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子供たちの集い

 <ファタリタ正史>


 この時期の賢者ロモロに関する逸話が極めて少ないことは前述したとおりだ。


 ただそれは誘拐事件以降、賢者がかの地に勧誘されるまで、平和であったとも言える。


 筆者が賢者と友誼を結んだのもこの時期であり、賢者の神子を賢者の神子たらしめる理由を目の当たりにしたのもこの時だ。


 大事なことをいくつも教わった。


 こうして正史を編纂しているのも、賢者に築いてもらった土台があればこそだ。


 もし、この時期の筆者がこの後の未来を知っていたのならば、もっと賢者から教わりに行っていただろう。『賢者の四肢』のひとりとして、もっと高みへ上れたように思う。知己もまた同じ思いだったに違いない。


 勇者と賢者が街を去る時が、近づいていた。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 夜のうちに大量の雪が降ったようで、街は朝から一面銀世界となっていた。

 雪が積もると子供たちの仕事は切り替わる。薪拾いはできないし、罠は動物たちが冬眠してるしね。

 僕らの仕事は雪かきだ。目抜き通りの雪を避けるのと、屋根の雪を登って落とすのだ。

 あと、冬場ならではの食糧探しもあるのだけど、これは森に雪が積もってからしばらくしてからの話だ。


「いいいいいいいいいいいいいいいいいやっほううううううううううううううううう!」

「ヒドい浮かれようだ……」


 お姉ちゃんが雪上を走り回り、浮かれていた。

 嬉しそうに奇声を上げている。

 精神年齢十七歳だと考えると怖い気もする。

 幼児退行というか、子供に戻っているというか……。


「雪だよ、雪! 積もったよ!」

「毎年のことなんでしょ? 別にそんなはしゃがなくても」

「うーん。それがねぇ。あたしが勇者になった年以降、雪が積もるほど降らなくなっちゃったんだよね」

「へ?」

「お偉いさんが言うには、そういう時期が来たって話らしいけど」

「また随分と驚きの情報が……二年後から天候が大きく変わるってこと?」

「なんだったかな……温暖期とか、そんなことを言ってたような」

「過去に似たようなケースがないか、調べておいた方がいいかもね」


 そんなことを話していると、お姉ちゃんの友人たちが集まってくる。

 トーニオ、フェルモ、フランカたちが、少し遅れてアダーモとジーナも合流する。

 あっという間にいつもの六人組のできあがりだ。


「おう。モニカ、ロモロも。さっさと終わらせちまおうぜ」

「昼までには終わらせたいですね」

「だよねー」


 全員が全員、先端が広がった木の棒を持っていた。

 この先端で雪を払っていくのだ。


「屋根に登るやつ決めよーぜ! 銅貨の表裏、当てた方が屋根な!」


 トーニオが銅貨を投げると、空に向かって回りながら上り、そして落ちていく。

 地面に落ちる前に手の甲で受け止め、即座にもう一方の手で塞いだ。どっちが表で抑えられたか、よほど動体視力が化け物じみていなければわからないだろう。

 この街ではスタンダードな順番やグループの決め方と言える。


 最終的にトーニオ、フランカ、お姉ちゃんが屋根の上。

 アダーモ、フェルモ、ジーナが下だった。

 僕はそもそも屋根の上に登りたくもないし、木の棒もないので特にやることがない。

 少しみんなのお手伝いをする程度だ。雪を落とすときに周囲に注意するとかね。


「えいやっ!」


 お姉ちゃんがハシゴを使って屋根に上ると、バッサバッサと屋根の雪を下ろしていく。

 高いところにいるのに、怖くないのかな。三階建ての建物なのに。

 トーニオやフランカも意気揚々と屋根の上で動いている。

 そう言えば、馬鹿と煙は高いところに上る……みたいな、要するに馬鹿は自分から危険に近づくという言い伝えがあったような。


