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閑話:ルチア

 わたしは、ルチア。バグナイアの街、西地区に住む五歳。


 最近、ひとりで細道に入ったところを攫われたの。危うくドレイにされるところだったんだって。

 危ないよねー。ドレイって何か聞いたら、お父さんは返答に困っていた。

 きっと大人にしかわからないものなんだろうねぇ。


 のんびりしてるとか、のほほんとしてるとか、よく友だちのロッコに言われてる。

 確かに早く喋れないし、妙に間延びしちゃう。

 それに鈍くさい。全力で走ってるのに、歩いてるとか言われる。

 そうじゃなくて、みんなが早いんだと思う。わたしが少し遅いのもわかるけど。


 そんなのんびりしてるから攫われちゃうんだよ、とお母さんから少しお小言。

 わたしはのんびりしてるわけじゃない。

 そもそもみんなが早いのだ。ぶー。


 それに、一緒に攫われていたロモロは強かったのに攫われてた。

 だから、わたしが攫われてもおかしくない。ロッコやクローエだって足が速いのに攫われてたし。


 そんな人攫いから救われたのは、ロモロが助けてくれたから。

 みんなは口の悪いお姉さんが助けてくれたと信じているけど。

 わたしは見ていた。

 ロモロが魔法を扱うところを。ロモロの周囲がピカピカ光っていたから。

 あれは魔法の証。お姉さんの方は光ってなかった。


 ロモロは自分の力を隠すように、お姉さんに頼る振りをしながら、わたしたちの先頭を歩いて、村まで送り届けてくれたのだ。

 なんで村まで迷わず歩けたのか、後で聞いたところによると、地図を見ていたかららしい。

 地図ってすごいんだね。


 それから無事に街に戻った翌日。

 友だちと、ロモロにお礼を言いに会いに行こうとなって。


「よし、ロモロ。みんなで雪戦やろう」

「え? 何を言ってんですか」


 いつの間にか雪戦に巻き込まれていたの。


「いいぜ、兄ちゃんたち! オレたちは負けねーぞ!」

「ぼくら西区画の実力を思い知らせてあげますよ!」

「がんばるー」


 雪戦は苦手だけど好き。雪の上で遊ぶことができるから。

 普段とは違うことをするのは楽しいの。

 でも、わたしは予想もしていなかった。


「負けたら罰ゲームな!」


 楽しく遊べると思っていたのに。罰ゲームは嫌い。

 でも、もうやるしかないってロモロも諦めてたみたい。

 目の色が変わっていた。負けたくないって思ってる。

 わたしも、負けたくない。


 だから、みんなで準備をした。

 途中、ロモロが離れて細い道に入っていくと、しばらくしてわたしたちも呼ばれた。

 そこは雪が溶け始めている。

 みんなはなんで? と不思議がっていたけど、きっと魔法を使ったに違いない。

 ロモロは魔法を使える。でも、きっと秘密にしてるんだ。


 細い枝を曲げて、溶け出した雪に突き刺す。足を引っかけられるように。

 そんなに頑丈じゃないけど大丈夫かな、と思った。


「一回しか使わないからいいんだよ。ここぞという時に使うから」

「そうなんだー。でも、丁寧に作るねー」

「ありがとう、ルチア」

「どういたしましてー」


 準備を終えて、作戦がロモロから明かされる。役割分担ということらしい。

 わたしの役割は、木の棒を取ることになったの。

 ロッコとクローエが見るからに不安そうな顔をしている。

 一番足の遅いわたしに任せて大丈夫か? と、そんな心の声が聞こえてくるみたいだった。

 でも、わたしが「走るの自信ない」と伝えても、ロモロは作戦を変えなかった。

「走らなくてもいい。むしろ走らない方がいいんだ」って言ってくれた。


「ふたりは曲がり角で必ず止まって、傍で身を潜めてくれ。で、この音が一回鳴ったら、次の曲がり角まで進む」

「なるほど」

「これは僕が責任を持って鳴らすから。クローエやロッコの状況を見ながらね」

「はーい。わかったー」


 音が鳴ったら動く。それで相手と会わず、安全に進めるらしい。

 実際に、お鍋の音に合わせて動いてたら、お兄さんやお姉さんたちとは会わなかった。

 でも時折、ロッコやクローエの声が聞こえてくる。

 そっちはそっちで楽しそうだけど、わたしも隠れん坊してるみたいで楽しかった。


「甘いッ! ここは通さないし、木の棒は渡さないよっ!」

「今だッ、シモーネ!」

「何ッ!?」


 五回目のお鍋の音が鳴ってから、わたしは頑張って走った。

 きっと歩いていると思われてたけど。

 でも、いいの。ロモロがフォローしてくれて、棒を守るアダーモっていうお兄さんは、わたしがいる方とは逆を見ていたし。

 あっさりと、わたしは木の棒を取ることができたんだ。


「とったー」


 みんなが驚いた顔をしていた。まさか、こいつが……という意外そうな雰囲気。

 でも、ロモロだけは違っていて、わたしを見て「よくやったね」というように笑ってくれた。

 とても嬉しかった。初めて、雪戦で木の棒を取れたから。

 それに、隠れん坊しながらの雪戦は初めてで楽しかった。

 今までは棒を取るどころか、雪の球を一回も当てることができなかったのに。こんな戦い方もあるんだって驚いた。

 ロモロはすごい。



 次の日、約束をしていた文字を習うことになった。

 ロモロは自分がすごいのならば、それは本がすごいのだと言う。

 でも、本は文字が読めなければわからない。

 だから、文字の読み書きができるようになりたかった。

 ロモロと同じになりたかった。


 それでロッコたちと一緒に最近見つけた秘密基地に、ロモロを連れてきたの。

 ここで文字を習って、お母さんたちにはナイショでビックリさせるんだ。

