第29話 弁解[2]
ながらと新潟の115系を楽しんでしまった……
色々あって深沢怜が僕の隣に来る事になり、テーブルの向かいに三人が並ぶ形となった。
さっきから大川井縹と由比藤紫苑がガン付け合ってるんだけど、怖すぎ。それを見ている四ノ宮紅葉と深沢は何だか肩身が狭そうにしている。僕は帰宅したそうにしている……。
しかしこうなったのも自分のせいなので如何ともし難いのが現状だ。
暫くして大川井さんと紫苑はコーヒーを淹れに連れ立った……訳ではないんだろうけど、ほぼ同時にコーヒーを淹れに行った。その次いでに休戦協定でも結んだのか、二人が戻ってくると今度は僕が睨み付けを受けた。
場を和ませようと──保身を考え──軽いノリで尋ねる。
「ど、どうひてここか……?」
噛んだ。軽いノリとかリア充でも何でも無い僕には無理だった。
「綾につけさせたのよ」
「あ、あぁ……なるほど」
あの人、パシリになっちゃったのかよ。っていうか愚問だった。
「「それで……」」
二人──大川井さんと紫苑の声が重なり、互いに眉を顰め顔を見合わせる。紫苑が、お先にどうぞと譲ったのを受けて大川井さんは、そうさせてもらうわと返す。
そして──
「この二人、何なの?」
何ともイライラした様子で尋ねてきたのだった。
「えっと……」
ちらりと紫苑を見ると鋭い目。縋るような思いで紅葉を見ると彼女も心配そうな目をしていて縋るどころじゃなかった。
ゴクリと唾を飲み込む。
そうだよな。自分で説明するとか啖呵切った癖に、ここまで来ていざ訊かれたら救援求むってそりゃ都合良すぎか……。
仕方ないと決め込み答えることにした。
「そこの二人は……まぁ有り体に言えば僕の幼馴染み」
「……幼馴染み?」
大川井さんが怪訝そうな顔つきになる。
「そう。幼稚園から中一まで、色々一緒だった」
「ふぅん」
相槌は打ってくるものの、どうにも機嫌を損なっているらしい。困ったなぁ……。
「ただの幼馴染みって言うなら、あんなに親しそうに話しかけないと思うけど」
大川井さんは紅葉をちらりと一瞥する。
紅葉は目を見開いてビクッと震える。怯えさせないでよ。まぁ紅葉のビビりっていうか緊張っていうか、そういうのがすぎるって気もするけど。
「ただのって意味はよく分かんないけど、まぁ大方その通りだと思うよ」
「……まぁ良いわ」
大川井さんが腕組みして座席に沈み込む。それを受けて今度は紫苑が口を開く。
「水野君、この方の身元が分からないのですが、教えてもらっても宜しいでしょうか」
「あ、ああ。えっと彼女は大川井縹さん。一高じゃ、一番有名な人」
「一番有名?」
紅葉が首を傾げる。
「ああ。成績良いし、テストも学年一位だし、美人だしってことで一番有名」
僕が答えると、心なしか大川井さんの口角が吊り上がったような気がした。そんなに嬉しいか……。
紅葉はふぇと、間の抜けた声を漏らす。
「そうなんだ。……すごいなぁ」
紅葉が感心の眼差しを大川井さんに向ける。大川井さんはそれに気づくとフフンと自慢したげに笑う。うわぁ自慢したがり屋だぁ……。
紅葉は困ったように笑った。うーん、もうちょっと恥ずかしがるとかいうのがあっても良いと思うんだよね僕は。
しかし、二人の間に座る紫苑は尚も僕に問う。
「彼女が有名人だということは分かりましたが、なぜ水野君はそんな彼女と馴れ馴れしくしているのでしょうか?」
「馴れ馴れしいって表現はちょっと……」
僕が言い終わるよりも先に、大川井さんが紫苑をギロリと睨む。この三人、よく横一列に並べるなぁ……。
紫苑は再度問う。
「なぜですか?」
僕は渋々答える──いや、単に何と答えれば良いのか分からなかったのかも知れない。
「まぁ三月に色々あって、それで知り合っただけ。多分今は、大川井さんが部長やってる部活の部員、で良いはず」
説明として「色々」とか「多分」「良いはず」なんてありえないと思うけど、しょうがないよね。だって僕がよく分かんないんだし。
紫苑は表情を変えずに言う。
「パシリというのは彼女の、ということで宜しいでしょうか?」
「は?」
「あ、ちょ……!」
「いえ、何でもないです」
おいコイツ、今ニヤッてしたぞニヤッて。金髪めぇ……。
僕がイライラしていると紫苑は眉間に皺を寄せる。
「しかし、たったそれだけですか?」
紅葉もジーッと僕を見ていた。
こういう時のこれは、他に何かないのか? という質問である。そんなことでこんなに仲良くなる訳がないだろうと。さっきの大川井さんの質問と同じような感じである。いや、嬉しいな。女子と仲良くなったって女子に認知されるって。これはもう、僕、リア充になるしかないってことかな。いやぁしょうがないなぁ。
しかし、紫苑の問いには答えねばなるまい。取り敢えず、面倒なことは省く。
「後は……昼飯一緒に食べたぐらい、かな……?」
「「昼飯……?」」
紫苑と紅葉が同時に目を見開く。かと思うと紅葉は顔を赤くして口をパクパクさせ、紫苑はキッと僕と大川井さんを睨む。え、何で……?