「今から雪を落とします。危ないですよー。……お姉ちゃん、いいよ」

「よーし行くよっ!」


 下で僕の安全確認を聞いてから、お姉ちゃんが屋根の雪を大量に落としていく。


「よーし。次のとこ行こう!」

「オレたちの担当はあと三つだ」


 お姉ちゃんたちは屋根から降りて、また別の建物に向かう。


「はー。上は楽しそうだなぁ」

「よくよく考えると、屋根は分け合う方がいい気がするのですけど」

「ま、まあまあ、雪かきなんて、これからもまだやる機会はあるし……」


 地上にいるアダーモたちは少し不満そうだ。

 ふと疑問に思って、ジーナに尋ねる。


「ジーナも高いところ、上りたいの?」

「そ、そうだね。屋根の上って、いつもと景色が違うから楽しいんだよ」

「雪かきの時でもないと、屋根に上ってたら怒られるしなー」


 アダーモが補足してくれる。いつもと違う景色か。

 確かに高いところからだと、遠くまでよく見えるしね。歩哨は重要だ。

 お姉ちゃんたちは、そういうのも意図して鍛えてるのかな。


「よーし、屋根の雪下ろし終わりっ! あとは目抜き通りだけだね!」


 こうなると、もう僕の仕事はない。僕個人の木の棒があればいいんだけどね。あるいはお姉ちゃんが疲れたら貸してもらえるけど、お姉ちゃんは疲労した姿を見せない。

 けど、家の中にいると、お母さんが外で遊びなさいとうるさいのだ。

 雪が積もってるというのに……。まあ、もう本は全部読めたからいいけどさ。


「あ、あの……」

「ん?」


 いつの間にか、傍に四人の子供たちが来ていた。男子がふたり、女子がふたりだ。

 この区画――東地区の子供じゃない。見慣れない顔ばかりだけど、この顔はしっかりと記憶に刻まれている。

 僕と一緒に誘拐された子供たちだった。


「こんにちは。どうかした?」

「ま、まだお礼を言ってなかったと思って。ありがとうね」

「……僕、何もしてないけど。やったのは、全部、あのお姉さんだし」


 そういうことにしておくのが一番無難だ。

 実際に自分だけではどうにもできなかった可能性もあるし、僕自身も目立ちたくはないし。


「でもでも! 偉い人たちと色々お話ししてくれたし」

「そうなのー。お礼言いたかったのー」

「ずっとよくわからないままだったけど、ようやく飲み込めてきたっていうか……」


 矢継ぎ早に言い立てられる。

 まだ誰が誰かもわからないのに。


「自己紹介しようか。僕はロモロね」


 元気そうに手を挙げる勝ち気そうな少女が、「あ、あたしはクローエ!」

 ほんわかした表情でゆったりとした少女が、「わたしー、ルチアー」

 トーニオを小さくしたような短髪の少年が、「オレ、ロッコ」

 この街では珍しい、眼鏡をかけた少年が、「ぼく、シモーネです」


「あたしたち、何もできなかったけど、ロモロはずっと色々としてくれたよね?」

「そうそうー。指示してくれたりー、先に歩いてくれたりー」

「オレ、ホントに何もできずに泣いてただけだぜ。恥ずかしいったらねーよ」

「あのままだったら奴隷にされてたって聞いて、本当に怖かったんですよ」

「だから、あたしたち、お礼を言いに行こうって四人で決めたの!」


 どうやら、この四人は西地区で普段から仲良くしていたらしい。

 お礼を言ってくれるのは嬉しいけど……。


「僕も別にお礼を言われるようなことはしてないんだけど……」

「そんなことないよ! あたしたちが助かったのはロモロのおかげだから!」

「せっかくだからー、ロモロとー、わたしたち仲良くなりたいなーって」

「なあ、ロモロは普段、どんなことしてるんだ!?」

「とても頭がいいと聞いてます! どんなこと知ってるんですか!?」


 ぐいぐい来る。同年代の子は、東地区にはほとんどいなかったから妙に新鮮だ。

 うーん。どうせだし、あのことを聞いてみようか。


