宿命論
馬車がバグナイアの街、西門に到着すると、数人ほど待っていたのであろう人がいた。
「おかあちゃん!」「パパ!! ママ!!」「帰って来れたー」「うわあああああああん!!」
馬車に乗せられていたこの街の子供たち四人が、我先にと降りていく。
そして、各々の親の下へ走っていき、勢いのままに抱き付いた。
最後に僕も馬車を降りようとしたら、お姉ちゃんが馬車の隅で固まっているのが見える。
「お姉ちゃん、覚悟を決めようよ」
「だ、だってー。絶対、父さんにも母さんにも怒られるもん……」
「当たり前でしょ。何も言わずに出てきたんだから」
「ろ、ロモロもそれは同じでしょ!?」
「誘拐と家出を一緒にされても困るよ。受動的に街を出たか、能動的に街を出たか、そこには乗り越えられない壁があるから」
「ううー」
「今回のことに限らないけど、周囲の影響を考えてね。時間がなくても、面倒くさがらずに、ちゃんと情報の伝達はすること。お姉ちゃんが今何をしているのかがわからないと探しようがないんだからさ」
運よく街まで来られたからよかったけど、どこかもわからない場所に行ってしまったらどうするのか。
街道を外れて迷ったら、捜しようがない。
そんなわけでぐずるお姉ちゃんを無理矢理引っ張って、馬車から降ろした。
僕たちの姿を見つけて、お父さんとお母さんが走ってくる。
そして、僕らに抱き付いてきた。
「よかった……! ロモロ……! 本当に心配したのよ!!」
「モニカも……無事でよかった」
「心配かけました。見ての通り、僕は無事です」
「あ、うう……ごめんなさい」
怒られずに心配されたことが、意外だったようでお姉ちゃんは申し訳なさそうな顔をしていた。
無事に帰ってきたことの方が嬉しいんだろうな。
「ロモロ。怪我はない?」
「大丈夫だよ、お母さん。擦り傷ひとつないよ」
「そうか。神の思し召しかもしれないな」
「……はは、そうかもね」
僕の身体をお母さんもお父さんも心配そうに見ていた。
まあ、縛られたりはしたけど、もう痛くはない。
僕が暗殺者のお姉さんや盗賊と相対した……なんて聞いたら卒倒しそうだな。
でも、思い返すとマティアスさんのモンスター討伐に付き合った時の方が、危険度は高かったのではないだろうか。危うく心臓貫かれそうになってたし。
うっかり漏らしたら、父さんはマティアスさんたちに怒鳴り込みに行きそうだ。
「まったくもう! モニカ! あなたはなんでそうも考えなしに突っ走るの!」
「うわあああ! 母さん、やっぱり怒ったあ!」
「当然でしょう! あなたが森で行方不明になったとか、あなたまで攫われたとか、情報が錯綜したんですからね! 心臓が止まったわ!」
すっかり安心したお母さんがお姉ちゃんに説教をしていた。心臓が止まったは我が家の口癖なのだろうか……。
どうも僕が森で行方不明になったという話から森での捜索が始まり、そこから兵士さんたちから街の子供たちが誘拐されているという話も入り、そこにテアロミーナ様が到着して事情を聞いたらお姉ちゃんがすぐに出立。
情報が住人たちに行き渡っていなかったのだという。テアロミーナ様が来た後も森の中で捜索が行われていたのだとか。
それでお姉ちゃんまで二次遭難したという話が出てきたわけか。
「まあ、ふたりとも無事で本当によかった。ロモロも今後、街外れにはひとりで行かないこと」
「はい」
ただ、そうなると魔法の訓練ができなくなるんだよね……。
マナの呼び掛けだけで済ませるべきかなぁ。
「あ、僕、テアロミーナ様にお礼言ってくるね」
ひとしきり再会を喜んだ後、僕はテアロミーナ様に近づく。
すでにテアロミーナ様率いる騎士たちは、すでに次の街へ向かう準備をしていた。
ここで不足した物資を積み込んだら、すぐに出発するらしい。
テアロミーナ様はテキパキと指示を出して、今は侍女のベルタ様と一緒に何かを話している。
「ありがとうございました。テアロミーナ様、ベルタ様。他の皆様たちも本当に感謝しております」
「いいのよ、ロモロ。あなたたちが無事なのが、何よりもわたしたちの幸せですからね」