 でも――。


「狩猟小屋……? こんなのここにあったっけ?」

「いえ。最近、誰かが建てたんだと思います」


 ロモロの疑問に、シモーネが答える。

 それを気にすることなくロッコが中へと入った。


「鍵もかけられてないんだ?」

「でも、ここ誰も来ねぇんだよ。オレたちもその辺りまったく気にしてなかったわけじゃねーぜ」

「使ってるような感じでもないしねー。最初に見つけたの、あたしなんだよ!」


 クローエもあっけらかんと答える。

 ただ、ロモロはそれでもなんだか嫌いなものを食べさせられてる時のような顔をしていた。どうしたんだろう……。


「ここ、他に知ってる人は?」

「オレたち四人の秘密だぜ! でも今日でロモロも入れて五人だ!」


 そして、ロモロは家の中を注意深く眺めていた。

 窓際で指を滑らせたり、足で床を叩いたり。

 自然にやっててみんなは気付いていないみたいだけど、わたしはずっとロモロのことを目で追っていて、何か変なことをしてるなーって思った。


「……秘密基地に招待してもらって悪いんだけど、今日は僕の家の方でやらない?」

「ええ? なんでー?」

「えーっと……ここ寒くない?」


 確かに寒い。寒いのは嫌いだ。

 わたしはこくこくと頷いた。

 ロモロも寒いのはキライみたい。一緒だ。


「見つけたのは夏くらいだったからなぁ……。その時はあんまり気にしてなかったけど」

「雪も降り始める時期ですからねぇ。確かにここでは集中できそうにありませんね」


 ロッコやシモーネも寒いと感じていたらしい。


「集合住宅の広間に暖炉があるからさ。そこなら温かくしながら勉強できるよ」

「うーん。なんでこの小屋って暖炉ないんだろーね?」


 クローエが不満そうに言うけど、暖炉があってもわたしたちに火を点けられるかな?

 それで小屋からは出て街の方に戻ることになった。



 ひとまずロモロの家が入った建物の中にある、広間にわたしたちは集まった。

 お昼の食事のために使われた暖炉の熱が残っていて、ここはまだ温かい。

 ロモロとしては、春なら地面に文字を書く方が楽なんだけど……ということだった。


 文字を書くために用意されたのは、大きな板の上に土が塗られたようなものだった。家族で食事する時に使うテーブルぐらいある。

 板は端っこが薄い木が打ち付けられていて、土はその中に入っている。

 土は普段わたしたちが見ているものではなく、粘土というものらしい。

 これなら何度でも文字を書いたり消したりできるという。


「最初に覚えるのは自分の名前だよ。今からみんなの名前を書くから、それを真似してみて」


 ロッコ、クローエ、シモーネの名前が粘土に書かれていく。


「ルチアはこう」


 わたしの名前も書かれた。

 ルチア。自分の名前の文字を見て、なんだか変な感じ。

 さっそく粘土の空いたスペースに、もらった細い木の棒で削っていく。

 うまく書けなかった。


「最初は誰でもうまく書けないよ。僕も何度も地面に書いて練習したんだ」

「どのぐらい書いたのー?」

「うーん。いっぱい。暇さえあれば外で書いてたからね」


 そのぐらいやらなきゃダメなんだ。今日一日で文字が読み書きできるようになるわけじゃない。

 わたしはいっぱい書いた。

 少しでもロモロに近づくために。

 みんなもいっぱい書いていた。

 でも、わたしが一番書くのが早い。なんだかいつもと逆になってるみたいで楽しかった。


「それじゃ一回、消すよ」


 粘土がわたしたちの名前で埋まったら、ロモロは少し水を流して、平べったい棒で均していく。

 瞬く間に、文字が消えていった。なんだか少し悲しい。


「今度は他の人の名前も書いてみようか。中心にみんなの名前を書くから。これがロッコ、これがクローエ……」


 四人の名前が書かれていく。


「ねぇねぇ。ロモロの名前はどう書くの?」


 クローエがとてもいい質問をしてくれた。わたしも知りたい。


「全員が全員の名前を覚えたら、あとで教えてあげるよ」

「え、どういうことですか?」

「まあまあ、シモーネ。焦らないでよ。まずは他のみんなの名前を書いて覚えてみて」


 わたしは書いた。ロッコ、クローエ、シモーネ。似たような文字がある。

 みんなよりも早く、多く、どんどんと書き込んでいく。

 地面に絵を描いたりするのは楽しかったけど、これもなんだか楽しい。

 そして、瞬く間に粘土には書く場所がなくなった。またロモロが粘土を均す。


「さて。ここから僕の名前を書いてみようか。もうみんなの中にヒントはあるよ」


 すぐに思いついた。

 粘土板の上に、大きくロモロを書く。音からすると、たぶんこう。

 ロッコのロ、クローエのロは同じ。シモーネにモの文字があるから。

 これでロモロのはず……。


「ルチア正解。すごいね」

「えへへー」


 また褒められた。とても嬉しい。

 ロッコもシモーネもクローエも、わたしの速さに驚いている。

 いつもお外では鈍くさくって、ついていけてなかったけど、文字の読み書きならみんなの先頭に立てた。


「ロモロー」

「ん?」

「ありがとー。おれいー」


 いつもお母さんが、お父さんにやってるやつをやろう。

 お母さんは、好きな男の子にだけやりなさいと言っていた。

 ロッコにもシモーネにも、お父さんにも、まだしたことはない。ロモロが初めて。


 ロモロの頬に軽く口づける。

 ロモロは戸惑った表情をしていた。

 いつも落ち着いた顔をしているロモロが、攫われた時以上に顔を崩していて、それがなぜか嬉しかった。

 また、やろっと。


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