大川井さんはフフンと鼻を鳴らして得意そうな顔つきになる。
「まさか、この三年の間に、そんな人でなしになっていたとは……」
「えぇ……んなこと言われても」
僕は、女子と昼飯食べただけで人ではなくなってしまうらしい。じゃあ何になるんだろ? リア充か? リア充なのか? リア充か! そうだよなリア充だよ。だってアイツら毎日のように女子の席座ったりお菓子交換してるんだもんな。そうか、僕はもうリア充だったんだ。ふ、元から才能はあったんじゃないか……。やっべぇ自分に惚れるぜ!
心の中でウェイウェイ言ってると紅葉の恨めしそうな顔が映る。え? 何でそんな顔で僕を見るんですか? リア充に昇格してしまったからですか?
紅葉は紫苑の制服をキュッと握る。
「しょうがないよね、紫苑ちゃん。陸だって男の子だもんね。女の子と仲良くしたいって思うのも当然だよね……」
「え……えぇ……?」
紅葉は最終的に落胆してしまい、紫苑がその髪を撫でることになった。だから小動物か。
「お前、マジか。こんなに女子に手ぇ出──」
「やかましいわ」
取り敢えず話に乗っかろうとした深沢を一蹴し、正面を向く。
三人は興福寺の阿修羅像よろしく、喜びだか悔みだか悲しみだかを浮かべているようにも見える。イヤーニンゲンッテムズカシーナー。
ってうかそろそろおふざけが過ぎるので誤解を解きたいと思う。
「……いや、何か勘違いしてるっぽいけど、別に僕女子にデレデレしてる訳じゃないんだよ……?」
「ほう、どう弁解する気ですか?」
紫苑が睨む。
それにビクビクと怯えながらも答える。
「だから、僕は、大川井さんと愉快な仲間たちに頼まれたから、まぁ一緒にお昼ご飯を食べた訳なんですよ」
「ふうん、頼まれた、そうですか。なら頼んだ本人に聞くのが一番手っ取り早いですね」
紫苑は、顔を左に座る大川井さんに向ける。大川井さんも右隣を睨む。ふえぇ、怖いよぅ。
「大川井縹、あなたは一体どういった理由で水野君に昼食を食べるよう依頼したのですか」
「私のグループの男子の人員が不足してるからよ。水野くんは扱いやすいし、良いボディガードになると思ったのよ。……まぁ結果、機能してくれたけどね」
機能って、春休み直前のを言ってるのか。
っていうか、やっぱ僕は人形だったのかな。あははー。そういう事軽々しく言っちゃうと、僕のガラスのハートにヒビ入っちゃうゾ☆
僕の思いは二人には届かなかったようで、彼女らは口を動かすのを止めない。
「『グループ』……。安い響きですね。水野君を入れることで人員補充できるなんてよほど底辺に近い存在なのですね」
「あら、安い人件費で有能な人材を得るのは企業の基本よ。まぁ部下が低スペックでも上司が有能ならそれで大衆は満足するの。大川井ブランドの落武者として水野くんは働いてくれてるわよ」
そこは影武者だろ。っていうか大川井ブランドって何だよ。マジで俄ブランドっぽいぞ。
「そんな裏方仕事のためにそこの凡人を引き入れたのですか? 学年一位が聞いて呆れますね」
「凡人だからこそ、裏方に与えられた仕事の喜びを噛み締めることができるのよ。仕事を与えるのが上司の仕事なのよ」
「……ねぇ、もうちょっと人に配慮した会話できないの? 僕死んじゃうかもよ?」
僕がこの世の不条理に辟易している中、二人が喧嘩してメンチ切り合う中、深沢が何故か昇天しそうになっている中、紅葉が全員をリアル世界へと引き戻させる。
「紫苑ちゃん、もう止めようよ」
「しかし……」
紅葉の少しウルッとした瞳に紫苑は何も言えなくなる。それは他三人にも言えることで、どうしてしまったのかと、僕を含めて皆が惑う。
しかし、紅葉には紅葉なりの停戦を提案した訳があるらしい。
「あのね、紫苑ちゃん、やっぱり喧嘩は良くないと思う……」
「確かにそうですが……」
紅葉はにこりと笑って、今度は僕を上目遣いに見る。
