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35.跳梁跋扈

35


「ちくしょう、数が多い」開け放たれた扉の前で、ヘルレアは着ていたジャケットを放り出す。

 オリヴァンが気ままに開けた扉は最悪だった。(いたち)に似た喚起体は、中途半端に大きい――大蟻食(オオアリクイ)程あって――数が数十頭もいる。それが素早く上下左右と風のように飛び回っては、魍魎(もうりょう)同士打つかると物理法則を無視して、そのまま互いに通り抜けて行くといった具合だった。部屋はそれ程広すぎるという事もないので、ヘルレアならばいっそのこと体当たりでもして、壁で何匹も押し潰していった方が早いのではないかと、ジェイドは戦略もクソも無いふざけた考えが浮かんだ。

 ヘルレアなら蚤でも殺すように潰しそうだ、ということ、か――。

 ヘルレアが自棄糞(ヤケクソ)気味に、外道の居る部屋へ突っ込んで行く。

「チョロチョロするんじゃない」ヘルレアは魍魎の一体の長細い尾を捕まえると、自身を軸にして遠心力で吹っ飛ばした。だが魍魎は壁に打つかる前に、同族が集まって来て緩衝材の真似をする。打つかられる方の衝撃は、一体どうやって分散させているのか分からないが、攻撃に際する防御法も身に付けた外道だと判る。

 ヘルレアが明瞭過ぎる舌打ちをした。

「臭えーな! もう、人間を食ってやがる……半端にあしらう程度では駄目か」

 やはり部屋には元々人が居たらしいが、その残骸はどこにもなかった。

 ヘルレアへ向けて鼬もどきが突進して来て、頭すれすれを駆けて行く。

「おい、お前等、絶対に顔を出すな! 首だけ持っていかれるぞ」ヘルレアの言う通り、王の頭ばかりを狙って大口を開けては、狙いを外して虚空を()むを繰り返していた。

「加勢は――、しない方がよさそうだな」

「庇う相手がいない方が楽だ」

 それでもジェイドは出入り口から少し離れて、外道の細長い頭部へ向けて、銃弾を撃ち込んでみる。軽い()()()と、いう音と共に弾痕は穿たれるのだが、鼬もどきは何事もなかったかのように、泳ぎ続けていた。()()()()にする位でないと、衝撃はなさそうだが、娼館へまで自動小銃紛いの武器具など持ち込んではいなかった。先程外道を撃った対人用の銃と、使徒(ヘビ)用の簡易的な銃はあるが、正直、使徒専用に作られた銃を、一か八かに賭けて撃つのは、あまりに愚の骨頂だろう。特殊弾を炸裂させてもヘルレアは死なないだろうが、ヘルレア本人に吊し上げられそうだ。

「ザンネン! 効かないねぇ、外道はほんっと面倒くさい」

「お前何かできるだろ」ヘルレアは明らかに、天使との問答をこなしたオリヴァンへ噛み付いている。

「えー? 率先して動いてくれるバケモノ君達がいるのに、動くわけないじゃないの」

「おんぶに抱っこで、その乗り物をバケモノ扱いすんな、ボケ」ヘルレアは鼬もどきを一匹づつ怠そうに狩りながら、軽口を叩く。

 ヘルレアは同じ動作を繰り返して外道を処理していたが、三分の一を消化した所で、視線の向きが天井へ変わった。

「先程の赤い奴が来たぞ」

「え?」

 天井の隅から、燃えるような口腔を晒した(あぎと)が突っ込んで来ると、震えを催す重低音で閉じる。炎狗(えんく)が一匹の魍魎を咥え捕らえて、軽々と部屋へ降り立った。天犬(ルーク)よりは一回り半小さく、全体的に細身だ。だがその口吻(こうふん)の長い獣の頭は、豊かな赤い(たてがみ)を蓄えており、雄々しく映える。そうして、躯から四肢まで赤と錆びの縞模様をした毛色をしており、その模様は虎のようだった。尾が長く、鞭のようにしならせて空を切ると、鼬もどきを真っ二つに噛み潰した。魍魎の長い体躯が、床で上下別々にビクビクと()()()()()いる。

「ここはお任せ下さい。エルドの技倆では、もうこれより下層へと、私を潜らせるのが難しくなるのです。上層階からお守り致します故、先をお急ぎ下さい」口を閉じているのに淀みなく人語を操っている。

「ジェイド! それでいいか」

「かまわん、この程度なら炎狗一体で十分片付けられるだろう」

「おい、炎狗とやら。外道を引き付けられるか」

「ご不快になられてしまう方法やもしれませぬが」

「威圧程度ならいい」ジェイドがヘルレアより早く口走った。

 炎狗が前肢を叩きつけるようにして姿勢を低くすると、重い雄叫びを上げる。ジェイドの産毛がゾワゾワと立って鳥肌が止まらなかった。

 鼬もどきは即座に反応して炎狗へ殺到すると、まさに揉みくちゃといった体で、毛の塊と化した。ヘルレアはその様子を一切確かめる様子もせず、外道達から離れた場所へ行き、床に手をついて階下の構造を確かめ始めた。

 どす黒く濡れた鼬もどきが刻々と増えていき、引き裂かれた外道が床に折り重なっていく。なので炎狗は、息絶えた大量の魍魎を踏み付けながら、また魍魎を咥え続けた。そうしているうちに、炎狗から離れようとする外道が現れ始めた。一匹でも逃がすまいと炎狗は自身の牙から逃れる前に切り裂く。

 ヘルレアが屈んだままで「まあ、いいだろう」と、自分だけで納得し拳を握る――が、ヘルレアは拳をそのまま立ち上がり、自らの背後へ身を転じた。部屋の奥まった所、その布が僅かに垂れた(かげ)りに、姿見がある。他の家具同様に姿見には、欠けやひび割れが幾つも走っている。だが、ジェイドが改めて注目してみると、何故かその鏡だけそれなりの原型を留めているのに気付く。

「……なあ、女。()()の飼い主か」

 無言。

「無視を決め込むなら引き摺り出すぞ」

「……貴様、何者」

「殺意満々で凝視されたら、放っておけるわけがないだろうが――結局、こうなるよな」ヘルレアが跳ねたかと思うと、姿見へ一足飛びで蹴りを食らわせていた。粉微塵に崩壊した姿見の数歩先、黒装束が転がりながら体勢を整える。激しい呼吸を繰り返して、何とかヘルレアの攻撃を躱したよう。

 ヘルレアが爪を立てるように関節を曲げ、女と思しき黒装束へ向かい合う。

「大人しくしていれば無視してやったのに――炎狗(あいつ)の邪魔をしそうだからな、全て道連れに消えてもらう」酷く冷たい声だった。いっそ初めて知ったかのような。

 ジェイドは何故か銃を手に、もうがむしゃらに部屋へ飛び込んだ。魍魎を忘れたわけではなかったが、それよりも、しなくてはならない事があると、絶叫のようなものに押され猛進する。走り視界乱れるそのまま、照準を的確に合せ、黒装束の頭を正確に砕いた。

 ヘルレアの隣まで来ると、ジェイドは身体を折って、喘鳴を繰り返した。鼓動が狂ったように打ち続ける。

 ヘルレアはジェイドを横目に見て瞬いている――何も言うべき事などなかった。

 自分が一番分からないのだから――。


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