「ひとりの領民として、これから少しでもお役に立てるよう励む所存です」
「うふふ。頼もしいわね。でも、今は親のお仕事の手伝いや、子供同士で遊んだりして、視野を広げてくださいね」
視野を広げる、か。
確かに僕はこの街のことしか知らない。
もっと広い世界に出て、知識を柔軟に集めるべきかとも思う。
ただ、この街での生き方以外を僕はできないのだ。そのために必要なものが、何も足りない。
八歳の子供では街を出ることもできないのだから。
「あと、そうね。もし、視野を広げたいというのなら、他の街を見ることもお勧めしましょう。生まれた街だけでは、どうしても知識も偏りますからね」
「他の街、ですか。ただ、僕はまだ子供で他の街に行くお金もツテありませんし……」
平民が他の街に行くというのは難しい。
街道を通っても、害獣やモンスター、盗賊の類などに襲われる可能性はゼロではない。
だからこそ巡礼者や商人たちは少なくない金銭を支払い、護衛を依頼する。
そこに平民の子供が混ざろうにも、彼らに得でもない限りは望み薄だろう。
「ロモロは他の街に行ってみたいのですね?」
「はい。色々と見てみたいです。どんな違いがあるのか、どういう流行りがあるのか。比べてみたいですね」
自分の知識欲もあるけど、何よりもお姉ちゃんのための情報収集というのもある。
貴族になるための力もそうだし、なってからの力の方がより重要だと僕は考えていた。
お姉ちゃんが勇者になるまでの期間は長いようで短い。あっという間に過ぎ去ってしまうだろう。
それまでのどれだけの力や情報を得られるか。お姉ちゃんを助けるとはそういうことになる。
「わかりました。では、楽しみにしていてくださいね」
「……? あ、ありがとうございます」
「では、そろそろ出発しましょう。次の街に向かい、子供たちを親許に返さなければね。じゃあね、ロモロ。またいつか会いましょう」
「お、御達者で」
テアロミーナ様は笑顔で、部下の人たちと共に優雅な佇まいで去っていった。
規律の整った騎乗をした騎士たちを引き連れる姿は本当に高貴で、貴族の見本のようである。
それにしても、楽しみにしてくださいとか、またいつか会いましょうってどういう意味だろう。
まさか、実はこっちの事情をすべて知っていて、養子になることを知っている、とか?
「……待てよ?」
「ロモロ、どうかしたの?」
「あ、お姉ちゃん……。いや――」
よくよく考えると盲点だった。というか、その可能性になんでもっと早く気付けなかったのか。
テアロミーナ様がこちらの事情を知っている、その該当者かどうかはともかくとして。
「お姉ちゃん。お姉ちゃんの話が事実なら、この世界は一度巻き戻って、またやり直しているってことだよね?」
「そういうことになるのかな。それがどうかしたの?」
「その中で僕やお父さんやお母さん、街の人たちも、誰ひとりとしてその記憶を持っていない。でも、なぜか、お姉ちゃんだけが記憶を残している」
「そうだね。なんでかはわからないけど……」
「お姉ちゃんだけが記憶を保持している理由も謎だけど、本当にお姉ちゃんだけしかいないのかな。記憶を持ってる人」
そう尋ねると、お姉ちゃんは腕を組んで考え始める。
……が、長くは続かなかった。
「わかんないなー。どうなんだろう。そもそもあたしが記憶を持ってるのは、なんかこう……勇者の力なのかなって勝手に思ってたけど。なんで、そんなことを?」
「今回の誘拐騒ぎってさ、お姉ちゃんの言う通り、以前は起こっていないのであれば、
それが起きたのは、お姉ちゃんや僕の行動が巡り巡ってそれを引き起こした可能性が高い。けど、もうひとつ起こる可能性を探っていくと、別の答えが出てくる」
「それは?」
「記憶を保持する別の誰かが引き起こした」
「……そんなことあり得るの?」
「お姉ちゃんの身に起こったことを唯一とするか、他にも起こっているって考えるかだね。僕は依頼者に指名されて誘拐されたらしいから、ないとも言い切れない」
