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死を恋う神に花束を 白百合を携える 純黒なる死の天使  作者: 高坂 八尋
第四章 表の無い硬貨

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17.バルバロイの書架

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 カイムは執務室で、ヘロヘロになった猟犬の()()()()()()、覚醒させる。これでは仕事にならないから仕方がない。カイムが起こした失態なのだから、誰を責めることも出来ない。

 カイムは、猟犬に取ってあまりにも繊細な話題を、軽々しく口にし過ぎた。汎ゆる物事で、主人であるカイムと、猟犬の感じ方がまったく違う場合がある。主人が軽く捉えていたとしても、猟犬には折檻を受けたような心理状態へ責めやるような、苦痛を与えることがあるのだ。カイムが今もまだ、弱っているためでもあるが、彼が未だ猟犬の心から一線を引いている弊害でも多分にある。

 猟犬の心情へ、僅かながら鈍感になっている――。それも自らの行為が、どのように効果するのか曖昧な状態になるという、たとえ僅かであろうとも、憂慮すべき事柄である。それでも、子供とのやり取りであるから、猟犬の反応は、それほど酷くはないと言っても良い。

 猟犬は皆、カイムの手で冷静さを取り戻した。

 主人には、エルドがジゼルの部屋でのやり取りを、反芻しているのが伝わって来る。

「今になって冷静に思えば、情動が能力行使の、引き金ならずに済んで良かったです。猟犬の本能でとは言えど、完全に自(イヌ)達がジゼルを煽った形だったから、軽率に過ぎました」

 さすがにジェイドも落度を感じているようで、腕を組んだまま口を固く結んでいた。

「子供だと衝動的に力を発し易いようだからな……だが、あれを口にされたら、俺達は、」

「もう、過ぎたことだジェイド。()()()()なら、危険があるとは思わない。取り敢えず、エルドが〈バルバロイの書架〉へ入館出来るように、僕が直接許可証を発行する」カイムが書類を出そうと、机の引き出しへ手を伸ばす。カイムは束の間に、自身の手を見詰めてしまった。

 確かに、目視されることがあるとは思わなかった。絶対的な秘密だ。猟犬が怒るのも当たり前だろう。カイムも今、反芻して、自らの手を見てしまっているのだから。

「カイム? 大事無いか」

「あ、いや……何でも無いよ。気にするな」

「うっえー、〈バルバロイの書架〉に行くのか。俺、あいつら苦手なんすよ」

 エルドがこれ見よがしに溜息を一つ。

「俺が行くんだ。お前が行くわけではないのだから、関係無いだろう」

「まあ、〈観測者〉は変わり者が多いからね」カイムは苦く笑うしかなかった。

「……正直、他人のことは言えませんが」チェスカルが眉を上げる。「カイム様、〈バルバロイの書架〉へ入館を許可なされるなら、エマの件に付いても共に問い合わせては如何でしょう。解決策の分散は免れませんが、足掛かりにでもなれば、我等の力で何か出来るかもしれません」

「そうだね、一度に許される司書への書籍指定は三回だから、一つの問題に絞らずに、あれこれと手を出せば中途半端な結果しか得られないかもしれない。だけど……分かった。一度だけはエマの問題に割り振ろう。本来は許されないことかもしれないが、〈書架〉へ行ける回数は限られているから、これを逃したら時を待たなければならなくなる」

 チェスカルは珍しく安堵の表情を浮かべていた。

「チェスカルもエルドと共に行きなさい。その方が解決も早くなると思う――あとはジェイドにまとめてもらう」

「分かった、直ぐにでも発とう。早いほどいいだろう……だが、〈影〉の班長を全員出してもいいのか?」

「状況が状況だから、適任と思われる猟犬を最大限に〈書架〉へ送りたい。他の仔も居るから、それほど心配はしていないよ――え?」

()、とは……?」

「ああ、来てしまったね」

 扉が弾けるように盛大に開く、ヘルレアの開け方だが、そこに居たのはヴィーだった。酷く興奮しているようで、どちらかと言えば闘志のようなものに燃えていた。

「エマはどうしたの? 大丈夫なの?」

「お前、盗み聞きしていたのか」ジェイドが叱責に近い口調で声を張る。

「だって、そこに居たら聞こえて来たんだもん!」

 ヴィーの中で優先順位の高い話題は、特に拾ってしまい易いのだろう。気を付けてはいたが、物理的な距離が近過ぎたようだ。

 エマのことは内密にしていたので、新しく〈影〉に加わったヴィーへは、まだ、伝えていなかった。ヴィーとエマは、個人的に親しい。勢い込んで来るのも無理はなかった。

「落ち着いて、ヴィー。エマは元気でいるよ。ただ少し、時間が必要なんだ」

「カイム様、嘘はつかないでください」

「無礼な口を利くな! 躾が必要か」ジェイドが本気で怒っている。

「だって……、」

「言い訳はいい、お前が口出しすることではない」

「ジェイド、もういいよ。ヴィーはエマを想っての振る舞いだから。怒ってない。ヴィーも〈影〉になったのに、事情を教えなかったこちらの落度だ。何よりエマとヴィーは、とても仲がいいものね。エマの現状を隠していてごめん」

 ヴィーがポロポロと涙を零し始めた。拭うことはせずに、そのままにして視線を落としてしまった。

「……ごめなさい。でも、エマの心は壊れちゃったの?」

 猟犬共が心理的に引く動作を見せた。

 ヴィーはやはり特別だ。どこまで主人と猟犬にある壁をすり抜けられるのか、把握し難い。

「ヴィーも聞いていたと思うけど、これからエマの助けになれるように〈バルバロイの書架〉へ行くことになった。全ての問い合わせをエマへ与えることは出来ないけれど、必ず何かの助けになるはずだ」

「あの、私も一緒に行きたい……です」

「おい! お前が行って何になる」

「私バカじゃないもん」叫ぶような絞り出すような声だった。

 チェスカルが疲れたように溜息を漏らす。

「カイム様、ヴィーも同行させていいですか……役に立たないとは思いません。ですが勿論、閲覧に関して力になるとは、期待もしていませんが。それでもヴィーは――、」

「分かった。いいだろう。ジェイド、チェスカル、エルド、ヴィーで〈書架〉へ行って来なさい。それと、改めて言っておくけれど――〈観測者〉については、細心の注意を払って接触しなさい。あれはどこへも心を置かない。その意味は分かるはず」


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