15.食堂の讃美歌〈誤字修正完了〉
すみません、点の打ち間違いで変になっています。→修正いたしました。
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シドは模範的修道士のような服を与えられた――つまり、袖幅が広く、たっぷりと深いフードが付いた、長いワンピースという装いだ。〈レグザの光〉らしく、黒で統一されている。
シドはフードを深く被り直し、顔を隠した。
女は背広を着用していたので、始めは彼女と同じ衣服が渡されたのかと思っていた。だが、シドへ支給されたのは、まったく違う傾向の、より宗教的な、清貧を象徴するような衣服だったのだ。
目の前を案内で歩く男もまた教師のようだった。ようだというのは、シドへ与えられた服装が、男と同じだからという判斷でしかなかった。彼は自己紹介をしようとしない為に、誰なのかまったく判らない。服を届けに来た女が指導官なのか、それとも、この男が指導官なのか、気軽に訊くに訊けない。こうした、名乗らないという取り決めがあるのかもしれず、軽率に口を利けなかった。
シドと比べてしまえば小男だ。フードを下ろしているので、頭頂部まで見える。年齢を重ねて、髪が薄くなってきているのまで、観察出来てしまう。
小男に着いて廊下を歩き続けると、両開きの扉の前で立ち止まった。扉の向こうから、さざめき合う音がして、沢山の人がいる気配がする。小男が扉を開け放つと、部屋は途端に沈黙に包まれた。
ホールと言ってもいい広さの部屋に、長卓が何脚も置かれていいる。黒いワンピースを着た子供達が、席に着いているのが、一気に見渡せた。そして、一番奥には、まるで献花する祭壇のような形で、一脚長卓が置かれていて、その席には大人達が着いていた。長卓の二カ所、隅の方に空きがあるのも見て取れる。
シドが小男と一緒に入室すると同時に、子供達全員が同時に立ち上がって、誰の指示もなく合唱が始まった。黒い制服も相まって葬式のようだった。
シドはしばらく歌に耳を澄ませたが、何語か判らなかった。彼は言語の教育も、幼い頃からかなり受けて来たから、完璧に理解出来ない言葉でも、どの言語に近いのかはある程度は判る。だが、そうした彼でも判らない。
小男が扉を閉めてから、子供達の合間を歩いて、大人達が座っている卓へ行くと、そこで初めて一番最初に会った背広姿の女が、長卓の真ん中に陣取っていることに気が付いた。色々なものに気を取られ過ぎていた。女の座する場所はどう見ても、主人の席だった。
女は卓へ肘を突いていて、一切シドに興味を示していなかった。手元には既に食事も給仕されているが、誰も気に留めていない。ワインすら手に取る者もいなかった。
小男が手で空いた席を示して来たので、誘導されるまま席へ着く。小男も空いている隣の席へ座った。賛美歌らしき歌以外、この場で声を出している者はいなかった。
どこの宗教とも違う、賛美歌。子供達は一糸乱れぬ様相で歌い続ける。
シドは子供の顔へ目を走らせる。
――バゼットはどこだ。
十才前後のバゼットだ。アメリアの義務教育では中学年相当に位置する年齢だ。身長も分かっているので、子細に卓の様子を見ていると、やはり学年順、年齢順で、グループを作っている。バゼットに近い年齢の卓へ当たりを付けて、ざっと顔を確認していく。だが、全ての子供の顔を見るには遠すぎる。
子供達を見ていると、皆同じように見えてくる。未発達なだけ性別も判り難く、そしてまだ、顔も子供特有の、目鼻の位置が低い容姿である子ばかりだ。
猟犬の気配を追うにも、やはり広すぎるし、人間が多過ぎて感覚が鈍る。しかも、猟犬と言っても仔犬だ。幼獣の気配は弱くて、更に判り難くい。
あまり探すような行為を繰り返すと、周りの人間に勘付かれてしまうだろう。もうこれ以上は、見回すわけにはいかなかった。
「……賛美歌が終わったら、席を立って自己紹介しなさい。それで私達の仲間だ。我々の名も、後で贈ろう」隣の小男が呟く。
シドはやはり名乗るべきではなかった。何故、こういった儀式的なものが、猟犬へ伝わって来てなかったのか。シドの偽名――セルシス・エルヴェールという名前を、教師達は既に知っているのかすら判らない。単なる形式で、名は予め知っているが、公に名乗ることで身内と認める行為なのか。
あの背広姿の女は、確かにエルヴェール教師と言った。門番は役割が違うから、今はあの老人を弾いてもいいだろう。
あの女は一体どういう役割があるのか。ゼフォン・アレスティエは男のはず。だが、彼女が主のように見える。
賛美歌が一部の狂いも無く止まり、子供達は直ぐに席へ着いた。
シドは立ち上がる。
「私はセルシス・エルヴェール。レグザのお導きで、これほどまでに素晴らしい君達へ会えた。こうした奇跡に等しい幸福は、そうあるものではないでしょう――どうか、レグザの光に包まれますように」
シドの声が食堂に響くと、微かな余韻を残したが、直ぐに静寂に包まれた。シドは自らの鼓動で、息まで乱しそうになる。
一際大きな拍手が響いた。女が椅子に深く座り、背凭れに身を任せている。彼女は周りの一切を意に返さず、一人だけで拍手をし続ける。
「素晴らしい挨拶だった。エルヴェール教師。我が家へようこそ」
瞬間、まるで喝采を受けたように、猛烈な拍手の嵐がホールを満たした。子供達も、教師達も狂ったように手を打ち続ける。シドは明らかに、歓迎されていると分かるのに、足元から鳥肌が駆け上って来た。勿論、感動してではない。
何か異常だ――。
「では、私から自己紹介をしよう。ゼフォン・アレスティエ――ヨルムンガンド・レグザイアの夫だ」




