがあるというのに……」
「ですけど暗黙の了解ですしねぇ……。何日間か過ごせばわかりますが」
「まさか初日で新入生たちが魔法応戦をするなど思いませんもの」
「ハッハッハッハ! イキがいい新入生たちではないか! 教え甲斐がある」
「不徳と致すところです。私の説明が足りませんでした」
ここは屋外で、先ほどのグラウンドとは少し離れている。
弓矢の訓練で使うような的であったり、用途のよくわからない器材もあった。
なぜこんな場所にいるのかというと――魔法をここで使えという話になってしまったからだ。
僕らがしでかしたことは、学校側の説明不足だったということで大目に見てもらったはいいものの、僕の使った魔法を確認したいという。
ただ、やはり適当に撃った水の玉は色々と物議を醸したのだ。
それにテアロミーナ様の後見の下、魔法が使えるということはわかっていても、平民のレベルがどれほどなのかをわかっていなかったらしい。
というよりも、新入生たちに大きな差はないという。
その再確認という意味もある。
「では、君。あの的に向かって、火の玉を打ちなさい」
魔法の教師らしい女性に促されて、僕は構えた。
テアロミーナ様も見てるし、情けないところは見せられない。
この際だし、手の内を全部曝け出してしまうか。
詠唱を口に出すこともなく、マナを集め、魔力に変換。
小さめの火を想像し、そのまま生成。的に向かって撃つ。
的は火に当たると、一瞬で燃え尽きた。
「「「「「……………」」」」」
皆が黙りこくる。
「なんと、これが無詠唱……」
教師らしき中年の男性が感嘆する。
それから僕の方に近寄ってきた。
「ロモロ、だったな。お前さんは平民と聞いている。そもそも、どういう経緯で魔法が使えるようになった?」
「とある人に教えていただきました」
「とある人、とは?」
「……父の知人であるヴェネランダという方ですね」
ヴェネランダさんに心の中で謝っておく。
すると、教師陣の一部が顔色を変えた。もしかして、有名だったのかな……。そういえば、あの人、元貴族だよね。ここに通っていたのかも?
名前を聞いて眉根を顰めた者もいるし、納得したように破顔した者もいる。
質問をしてきた男性の人は後者だった。
「くっくっく。ある意味、納得ではあるが……彼女はなぜ君に魔法を?」
「……僕はマナの存在をそれとなく感知してまして、そのことを伝えたら無知だと危ないから、と魔法について教えてくれました」
「彼女は最初から無詠唱で教えたというわけか?」
「そうですね。ちょっと色々とありまして、既存の行程を飛ばす結果になったんですが」
お姉ちゃんに教えてもらったなんて言うわけにはいかないし。
今、説得力を作るにはヴェネランダさんに便利屋を担ってもらう方が手っ取り早い。
無詠唱ではないが、省略で魔法を使ったのは事実だし。ありがとうヴェネランダさん。
「彼女は元々、無詠唱で魔法は使えると唱えていました。省略は実際にできていましたから、あれから完成させたのでしょうね」
「し、しかし、詠唱を伴わない魔法など非常識極まりない!」
「そもそも、マルイェム教の教義に反します。神は詠唱して魔法を使っているのですよ? この事実が明らかになれば、教会が黙っていないでしょう。聖書の解釈が――」
「ですが、彼の制御は完璧でした。教科書としてもいいほど。あれほど制御できるなら、詠唱の必要がないのも事実です」
剣呑な話が出てきた。詠唱しない魔法って危険なのか。
実際、お姉ちゃんも詠唱はしてたしなぁ。
「まあまあ、いいではありませんか!」
先ほど質問してきた中年の男性が僕の肩をバンバンと叩いてくる。ちょっと痛い。
「他の者に真似はさせらないが、これは得難い資質だ。この子は我が国の魔法を発展させ、アルコバレーノへと追いつかせてくれる逸材かもしれんぞ? まあ、想像と出力の制御が素晴らしくても、マナから魔力への変換はまだまだよちよち歩きの赤子だが」
「やっぱり、変換がダメでしたか」
「気付いてなかったのか? 想像と出力は大人顔負けだが、マナから魔力への変換――要は入力の部分は有り体に言って下手くそだ。お前さんの歳ならそんなもんだけどな。ただ、一番教育で鍛えられる箇所でもある」
「つまり、まだまだ成長の余地があると」
「ぐわっはっはっは! その通りだ!」
豪快に笑う人だな。ある意味、気持ちのいい人ではある。
「凄いわ、ロモロ! あなたは本当に私の想像の上を行きますわね!」
テアロミーナ様が満面の笑みを浮かべて僕の隣にやってきた。
こうも素直に喜んでくれると、こちらとしてもなんとなく嬉しい気分になる。
「テアロミーナ殿も無詠唱を知らなかったのですか?」
「ええ。姉共々、魔法を使えることしか知りませんでした。ですが、子供離れしたように理知的で、そこらの貴族よりも遥かに優秀なんですもの。私が推薦するのもわかるでしょう?」
「まさか、こんな逸材が街に住む平民に備わっているとは……」
先ほどの中年男性が、僕らの担当であるノエミ師に向き直る。