「言いたくなかったらいいんだけど、どんな場所でどんな風に攫われた? 僕は街外れにいたら、後ろからガバッと捕まえられた感じだけど」

「あたしも捕まえられた時はそんな感じだったよ。薪拾いでひとりになった時かな」

「わたしはー、細い道に入ったらー」

「オレもそうだな。暗くなったと思ったらいきなりやられたぜ」

「ぼくは朝方、まだ少し暗い時にひとりになったところを……」


 さすがに目に付く形ではやらないか。

 そして、全員同日だった。あのお姉さん、本当に手際がよかったんだな。


「それがどうかしたの?」

「いや、僕らが攫われる理由があったのかなって」

「どーなんだろー?」

「何にせよ、これからひとりになるなって言われたからな」

「それで東地区にいるロモロは、お姉さんがいない時はひとりの時が多いと聞いて」


 相互監視の関係になることを提案してきたわけか。

 ありがたいはありがたいけど……ひとりになる時間が減ると魔法の訓練ができなくなるんだよな。

 ただでさえ、お父さんからもひとりになるなと言われているし。

 ……この四人に魔法を教えて、一緒に訓練するか? いや、さすがにマズい気がする。


「でも、ロモロって頭いいよなー。本当に。うちの父ちゃん、ずっと褒めてるんだぜ」

「ロッコのお父さんって……」

「ああ、この街の兵長なんだ。エットレって言うんだぜ」

「おー。そうだったんだ」

「どうすればそんな頭がよくなるんですか?」


 シモーネの質問を皮切りに、一斉に身を乗り出されて、顔を近づけてくる。

 頭がいいかどうかはともかく、彼らは単純に読み書きができることを、頭がいいと勘違いしている節がある。


「本を読めば、知識は増えると思うけど」

「つっても、オレら文字が読めないし、書けないしなぁ」

「それに本なんて高くて買えないし」

「文字自体はそんな難しくはないよ。僕にも教えられると思うし」

「ほんとー。教えてほしいのー」


 ……あ、しまった。安易に面倒事を背負い込んだ気がするぞ。


「あ、いや……教えられるとは言ったけど、僕自身が教えるような立場じゃなくて……。まだまだ教えを請う立場というか……」

「だめ……?」


 四人が一様に残念そうにしてしまっている。

 一度期待させてしまった分、落胆も激しいかもしれない。


「ちょっと待って」


 何かの本で教えることでわかることもあるみたいなことも書いてあった。

 それに……上手くみんなが文字を読めるようになってくれれば、僕が助かることも多いかもしれない。みんなが本を読めれば、デメトリアだけじゃなく感想も言い合える。

 デメトリアの本を又貸ししていいか、という問題はあるけど……ここは少し相談してみよう。そもそも、みんながどこまで本気かもわからないしね。


「いいよ。それじゃやろうか。明日からでもいいけど」

「それでいいよ! やったぜ! 楽しみだ!」


 四人が四人とも嬉しそうにしてくれる。

 僕の都合が多分に入ってるけど、少しの時間、文字を覚えることに使うことは問題にはならないだろう。

 まだ僕らは本格的に仕事をもらう立場じゃないしね。


「お。ロモロが何か大勢引き連れてんな」

「これなら、アレができるかもしれないね」


 いつの間にか雪かきが終わったトーニオとフェルモがこちらにやってくる。

 お姉ちゃんたちも交えて、六人がこちらを期待した眼差しで見ていた。


「よし、ロモロ。みんなで雪戦やろう」

「え? いきなり何を言ってるの?」


 フランカに言われて、一瞬耳を疑う。

 すると、こちらの年少組たちは顔を見合わせた。


「雪戦ってアレだろ? 相手の立てた木の棒を奪えば勝ちってゲームだろ」

「丸めた雪玉をぶつけて相手は一時的に戦力外になって、味方の棒を触るまで復帰不可能で、触ってからも復帰には六十秒かかるんでしたね」


 そんな単純な遊びである。ただただ、疲れる。


「いいんじゃない? やろうやろう」