「えっ……。……ちょっと待って。誰。そのロモロの誘拐を指命した人って」
「いや、知らないよ。そこまではさすがに。盗賊たちが口を割らなきゃ……って抑えてお姉ちゃん」
「あっ……と。ごめんね」
また殺意を溢れ出させていた。誰にも見られてなかったけど、元ハンターのお父さんに見られたら絶対にマズいぞ……。
「でも、わざわざロモロを指名する理由がわからなくない?」
「その辺りはわからないよ。そもそも名指しで指名されたわけじゃないらしいし、指名されたのは女子だったっぽいし、僕じゃない可能性も高い。誘拐犯は僕を女子だと思ってたらしいから」
「ロモロは線が細いからなぁ……」
「それはいいんだよ。ともかく、もう少し詳しい話を聞きたいところだなぁ」
僕よりも頭のいい人なら、答えを出せるのかもしれない。
そもそも、どうやって調べたらいいのか、その取っかかりが掴めなかった。
この街で頭の良さそうな人に、聞いてみようか。
こんな話をまともに聞いてくれる人がいるかどうかはわからないけど。
「何ふたりでコソコソ話してるんだ? 帰るぞ、ロモロ、モニカ」
「ええ、帰ってゆっくりしなさい。馬車に揺られて疲れたでしょう」
「はーい」
「ごめん、お父さん、お母さん。ちょっと行くところができたから、先に帰ってて」
「は? ロモロ、お前どこに行くんだ」
「ゾーエお婆さんのとこ! 晩ご飯までには帰るから!」
お母さんの引き留める声が聞こえてくるが、追いかけて来ないので許されたのだろう。呆れた溜息が聞こえてきそうだけど気にしない。
この街で一番頭がよさそうなのは、僕の知ってる範囲なら薬師のゾーエお婆さんと錬金術師のトビアお爺さんだ。
トビアお爺さんの家は遠いから、まずはゾーエお婆さんの家に向かおう……と思っていたんだけど、いざゾーエお婆さんの家に着いたら留守だったので、トビアお爺さんの家へ向かった。
「馬鹿か! ジジイ! 誰がこんなものを頼んだってんだよ!」
「うっさいわババア! 注文通りに蒸留したらこうなっただけじゃ!」
トビアお爺さんの家まで来たら、外にまで喧嘩の声が聞こえてくる。元気だな、あのふたり。老いて益々盛んって言葉を本で読んだ気がするけど、まさにそんな感じだ。
「こんにちは。ゾーエお婆さん、トビアお爺さん」
「なんじゃ、ロモロじゃないか。無事だったのは聞いていたが、もう帰ってきたのかい」
「馬車に乗っておったんじゃろ。疲れてないのかのう?」
「いえ。大丈夫です。それよりも聞きたいことがありまして」
「それで誘拐から無事に帰ってきてから、家に戻りもせずわざわざこんなところに? こんなジジイのところに来るもんじゃないよ」
「うっさいわババア。幼気な少年におかしなことを吹き込むなんてどうかしてるわい」
「はは……。でも、せっかくですから、ふたりに聞きたいんです」
ふたりは目を瞬かせつつ、輝かせた。どんな質問が来るのか、興味深そうにしている。
期待に応えられる質問かどうかはわからないけど。
「変な質問になるんですけど……もし、今から世界が十年巻き戻ったとしたら、その十年は同じ結果になりますか?」
「変なことを聞くねぇ。何かあったのかい?」
「いや、本を読んでて気になったら、考えが止まらなくなってしまったというか」
「本ねぇ……妙な本もあるもんだね」
「うーん。その手の宿命論について、わしらは門外漢じゃのう」
「宿命論?」
「簡単に言えば、世界の出来事はすべて定められていて、人の努力ではそれを変えられないとする考え方じゃな。これに従えば、十年巻き戻ったとしても、それからの十年は同じ結果になる」
なるほど。そう言えば、世界の出来事はすべて定められている……という教えはマルイェム教の教えにあったような。
その理から外れる者を異端者と呼ぶんだとか。
「もっとも宿命論に従えば、十年巻き戻ることも定められているということじゃからな」
「あ、確かにそうですね」
「実際にそうかどうかは確かめようがないからの。他にも決定論というものもある」
「決定論とは……?」
