第64話 文化祭二日目[6]追跡
お久し振りです。夏休みが暇だと思っているそこのあなた、ダメウーマン。……はい、どうでもいいですね。とにかく夏は忙しいです。学校がないとはいえ、課題に部活、旅行、最近は動画の編集なんかもやってて死に絶えるほどの忙しさ。暇? ナニソレオイシイノ?
朝から後回しにしていたこと、それは大川井縹に関することだ。朝から今日こそはと思っていたのに、僕の意気地なしなのと、空と奈津そして誰かさんの弟などに託つけたので、僕は今まで彼女のことを疎かにしていたのだ。別に僕が彼女のことをとやかく言う必要は全くないが、何とかこの微妙な関係を終わらせたいのだ。
取り敢えず再び生徒会の教室に赴き、中村綾に大川井さんの居場所を問いただす。少しニヤニヤされたが気にせず問うと、吹奏楽部の次に文化祭バンドのライブがあるから、今は体育館の舞台の裏で準備をしているだろうとのことだった。
何かに突き動かされるように、何かしなければならないという妙な使命感の元、足を体育館に向けた。
それも、全く他に考えることもしていないから、本当に向かうのみである。だから、向かって、着いて、困った。
「……どうすりゃ舞台裏まで行けんのかな」
アリーナとなっている、体育館の二階に辿り着く。既に用意された席には大量の客が座っており、吹奏楽部員の登場を今か今かと待ち構える様子であった。
スマホをいじったり、ペチャクチャと喋り散らかす人々を横目に、僕は体育館の端をスルッと前方へと進んでいく。
ステージ裏に到着するには、ステージ左右にある壁に取り付けられたドアを通る必要がある。しかし、中には大川井さん以外にも僕の知らない人物がたむろしている訳で、迂闊に入って「アァン? アンちゃんウチの筋物じゃねぇなぁ……?」とか言われたら発狂物である。しかも、大事な機材とかもあるみたいだし、もし迂闊に触れたら「アン? 何勝手に触ってくれとんのじゃ。おちょくってんのかワレ? アァ!?」とか言われてチャカでドンパチの前にあの世行きの可能性もある。
ここでも人をどうのこうの言う前に僕のチキンっぷりが遺憾なく発揮されてしまっている。恥ずかし。
で、左右どちらの扉の向こうに大川井さんがいるのかということが分からないのだが、一応左に来てしまった。通常登壇者などはステージの下手である左側から出てくるものだ。であるならば彼女らも控えているのは左側──下手であるはずだ。ヤバい僕天才。
まぁ天才か凡人かゴミカスとかは死ぬほどどうでも良いが、こちらの扉の向こうにいなければ意味もない。
「まもなく、本校吹奏楽部による一高祭特別コンサートを開演致します」
そうこうしている内に開演を告げるブザーらしき音が響き、照明が落とされる。辺りは闇に包まれ、ざわざわとした人々の声、光るスマホの液晶パネルはポツポツと消えていく。どうやらそろそろ始まるようだ。
他にも鑑賞や、撮影の方法などの注意がアナウンスされる。
そして唐突に、サンバのような陽気な響きが生まれる。ホイッスルとアゴゴベル、マスカラらしきこのリズム……アレンジが結構効いているが曲名はすぐに分かる。吹奏楽で言えば定番中の定番だ。
そして、いきなり大太鼓が弾け、一斉に他の楽器も演奏に参加。曲を奏で出した。と、同時に舞台を照明が照らし、ライトを反射した楽器たちがきらびやかに映る。
この曲自体は吹奏楽に関係のない僕でさえ知っているくらいだし、相当に有名なはずだ。大体どこの中学、高校でも演奏している気がする。もしかしたら、各々の実力を測りやすい曲なのかも知れない。
ウチの学校は、中堅レベルの実力らしいが、それでも中々のものである。そもそも、凡人からしたら上手も下手も大抵分かりはしないのだ。
そんな風にステージを眺めていると、ステージ袖に人影が見える──他の御三家はいないようだが。
僕は会場前方の左側にいるのでステージはおろかその右方向の裏まで見えてしまうのだ。
誰だろうかと思って見ていると、ふとあることに気がつく。
遠目でも分かりやすいスタイルの良さ。制服を着用する吹奏楽部ではないことを告げる黒っぽいTシャツ。影と同化するようなセミロングの髪。そして、その闇の中で、何かを射んとする青色の水晶が如き鋭い眼光。
あれ……? 大川井さんか、アレは? ……はぁ!?