「久しぶりですね。面白そうです」

「じゃあ、年長組と年少組で分かれる感じかな……?」


 アダーモやフェルモまで乗り気だ。

 ジーナなんか勝手に組み分けまで決めている。


「いいぜ、兄ちゃんたち! オレたちは負けねーぞ!」

「ぼくらの区画の実力を思い知らせてあげますよ!」

「がんばるー」


 ああ、ついさっきできた友人たちも、血気盛んだ。血の気が多い……。

 そもそも僕らとトーニオたちじゃ、体力が違いすぎるのに。

 まあ、別に負けたところで何かあるわけでも――。


「負けたら罰ゲームな!」


 トーニオの言葉で、年少四人組が石像のように固まる。

 僕の顔も引き攣った。さすがに看過できない。


「ちょっと待ってよ! それはズルい!」

「ズルくねーよ。罰ゲームなきゃ面白くないだろ。はい、決まりー」


 嫌な記憶が蘇る。

 僕はお姉ちゃんに近づいて、小さな声で尋ねた。


「お姉ちゃん。去年のこと覚えてる? お姉ちゃんで言えば八年前って話になるけど」

「え……。えーと。なんだっけ?」

「この雪戦での罰ゲームで、僕を雪人形にしたことだよ……」

「そ、そんなことあったっけ? む、昔のことだし……」

「ふーん。忘れるんだ。忘れてるんだ。ふーん。昔のことなんだ、ふーん」

「ろ、ロモロが怖い!?」


 去年、雪人形の中に押し込められた罰ゲームは忘れないぞ。動けないし冷たいしで、泣きそうだったんだ。

 お姉ちゃんにとっては八年前で遙か昔の記憶かもしれないけど、僕にとっては僅か一年前の記憶だ。


「わかったよ。受けて立つよ。木の棒はお姉ちゃんのを使うから貸して。ただし、準備があるから三十分後ね! 行こう、クローエ、ルチア、ロッコ、シモーネ」

「よーし、あたし、頑張るから!」

「いえー」

「目に物見せてやろうぜ!」

「何か作戦があるんですね?」


 去年、何もできずにやられた雪辱もあるのだ。そのために温めておいた幾つかの秘策はある。

 絶対に罰ゲームを回避してみせる。


「じゃ、こっちは誰かひとり抜ける感じだな」

「あ、じゃあ、僕が抜けるよ。審判やるね」

「おう、頼んだ、フェルモ」


 お姉ちゃんが、自分の木の棒を渡すために近づいて、耳打ちしてくる。


「ロモロ、魔法は使わないようにね」

「……試合中に使うほど、非常識じゃないよ」


 木の棒を受け取りながら、そんな約束事を取り決めていった。

 試合開始は夕方の鐘と同時となる。


 僕は四人を引き連れて、目的の場所に向かう。

 その道すがら、他の住民に木の棒を借りれないか交渉していった。


「おじさん、雪かき終わったなら、貸してもらえません?」

「ロモロか。珍しい。雪戦にでも使うんだろ。いいぞ。折らないでくれよ」

「ありがとうございます」


 そんな感じで五本ほど入手した。

 うちの地区のおじさんやおばさんは優しい人が多いね。


「ロモロ、そんなんどうするんだよ」

「相手の取るべき棒を偽装するんだ。幾つか適当な場所に立ててもらえるかな」

「わかったー。どこでもいいの?」

「目立たないところにお願い」

「基本ね。ロモロ、なかなかあくどい」

「相手の取る棒を、偽物と混ぜてはならないなんてルールはないからね」


 そもそも細かいルールなんて何もないのだ。

 相手が立ててある木の棒を取る。雪球に当たったら棒まで戻ってしばらく行動不可。

 これだけである。他は何をしようと自由なのだ。


「僕らは体力的に圧倒的に不利だからね。だから、たくさん小細工をしていくよ」

「いいですね。ぼく、そういうの好きです」

「男らしくねーとは思うけど、さすがに不利なのは間違いないからな」


 そんなわけで雪戦が、突発的に始まった。

 罰ゲームなんて、冗談じゃないからね。今年は勝つよ。


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