「こっちはもっと解釈も含めて多様だからわしも適当にしか解説できんぞ。簡単に言えば、原因と結果とは因果律によって支配されていて、未来は過去から現在までに規定されたものから導かれたものという考え方じゃな。……これで、あってたよなババア?」
「因果的決定論ならあっとるな。他の分類もあるが……」
「宿命論と何が違うんですかね?」
言葉遊びのような違いにしか思えないのだけど……。
「そら、そうなるじゃろな。わしらは概要を知ってる程度じゃ。解釈も人によって違う。だから、これはわし個人の考え方になるぞえ。例えばこいつを適当に投げるとするじゃろう」
少し大きめの木屑を手に取って、トビアお爺さんは部屋の淵に向かって投げた。
木屑は壁に当たって、地面に置いてあった壺の中に入る。
「宿命論で言えば、あの木屑は壺に入ることが運命づけられていたということになる。しかし、因果的決定論で言えば、わしの手の動きや木屑の軽さ、投げる時の力の度合い……そういった諸々は過去から現在にかけてそうなるように行動してきたから、壺に入る結果になった……という感じじゃな」
「なんだか難しいですね。でも、何となくわかった気がします」
「何度も言ってるが、わしらは専門じゃないからのう。今のも触りぐらいでしかない。少し囓っただけじゃからな。わしの研究の役にも立たんし」
「あー。じゃが、詳しいやつはおったな。ほれ、ジジイ。あいつ、なんて言ったか?」
「おー、あいつか。あいつ……なんて名前だったかのう。喉元まで出かかってはいるんじゃが……」
「このボケジジイが!」
「やかましいわ、ボケババア! お前も思い出せてないじゃろ!」
「まあまあ、喧嘩をしないで下さい……」
でも、どっちの考え方をしたとしても、人の意思が介在しない限り、世界は同じ道を歩むということだ。
むしろ、他に記憶を保持する者がいる可能性が、相対的に上がったってことだよね?
「まあ、知り合いに詳しいやつはおったよ。前は王都の方に住んでおったが……今はどこで何をしてるのやら」
「もう何十年会ってないからねぇ。どこぞでおっちんでるんじゃないのかえ?」
「わしらと違ってひょろかったからのう。どっかで餓死してるかもしれんな」
「ん? 餓死……イネディア……イエデア……。ああ、イデアじゃ、イデア」
「おお、そうじゃった。そんな名前じゃったわ!」
ヒドい言われようだ。餓死から思い出される名前って……。
でも、ゾーエお婆さんもトビアお爺さんもかなり長く生きてる。
平均寿命からすれば、とっくに死んでいてもおかしくない。長生きしてほしいね。
「イデアさんですか」
「このババア以上に偏屈なババアじゃからな。子供が会うのはオススメせんぞい」
「誰が偏屈なババアじゃ! ま、あいつが偏屈なのは確かだがね。話も長いしの。朝まで話に付き合わされた時は死ぬかと思ったわい」
でも、王都か。まだ住んでるのかどころか生きてるのかも不明だけど。
機会があればもう少し聞いてみたいかも。
「連絡って取れますか?」
「んー。まあ、生きて王都にまだ住んでれば取れると思うがねぇ」
「ロモロ、お前さんも本当に好き者じゃな。今度、巡礼者か商人がいる時にも、伝言ぐらいはしてやろう。とはいえ、期待はしない方がいいのう」
これ以上聞いても、世界の謎が解けるわけではないと思うけど、単純に興味が湧いてしまった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
こうして突発的に始まった誘拐事件は解決を見る。
誘拐事件は勇者モニカの前時間軸において存在していない事象だ。
ただ、この事件が起こったからこそ、ひとつの道が開けたのだと言える。
後々、家族となる者との出会い。
頼りになる実力者や友との出会い。
そして、本来はなかったはずの、とある場所への招致。
禍を転じて福となす、とはこのことだろう。
この事件の黒幕が明らかになるのは、遠い未来の話である。
真実を書くのは、その時代に触れる時に譲ろう。
<ヴェルミリオ大陸裏史> 第一部 第三章 六節より抜粋




