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死を恋う神に花束を 白百合を携える 純黒なる死の天使  作者: 高坂 八尋
第四章 表の無い硬貨

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16.純銀の鋏〈前編 傷を抱えて〉

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「ジゼル、何か困ったことはある?」カイムがジゼルに問い掛けると、彼女は少し考えてからほんのり笑みを口元へ浮かべて、首を振る。何もないと言うその姿は、何故かとても健気に見えた。

 結局カイムは、ジゼルについての相談で執務室へ呼んだ猟犬を、全員連れて来てしまった。ジェイドを連れて来るつもりはなかったのだが、ジゼルの案件は仕事として処理すると決定付けられたので、カイムは判断を変えざるおえなかった。

「あの……いいですか」ジゼルが遠慮勝ちに溢す。カイムは何か聞きたいことがあるのだろうと、気軽に見えるよう肯いてあげる。少し言い辛らそうに、猟犬を()()()見渡した。

「お父様はいつも、沢山の人と一緒にいるのですね」

 椅子に座るカイムは、背後へ軽く視線をやる。雄猟犬が四頭居て、ジェイドが主人の視線を受けて、肩を竦めた。

「そうだね、僕の部下ばかりだから。皆、男だし体格も良いから怖いかい?」

「大丈夫です……余計なことを訊いてしまって、ごめなさい」

「謝らなくてもいいんだよ……僕もたまに怖いし。皆、デカ過ぎるうえに、()()()()()()叱られてしまうのもだから」カイムなりのユーモアとして、口にした言葉の綾なのに、猟犬が背後で無駄に項垂(うなだ)れる気配がする。カイムは思わず声を出して、笑いそうになった。

「お父様が叱られてしまうんですか。一番偉い方なのに」ジゼルが不思議そうな顔で、首を傾げる。

 やはりここでも、ジゼルの考え方に対する偏りがみられる。

「父親も人間だから、失敗はするし、間違ったこともする。僕の場合は家族だけではなくて、会社の兵士や職員、使用人も沢山抱えている。だから、自分が偉い偉いと思い込んでしまうと、周りが見えなくなってしまうんだ。それを叱ってくれる人というものは、大切な存在なんだよ――僕の上に居てくれる人というのは、本当に少ないものだから、直ぐに勘違いを起こしてしまう」

「お父様とお母様は絶対的な方々と習いました……ご自身が信じているものを、勘違いだと思われなくても良いのではないですか?」

「絶対か……もしそうした関係性が人間同士で成り立つと言うのなら、それは互いに良くも悪くも、信頼があるからだと思う。でないと、()()と言えなくなってしまうだろう。ジゼル、僕は君の父親だけど、まだ信じられないだろう? それでも絶対で、何でも言うことを聞いてくれるのかな?」

「あの……ごめなさい。どう答えていいのか判りません。でも、信頼し合うのは良いことだと教わりました。でも、良くも悪くも?」

「では、もしも父親である僕が、ジゼルへこう提案するとしよう。この部屋にいる誰か一人を仲間外れにしてしまおう、イジメてしまおう、と……ジゼルはその言葉へ素直に従うかい? 父親は絶対だよ?」

「それは……、」ジゼルは俯いて口を閉ざしてしまった。ちらちらと猟犬を見ている。

「正しくないよね。心で分かる。でも、絶対だから従わなくてはいけないし、本来なら絶対的存在である父親がすることに、疑問を持ってもいけない」

「どうしたらいいのか、判らなくなりそうです」

「そうなるよね。だから、具体的に提示されて考えてみると、それはとても理不尽なことだと良く判る」

 ジゼルはカイの話しをしっかり聴いて理解しようとしている。「例えのお話になると、とても分かり易いです。絶対だからとしても、直ぐ喜んで出来る行為ではありません」

「こうした関係性は、一方がどのような方法であれ、拒否感を示せば――そう、ジゼルは躊躇したよね。これでは絶対というものが成立していないに等しい。関係の深さ、信じる気持ちの大切さ、というものが良く見える。

 この段階で既に、出会ったばかりの父娘である僕らの間には、絶対的な父親像という存在が成立しない、むしろ、もう、破綻している。僕は父親だけれど、絶対ではないだろう?」

「正直に言いますけど……初めてお会いした時から、お父様と、どう向き合えばいいのか、判りませんでした」

「それで良いんだ、間違っていない。そして、また一つ踏み込んだ話をすると、父親が絶対と言うなら、初めからイジメはとても正しく、仲間外れにされる方に問題があるのだと、考えなければならなかった」

「嫌です。意味も無く、誰かを傷付けることなんて出来ません」

「ジゼルは正しい。もしこうしたことを疑いもせずに受け入れたなら、それこそ、絶対という実体の無いものに束縛された、盲信――考え無しに、むやみに信じ続ける状態へ、落ちていることになる」

「盲信、難しい言葉ですね」小さな女の子なりに難しい顔をして、考え込んでいる。

 カイムは大人と喋ることが多いから、言葉選びに躊躇したり、不自由しない。仔犬と喋る時のように、言葉をもう少し選ばなければと意識した。ジゼルは仔犬ではないから、漠然と感覚が異なっていて、幼い子供だとしても扱いが変わってしまうようなのだ。

