13.神の子か、悪魔の子か、
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「ジゼルがそれを訴えて、しかも、本人は何も分かっていないかもしれない。そうなると……」エルドは眉根を寄せて、思考に視線を彷徨わせた。
カイムは執務室に、ジェイドとチェスカル、そして、天与の器を持つエルド――と、ルークを呼んでいた。
「ヨルムンガンドの伴侶に選ばれた、特別な子供だと、既に〈レグザの光〉は言っていた。だから、驚くべきことではないのかもしれないが、」
「あの時……カイム様にお伴して、初めてジゼルに会ったときは、俺でもさすがに天与の器だとは判りませんでした。天与の器というものは、見抜くのがとても難しいものなのです。情けないことですが、神視瞳鏡の俺でも、未だ能力を使いこなせていないので、看破不能でした」
ジェイドは、若いエルドが瞳鏡を掌握できていないことは理解している。なので、彼はそこには言及しなかった。「人外のヘルレアやランシズは、何も気付いていなかったのか」
「この件に関しては何もおっしゃっていなかった」カイムは腕を組んだまま、不作法に足を揺すり続けていた。
「ヘルレアの奴、わざと問題を残したままトンズラしやがったのか?」
「僕では何も確証が持てない」
「んー、あー、俺は一緒に居なかったので、詳しくは分かんないんすけど。外見で変なとこありませんでしたか」ルークが気の抜けた声で、明後日の方向を見やっている。
「元々が〈レグザの光〉から保護したものだから、外見的異常は間違いなくあった。また、ヘルレアからのご助成もなければ、今の状態に安定させられなかった」
「うえ、ヤバいっすねそれ。外界系統とも限らないかもしれません。どんな天与の器か判らないですよ。俺みたいな天犬やら、獄卒、逆にエルドみたいな神視、聖声みたいなとんでもないのまでありますからね。まだ、ちっちゃいみたいだし、能力が悪質なタイプだと、コントロール出来なくて、館ごとあっちに引きずり込まれるかも」
「あっちか……あっちね。けれど、やはりヘルレアは、問題無く子供だとおっしゃっていたものだから。でも、王は悪戯好きのようでいらっしゃるし……で、あっちって、どこ?」
エルドが不満気な顔をしていた。
「ルーク、余計に分かり辛いだろう。いい加減な言い方をするなよ。カイム様、あっちというのは――人間には到底分からない場所へまで、連れて行かれかねないということです。どこか特定の場所ではありません……それにしても、外界系では無い、か。確かに、力が強すぎて、裏から音を拾っているだけの可能性もあります」
「裏から拾う……やはり特殊能力は分かり辛いな」
「外界というのは人界の裏側、または表裏一体の影とも表現出来ます。もしジゼルが強力な天与の器を持っていた場合、どの能力傾向であったとしても、敏感に裏側の騒音を捉えられるのです」
「うーん、厄介だな。でも、女の子を拾っちゃったもんは、仕方がないし。俺、会いに行ってみましょうか……かなりヤダけど」
「それがいいかもしれないな。ルークも一緒に来てくれ」
「カイム本人が行く気なら、俺も付いて行こう」ジェイドが熟考から顔を上げる。
「いや、今回はルークの他に、チェスカルとエルドを連れて行く。あまり猟犬が多いと、彼女も怖がるだろうから――ジェイドは体格が良すぎる」
「カイムの傍に、居られないというのは避けたい」
「隊長! 俺だって、カイム様の盾になれますよ。天犬の俺の方がデカいですし」
「いや、そんな単純なことを言っているんじゃない。物理的な危害だけならルークが言うように、体格差でお前が有利になるだろう。だが、それで済めばいいが、天与の器は……正直、恐い。底が無い可能性だって十分ある。能力者であるお前達二人が、一番その恐ろしさを分かっているはずだ。だから素直にカイムを、未知の能力者の元へ行かせられない。どうしてもというのなら、俺も付いて行く――それは譲れない」
エルドとルークは見合ってしまった。
チェスカルが息を吐く。
「もっと大々的に動く方がいいのかもしれない……もう既に、拾った子供へ施しをするなどという範疇を超えたようです。内々で治めるような段階は過ぎました。仕事として正式に取り上げて解決いたしましょう」
「え、でも。そうなると……駄目なら、はっきり解決出来ないなら、殺さなきゃいけなくなるんじゃないっすか?」
「そういうことだ。それだけ危険な状況にあるんだ」
「俺、嫌ですから。最初っから殺しに行くつもりで仕事に当たるならいいけど、館に住んで、お世話し始めて……おまけにカイム様のこと、親父だと信じているんでしょう。そんなチビへ、牙なんて立てられない」
「働けないなら来るな、邪魔だ」
「静かに」カイムは猟犬共を、一頭、一頭、丁寧に見渡す。「チェスカルの言う通り、もう片手間に様子を観るには、危険性が高くなり過ぎた。けれど僕には、ヘルレアが意図的に危険を放置したとも思えない。今回のことは既にヘルレアの手から離れた物事だ。何を言い合っても、僕達が死力を尽くすしかない。結果がどうなろうと、それが猟犬としての力の限界と言い切れるまで、努力しよう。でなければ、ヘルレアへ顔向けが出来ない」
「シャマシュを残してくれたんだよな」ジェイドがぼそりと溢す。
「分かりました。でも……これ、知ってます? 『神の子か、悪魔の子か、』」ルークが拳を強く握り締めていて、小さく震えている。
“お恵みを授かったなら、白いおくるみで抱きましょう”
“影から這い出たなら、首を鋏で絶ちましょう”
“神の子か、悪魔の子か、判らぬ嘘付きは、森に棄ててしまえ”
“拾われぬよう焼印を入れて”
“見知らぬ誰かが禍を拾わぬように”
“そうすればもう一度、生まれ直して帰って来てくれるから”
「どうにもならないなら、森に棄てますか? だけど、それならいっそ、首を鋏で切った方がいい」
「ルーク……、僕は何も棄てない。勿論、ジゼルについても、それは同じ。出来る限りのことはしよう――死の具現が残してくれた、幼い命なのだから」




