スターゲイザー
「あれ?」
目が覚めた。
見慣れた天井ではないが、知らない天井でもない。
ここはゾーエ婆さんの家だった。
「おや、目が覚めたかえ」
身体を起こそうとしたところで声をかけられる。
ゾーエ婆さんだった。
「倒れてからここに担ぎ込まれたわけですか」
「もう少し戸惑った方が可愛げがあると思うがね。ま、目が覚めて何よりだよ。外傷はないし、身体は至って健康だ。ただ寝てるだけだったからね」
「どれだけ倒れてたんですか?」
「昨日の夕方から日が変わって朝までだよ。もう日が出てるだろう」
外は雪が積もっているが、今日は快晴のようで陽の光が窓から入り込んでいる。
いつもより長く寝たってぐらいか。
「さて。お前さんの親を呼んでくるからちょっと待ってな。大人しくしてるんだね」
「はい」
「それと、その短剣を抜くんじゃないよ。どんな代物かわかったもんじゃないんだ」
手に視線を落とすと、どうやらずっと握っていたらしい短剣があった。
ゾーエ婆さんが出ていくと、部屋から誰もいなくなり寂寥感に支配される。
「……なんか一気に情報が押しつけられた気がするんだけど」
『イエス、マスター』
突然、何の脈絡もなく、脳内に響き渡る声。
未知の体験に心臓の鼓動が跳ね上がる。
「な、何? どこから……?」
『マスター。その右手に持つ短剣です』
思わず短剣を見る。
だが、特に喋ったりしているわけではない。
それでも声は明確に聞こえてきた。
「も、もしかして、インテリジェンスソードとかそういう?」
『イエス、マスター。銘をスターゲイザーと申します』
「へ、へぇー……。スターゲイザー<星を見る人>、ね……」
『謝罪を致します、マスター。登録認証の際に、こちらの手違いでマスターに過負荷をかけてしまいました』
「いや、それはいいんだけど……」
……喋ってしまっている。おそらく短剣と。
しかも、すらすらと。前世の記憶に人工知能というものがあるけど、それもここまで流暢に喋ることができないような……。
スターゲイザーと名乗る短剣はこちらの戸惑いに構うことなく続けた。
『改めまして、マスターロモロ。――――――――のオプションプログラム、スターゲイザーです』
「……何のオプションプログラムって言った?」
『――――――――です。……どうやら認証が上手くいっていないようです。修復中……エラー……私の方に段階的なアプローチの制限がかかっています』
何が何やら。
しかし、間違いなく剣が喋っているように思える。
喋っている時だけ抑揚に合わせて微かに震えていた。
「その前に、君はどういう来歴の剣なの……?」
『イエス、マスター。私の方から開示できる情報は以下の通りです。現在のあらゆる事象を見通すことを目的とした剣。以上です』
「あらゆる事象を見通す……?」
『どこで何が起こっているのか、どこで誰が何を考えているのか、それらを知ることができる最優先権限を有しています』
「どうやって……?」
『視界を塞ぎ、お知り合いの個人を思い浮かべてください。魔力、譲渡申請』
そう言われて、ひとまず先ほど出ていったゾーエお婆さんを思い浮かべる。
すると、頭の中にスッとゾーエ婆さんとその周辺が映った。
周囲にはうちのお父さんやお母さん、お姉ちゃんもいる。皆一様にホッとした表情をしていた。
過去の情報などではなく、これは今まさにゾーエお婆さんの周辺で起こっていることだろう。
ゾーエお婆さんが出て行ってから、だいたい家に到着するぐらいの時間だ。
そして、お姉ちゃんたちは家から飛び出していった。
『このように、特定個人の周辺、特定の座標周辺といった情報を提示できます。複数の情報も即座に提示できますし、他の機能もありますが、少々今のマスターには負担が大きいので、こちらも段階的に行った方がいいでしょう』
目を開けて、情報を断ち切る。
すると、ドッと疲労感が押し寄せてきた。
呼吸が自然と早くなる。息切れしてしまったかのようだ。
魔法を使った時とよく似ている。
「……これが、代償?」
『私の使用にはセキュリティーも兼ねて膨大な魔力を使用します。マナの効率がよくなれば、今のように疲労することもないでしょう』
「もしかして、僕が倒れたのは魔力の使いすぎ?」
『手違いこそありましたが、認証の際にどうしても必要な工程でした。全世界の情報を刹那的に提示してしまい、謝罪致します』
「いや、いいんだけど……」
確かに負担が強い。強制的にマナが収集されて、魔力に変換したからか、心身が疲労している。
マナを魔力に変換したときの、この疲労感は何が原因なんだろうね?
それよりも、今はこのスターゲイザーとの話だ。
「なんで僕が使えるのかはわかる?」
『私は使用者を選別する権限を有しています。故にマスターが最も使用するに値する人物でした』
「他に使える人はいるの?」
『少なくとも四方百里にはいません』
スターゲイザーは人が持つ力としては常軌を逸している。
僕が持ってていいものとは思えないけど……。
いや、これからやろうとしていることを考えれば、このぐらいの力は必要だ。
僕が使えるというのなら、使わせてもらおう。情報を集めるのに適している。
僕の目的はとにかくお姉ちゃんを死なせないことだ。
間違いなくこの武器はお姉ちゃんの力になる。
「なら、ありがたく使わせてもらうよ。これからよろしく」
『イエス、マスター』
スターゲイザーは沈黙し、一言も喋らなくなった。震えてもいない。
こちらから問い掛けたりすれば喋るのだろうけど……脳内に言葉が来るわけだから、会話していると僕が独り言を言っているようになる可能性が高い。
恥ずかしいし、目立たないようにするためには、避けるべきだろう。
それにまずはそのことじゃなく――。
「ロモロ!? 起きたんだって!?」
心配で見に来た家族たちに、どう説明をするべきかに頭を使おう。