思わず叫びそうになった。
まず見つかったのはラッキーだった。うんそれは間違いない。
次に驚いたのは、彼女は下手ではなく、上手にいたことだ。そもそもバンドという上下関係の発生しないグループにおいて上手下手など存在しないということか。思い通り、思い通り、思い通りぃ!! と、最早キラレベルだった僕の気持ちは一瞬で削除された。僕ってお馬鹿なんですか……?
だがまぁ、結果としてだが、大川井縹の所在は把握した。後はどうやってあそこに辿り着くか、だ。前方の扉の向こう側にいてくれれば、そこのをコンコンノックして開けて入るという至極単純な作業で完了な訳である。しかし、反対側だとそうも行かない。吹奏楽部が既に演奏を始めてしまっている以上、たとえ会場が暗いからという理由で前を通り抜けるのはタブーだ。となると、また後ろまで行って……という迂回しか手はない。しかし、それをしている最中に大川井さんが何らかのアクションを起こしてしまっても、僕にはそれが分からないのだ。彼女の存在が分かっているこのチャンスを、無駄にはできない。さて、どうする……?
そんなことに悶々としながら大川井さんをガン見していると、ふっとその姿が消えた。
何……!?
いやしかし、彼女は僕には気づいていないはずだから、僕の目を避けたという訳ではない。或いはこれから何かしらの行動をするのだろうか。
暗がりと陽気な大合奏の中、僕の意識は自然、ステージ右前とそこに入るためのドアに向けられた。ステージを照らす照明が反射したものからこぼれ落ちたものが僅かにあるのみであるが、それでも、扉から出てくる大川井さんを視認するには充分だった。
どこへ向かうのかはさておき、取り敢えず僕が踏み込みにくい場所からは出てきてくれた。これぞ、絶好のチャンス。
ストーカーさながらに彼女の歩みに合わせ、僕も反対のサイドを後方へと向かう。目の前には立ち客や三脚もたくさんあり、それらも避けなければならなかったが、彼女だけは見失わなかった。
大川井さんは体育館後方のまで来ると、極力会場内に光が入らないようにするためか、僅かに扉を開けて外に出た。すぐに閉められたが、僕も追尾せねばなるまい。彼女と同様にして暗闇の中から抜け出す。
眩しい光に目を細め、辺りを見回す。体育館の入り口付近には鑑賞客用の下足置き場となっており、左右には靴で一杯になった下駄箱が設置されていた。だがそればかりがあるのみで、大川井さんはおろか他の人の姿さえ窺い知ることはできない。
ということは……下に降りたか?
今度は階段を下る。別に急ぐ必要はない。そもそも彼女が急いでいない以上、僕が不用意に駆け付ければ不信感を抱くだろう。別に僕がつけていたということを隠すつもりもないが、第一印象が悪くなるのはあまり好ましくない。人は第一印象が100%。←なんかパーミルみたいだな。
階段を下っていると、一階から屋外へ出る大川井さんの後ろ姿を捉えた。彼女は左に折れ、再び視界から消える。だが、あちら側は駐車場と弓道場があるだけで、文化祭関連のものは一つとしてない。
……もしかしたら人の少ない環境を求めているのかも知れないな。だとしたらこれは僕にとっても好都合だ。
彼女のプライベートタイムを邪魔して不快にさせるのは重々承知で、申し訳ないと思うが、もうチキンは許されない。
屋外は、未だに燃え尽きることを知らない太陽がギラギラと照りつけ、アスファルトが鉄板のように強力な熱を発している。体育館の中もそれなりに暑かったが、ここへ来ると一気に汗が吹き出してきた。
ただ暑さ故、という訳ではなさそうだが。
アスファルトの鉄板の上を進み、道を抜けると──左側に、彼女はいた。
青いTシャツに、紺色スカートを身に纏う少女。漆黒のようなセミロングの髪は、普段とは違い、後ろで一つに纏められている。スカートから伸びる脚、Tシャツからの腕、無駄な筋肉も肉もなく、美しい淡いベージュ色だ。そして、誰もが目を奪われるその可愛らしいとも美しいとも取れる整った顔立ち。校内で最も可愛いと他称され自称する所以である。