「陸は、私と紫苑ちゃんの友達でしょ?」
「お、おぉぅ……」
いや、それはだから、精神衛生に極めて重大な影響を及ぼすトリガーになり得ると思うのですよ僕は。
何だか大分グッと来てしまいそうだったので視線を外して適当な返事をする。……困った。可愛いわ、この人。
紅葉はそんな僕の揺れ動く心も知らずに、今度は大川井さんの顔を遠慮がちに覗く。
「縹ちゃんは陸の友達でしょ?」
「……ん?」
そうだっけ? と思い、大川井さんに視線をやると、そんな訳ないでしょと刺々しさのある目で見てくる。
大川井さんが文句でも言おうかと紅葉を向く。
しかしそこには、紅葉の笑顔。
大川井さんは言う気をなくし、バツが悪くなったようでほんのりと顔を赤くして、視線を逸らした。
あれ……。あれぇぇぇ……!?
え、もしかするともしかするかも知れないけど、この人、もしかして、女の子の可愛い笑顔に……弱いんじゃね? やべぇ良い事見つけたわぁ。
チラッと僕を恨めしそうに見てくる。顔赤くしたまま。バカとか言いたそう。ヤバい超楽しいんだけどww あ、草生やしすぎた。ついつい地球のために環境保全活動しちゃうんだよね僕。でも、多分可愛い人って、どんな顔しても可愛いんだな。
大川井さんは少しでも調子を取り戻そうと咳払いをして素っ気なく、そうねと言う。素っ気なくできてないですよ。
「そうでしょ?」
紅葉は大川井さんにこりと微笑む。
「だからね私、友達の友達とも……その、友達になりたいなって、思ってるんだけど……」
最後の言葉も大川井さんに向けられていた。
なるほど、先のアレは友達の友達と喧嘩するのは良くないって思ってのことのようだ。それと同時に、大川井さんとも仲良くしたいってことらしい。まぁこの人はこの人で個性あるからな。難しいと思うけど、気が合えば楽しそうかも。
「友達」の規定はどこからどこまでというキッチリカッチリしたものではないが、それゆえに主観としてはその人が定めたある一定のラインを越えていればそう定義することができよう。
友達の存在を自己が認識するということは、同時に自己の存在を相手に確認させ、また自らでも確認するという目安にもなる。さらに友達とは相手との距離の近さというものも表すため、多数の主観から構成される客観からも近い存在と認識される訳だ。
まぁこの三人はそういったことをせずとも自ずと周囲が群を成すだろうが、本人たちも単純に親密になりたいという意図を持ち合わせているだろう。
人と親密になることで得られるものは相手の情報、そして自らの居場所。
互いが互いを分かり合う時こそ、互いが互いの居場所となり、自らの中に相手を引き込むと同時に相手の中に自らが入り込む。相手を知りたい、分かりたいという単純な知的欲求と、自分を知って欲しい、分かって欲しいという単純な自己承認欲求。これらが欲求のために人は行動を起こす。
それが吉と出るか凶と出るかは分かったことではないが、少なくともそれによって作られる関係というのは美しく、また壊れやすいのだろう。
自らを裸にして、互いに心を寄せ合っても、時には傷付けてしまうことがある。ハリネズミの何とやらというのだろうか。
しかし、その痛みを耐えた先に、もし「友達」があるのだとしたら、それはきっと本当なのだと思う。
難しいことだ。
それがため、僕はフレンドのフレンドというのは実に万能な言葉だとことあるごとに思う。自分が知られることなく、また相手を知ることもなく、それでいて何らかの、細い糸のような関係がそこには存在しているのだ。実に微妙。そして、恐ろしい。
まぁインターネットの普及というのは往々にしてそのような事を引き起こすのだ。
閑話休題。
紅葉に見つめられた大川井さんは羞恥の為か、顔をほんのりと赤く色付かせている。人前で友達になって下さいって……そりゃ恥ずかしいよね!