「……正しいか、間違っているか、自分で判斷出来ない。出来ないことに気付いていない。

 それは――絶対というものは、間違った信頼を盾にして、成立する関係なんだ。だから信頼という一見美しい言葉でも、誤った形で縛られているだけ、ということもある」

「絶対は間違ってるということですか……?」

「そうだね、先程も言ったけれど、父親も母親も絶対ではないんだよ。間違いを犯すし、分かっていながら、愚かな行為を止めることが出来ない。時には、自分より目下とされる人達に叱ってもらわなければ、目を覚ますことが出来なくなる」

「何故です? 大人なのに」

「大人だからこそ……かな。これはどうだろう。君が真っ直ぐに立って、ずっとずっと遠くを見たとしよう。見た先は未来だ。ぼんやりと大人になって行く自分が予測として見えている。これからジゼルは、そこを必死に駆けて行くんだ。遠くへ行けば行くほど大人になる。がむしゃらに走って、ふと振り返る。前は未来だった。だとしたら、後ろは?

 後ろには何があると思う?」

「同じように、私が居ると思います。小さな私、未来を知らない私」

「そう、人生はこうして連続した結果なんだ。いきなり脇道が出来たりしないのが普通だし、イレギュラーなことが途中で起こったとしても、大抵は誤差のような範囲だ。未来に予測を立てて、ぼんやりした自分の姿が見えていたそのままを、生きていくしかない。北極に居たのに、南極へ飛ばされるなんてことは、尋常のことではないだろう?」

 勿論、ジゼルが()()()()()()()()であるとは、本人へは言えないが――。

「でも、勉強を頑張ったり、好きなことに誰よりも打ち込んだら、未来は代わりませんか。ぼんやりした未来は、明確に目的を持てば、鮮明に変わってはいかないのですか」

「そう、努力という基本的な方法も確かにある。こうした努力で、経験や知識を積み重ねて、スタートしたところから、自分の意識で逃れようとする人もいる――そうした人が、ジゼルの言う未来を見据えて行動が出来る人だね」

「目標を立てて行動しましょうと、教師様に教えてもらいました。大きな事柄ではなくて、一日で何が出来るのか、小さな目標をやり遂げられることが大事なのだそうです」

「とってもいいお話だね。僕も小さな目標を立てて頑張ってみようかな」――ならば、取り敢えず〈天秤協会(ライブラ)〉へ槍投げ(ローンチ)をしてみようか。火槍(かそう)なら、更に愉快かもしれない――。

 チェスカルが、鬱陶しいくらい大きな咳払いを、何度も繰り返す。

 一方で、ジゼルは自分の話しが受け入れられたからだろう、とても嬉しそうだ。

「――けれど、そうして様々な努力した聡明な人であろうとも、同じ失敗をしてしまうことが多いんだ……殆どの大人は、過去の自分を手放すことが出来ずにいる。全ては物事の積み重ねなのだから、無理もない。

 だから、人はそれほど、大きく変わることが出来ないと言っても、間違いにはならないだろう――僕がそうだった」

「お父様は、沢山の人を従える、とても立派な方なのに?」

 カイムは穏やかに笑む。

「今でも僕の心の中には、ジゼルと同じ年頃の僕が眠っているよ」

「けれどそれは、とても寂しい気がします。望んだ自分になれないということですよね」

「そうだね、確かに寂しい。将来に夢を思い描いても、叶わないのが普通だという意味だから。

 そしてまた、振り返ると幼い自分が常に居て、いつでも腕を掴もうとしてくる。これでは、向上心を持っていたとしても、自分以外の者へなるのは更に難しいだろう」

「過去が引き止めて来るのは何故ですか」

「悲しみや痛みは、中々消えてはくれないから――ジゼルが思うほど、大人は強くはないんだよ。むしろ走るほどに、縋る手の力が強くなって来る。振り払えなくて、走ることを辞めてしまう人も多い……傷付くと人は弱くなる。強くなれる人もいるけれど、傷は抱えたままなんだよ」

 ジェイドがぼそりとカイムの名を呟く。カイムにしか聞こえていないだろう。

「そうですね、前も後ろもずっと私。大人になっても私のまま……大人であるお父様も、お辛いのですか」

「ジゼルは優しい子だ。君にはイジメを許さない心があるし、自分が間違ったことを、してしまうかもしれないと、考える力がある。

 だから、絶対という言葉に縛られずに、本当の信頼関係を探せるはず。信頼と、盲信から来る服従はまったく違う……僕は絶対とはほど遠い、不甲斐ない父親かもしれないけれど、これから一緒に、ゆっくりと歩いて行こう」

 ジゼルは嬉しそうに笑み、目を細めた。初めて心から笑ってくれた気がする。

「ジゼル、先へ進むことを怖がらないで。君はきっと強くなれる」

「はい! お父様」

 カイムは背後の猟犬へ意識を寄せる。



 ――で、どう? 結構時間を稼げたと思うけど。


【――駄目です。瞳鏡(どうきょう)でも何も捉えられません】


【――俺も分かんないっす。それより、可愛い子ですね。お人形みたいだ。ちょっとカイム様にも似てるし、隠し子なんじゃないっすかー】



「言うと思った」



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