「ノエミ。ロモロを俺に預けないか?」
「どういうおつもりですか?」
「何、ロモロに新入生と同じ実習をさせても意味がなさそうだと思ってな。実習だけだ。筆記講義は平常通りにやってくれればいい」
すると、ノエミ師とは別の女性が割り込んだ。
「お待ちください! では、この者の無詠唱を認めるというのですか!?」
「認めるも何も、実際に我々はこの目で見たではないか。周囲で真似をする者が現れるかもしれないし、模擬での魔法応戦の時、威力によっては相手に怪我を負わせるかもしれない」
「そうではなく! 詠唱による魔法を覚えさせてから――」
「無駄ではないか? 元々ヴェネランダの出した論文自体は理に適っていた。その時に実践はできなかったというだけでな」
「まずは詠唱というすべての基本を……!」
何やら揉めているが、僕には見ていることしかできない。
「……ひとまず言えることは、この場の立ち話で決めることではありません。一度、会議室に戻って協議しましょう」
「ま、それが無難だな! へいへい、と」
「この場はひとまず解散と致します」
そして、ノエミ師を残して、教師たちは去っていく。
残ったノエミ師は僕らに厳しい視線を向けた。
「ロモロ、リュディ。そして、ゲルド、ボニート、カルロ、ジョズエ」
「はい」
「魔法応戦はいつでもどこでも始めていいものではありません。然るべき手順を踏んで行うことです。それを感情に任せて始めるなど、貴族としてあるまじき振る舞いです」
「……大変申し訳ありません」
中途半端な知識でやってしまった僕のミスだろう。
「ですが、初日だからとそれを伝えなかった私にもミスはあります。あまり教師を驚かせないように。怪我がなくて何よりでした」
ノエミ師が少し疲れたように言う。ただ、ホッとしたような顔でもある。
いきなりクラスの生徒が喧嘩し始めたと聞いたらそりゃそうかもしれない。
「今日はこれで終わりです。また明日、学校で会いましょう」
そして、ノエミ師も去っていった。
残ったのは僕ら当事者と、テアロミーナ様だけだ。
「ゲルド様。ご迷惑おかけ致しました。このことは後ほど、私の方から正式にお詫びさせていただきます」
テアロミーナ様がゲルドに謝罪する。
下手を打つとスパーダルドとランチャレオネの抗争の種になりかねないはずだ。
罪悪感を抱きながら、ゲルドの反応を見ると――彼は少し頬を赤らめていた。
「い、いや……。こちらも……その……、逸りすぎた。わざわざ問題にするまでもない」
「そう言っていただけると助かりますが……よろしいんですの?」
「ああ。二言はない。親にも兄にも報告しない。ここだけの話だ。いいな、貴様ら」
ゲルドが取り巻きと、従者たちに向けて念を押す。
彼らは何とも言えない表情で揃って頷いた。
「では、私もまだ用事があるので行かなくては。ロモロ、また夜に。今日は一緒に晩ご飯を食べましょうね? ニコーラ、あとはよろしく」
「はい。ありがとうございました。テアロミーナ様」
「かしこまりました。お任せ下さい、テアロミーナ様」
テアロミーナ様も去っていく。
そんな中、リュディは実に面白そうな顔をしていた。
「ゲルド。君、あのテアロミーナ様のことを好きなのだろう?」
「なっ!」
直球過ぎる質問に、素直すぎる反応。
指摘されたゲルドはさらに頬を赤く染めている。
「もしかして、君がロモロを睨んでいたのは、お互いの領地の問題じゃなく、テアロミーナ様に目をかけてもらってることが気に入らないのかな?」
「う、うるさい! それ以上、口を開くな!」
「ねえロモロ、テアロミーナ様の趣味とか知ってるんじゃないの?」
なんで僕に水を向けるのか……。意図はわかるけどさ!
彼女を決闘に巻き込んだ意趣返しだろうか?
「まあ……もう同じ宿舎で過ごして数日は経つから、ある程度は把握してるけど」
「彼に教えてあげたら?」
「くっ、い、いらぬ……」
「本当にぃ?」
「……お、教えたいのなら聞いてやるがな!」
結構、正直だ。意固地かと思っていたけど、少し評価を改めるべきかもしれない。
「だが、今日はもういい! さあ、俺らももう行くぞ!」
彼は僕らに背を向けた。
だが、ゲルドは僕に顔だけ戻し、睨んでくる。
「貴様の実力はわかった。侮っていたことは認めよう。だが、今回の借りは必ず返す」
「言動については反省してる」
「ふん。そのことについてはもういいと言ったはずだ」
そう言って彼は去っていった。
「どうなるかと思ったけど、仲良くできそうじゃない?」
「……リュディ、君の度胸は凄いよ」
「ロモロ、君もね」
お互いに笑い合う。
「さて。そろそろ我々も帰寮致しましょう。ロモロ様にはもう少々、貴族としての暗黙の了解を教えなければなりませんな」
「今回は言い訳できないね。よろしく、ニコーラ」
「結果は悪くありませんでしたので、差し引きゼロといったところです」
初日だから採点が甘いようだ。
何にせよ、初日からトラブルが多すぎた。
お姉ちゃんの方はどうだったのかな……。