大川井縹は体育館の裏の日陰で、その細身を壁に寄りかからせて後ろで手を組み、空を見上げていた。その瞳は何かを捉えているようで捉えていないような、判別のつかない虚ろなものだった。そして表情さえも瞳と同様、無表情ではなく、何かを喪失してしまったかのようなそれだった。
彼女はこちらに気づき、一瞬表情を変えた。ほんの一瞬だったが、表情は、どうしてここにいるの? と批判するものになったのだ。
だが、そう思ったのも束の間。彼女は顔だけこちらに向けて、いつも通りの高圧的な様子を見せる。
「どうして水野くんがここにいるの? なに、ストーカー? 警察呼ぶわよ」
「良いよ、呼んでも」
自分に似合わないと知りつつ、真剣に答える。
「大川井さんをつけて来たのは、本当だから」
大川井さんは僕の反応を予期していなかったようで、瞬間たじろいだ。だが、すぐにいつも通りの──いや、いつもより険しい表情になった。
「『つけて来た』ってどういうこと?」
彼女が訝しんで問う。僕はあくまでも本当のことを口にした。
「……そのままの意味だよ。大川井さんがステージ袖から出てきたのを見つけて、つけて来た」
「何のために?」
間髪入れずに大川井さんは次の問いを突きつける。苛立っている、という様子ではないようだが……。
「大川井さんと話をするため」
僕が真面目くさって言うと、大川井さんはさらに顔を曇らす。そして目を背けた。
「私は別に、水野くんと話することなんてないんだけど」
視線を逸らすのは、心当たりがあるからだろうか。少なくとも僕の場合はそうだ。そうやって、目を逸らして、話を終わらせようとする。
「僕は……大川井さんに聞きたいことがある」
「……何?」
射すくめるような視線を向けられ、思わず息を飲む。
この人は、この学校の女王様。その美貌には誰しもを氷付けにしてしまう冷たさがある。その澄んだ瞳も、見方を変えれば、こちらの目を殺す冷たい光線の源である。
だから、臆してしまうのも致し方ない。だが、臆したままでいるのは許されない。僕は震えた唇を噛んで、口を開く。
「……大川井さんが前に、去り際に言った、あの言葉の意味を知りたい」
「そう……」
大川井さんはため息混じりに答える。ため息といっても、呆れでも、疲れでもない。哀れみと自嘲、そして、拒絶を意味している。だからこそ僕は知らなければならない。
それは一体、大川井縹の何を……。
空白。
彼女は目を閉じ、俯いたままだ。
サーッと冷気でも帯びたかのような風が吹き抜ける。日陰だとしても、冷たすぎる、異様な風。
僕はこの冷たさの意味するところを知らない。
道路を自動車が走り抜ける音も、セミの鬱陶しい鳴き声も、いつの間にか消えている。
耳に届くは自分の鼓動。そして、彼女の密かな息遣いのみだった。
暫くして、大川井さんはやや口を開いて、何かを言いかける。だがその瞬間、唇は震え、それを抑え込もうと再び口は閉じられる。
それでも、彼女は息を飲み、言葉を紡ぐ。
「……水野くん、私は──」
「あ──やっと見つけたー、縹」
間の抜けた声。だが、空気が弛緩することはない。
僕は声のした方向を向くよりも先に、彼女の顔を見ていた。
彼女の驚愕、困惑。それらは全て映画のスクリーンのように、彼女の瞳に映し出される。
彼女は、感情を悟られないようにするのが得意だと思っていた。何を言っても表情は変えず、それでいて人をからかう時はわざとらしく面白そうに笑って見せる。だが存外、彼女はいつ何時でもそのようである訳ではないらしい。それは、表情には出さない一方で、瞳に全てが集約されてしまっているからだった。
そして、僕はそこにあり得ないような感情を感じ取った。
大川井縹の──脅えを。
振り向くと、声の主はニコニコと、この場にそぐわないような晴れやかな笑みを浮かべている。だが、それが余計に違和感と異質感を増長し、得体の知れない恐怖を生み出す。
少女は思わず呟く。
「お兄ちゃん……?」
そこに現れたのは、大川井縹の、兄だった。
完読ありがとうございます。
今回はホントに99%くらい文章でしたね。何か自分でもめまいがしました。みなさんもご自愛下さい。
それよりも、遂に新キャラが登場致しました。彼は一体どういう風に話に絡んでくるんでしょうか(神の味噌汁)!?
ではまたいつかの次回で。