それに、大川井さん自身、この申し入れをNOと言う訳がない。
彼女は、優しいのだ。
それに、臆病だ。
一少女の頼みを無下にできるほど心が尖っている訳でもないし、公衆の面前でそれをやるとどうなるか、ということも少しは考えているだろう。
僕は、構わず大川井さんの好きにすれば良いと思う。ただ、もし、それ以外の理由があるならとっととその申し入れを承諾してしまった方が、今後のためには良いとは思うが。
大川井さんは紅葉から視線を外し、僕を見る。はて何の用かな? と首を傾げていると、ツンツンした口調で話しかけてくる。
「水野くんは、私が、その子と友達になっても良いと思う?」
全然ツンツンじゃなかった。超ド級で恥ずかしがってた。
予想外の質問に思わず、は……? と間抜けな声をだしてしまう。
何言ってんだこの人。いや、まぁ確かに二人を仲介しているような僕だけど、その承認を得るっていうのは……うーん、どうなんだろうか。
でもとどのつまり、僕関係ないんだよなぁ……。
「……いや、さ、結局二人が友達? になるんだったら、それは二人の問題になるからさ、僕の介入する余地ってないんだよ。……大川井さんのしたいようにすれば良いと思うよ」
「私が、したいように……?」
「うん」
僕が言うと、大川井さんは反芻するように俯いて思考する。
したいように、ということは自由とほぼ、同義だろう。しかし、自由には自由で、不自由さがある。
多すぎる選択の幅の中に漸く自ら進む道を見つけても、それが本当に進むべき道かと躊躇してしまうのだ。果たしてこれが正解なのか、それとも誤解なのかなどという変な勘繰りが、判断を妨げる原因となる。
しかし、今回の場合、進むべき道は二つに一つ。二分の一といのは本当に悩むものだ。だが、彼女ならすぐに決断を下すはずだ。
予想通り、大川井さんは解を導き出した。それが正しいのか誤りなのかは、今は分からないが、正しい、であって欲しい。
しかし、まぁ何と言うか、もうちょっと素直になっても良いと思う。
「……ま、仕方ないし、別に良いわよ」
相変わらず素っ気なさを装っているが、余裕でカバーできていない。こういう人がデレになった時の萌え度は異常。
紅葉はにこーっと、表情を明るくする。
「うん、よろしくね、縹ちゃん」
それを耳にすると、大川井さんは口を尖らせてポショッと呟く。
「宜しく……四ノ宮さん……」
「あ、私も下の名前で良いよ。うん、紅葉って呼んで」
「く、紅葉……さん?」
「ああぁ、さんも要らないよぅ。呼び捨てか、えーっと、ちゃんづけで良いよ」
「く、れは……?」
「うん。私も縹ちゃんって呼ぶね」
おほぅ、強引ですね紅葉さん。まぁ時として強引な方が、互いの心が開ける事もあるかもね。
その後は、紅葉が「紫苑ちゃんも」と言って、大川井さんと紫苑とをくっつけた。お互い先程まで睨み合っていたが、今度ばかりは折れて紅葉に軍配が上がった。終戦の証かシェークハンドをして固い意思の籠った目を交錯させる。あぁ……まだ何かバトルがありそう……。
それでもお互いに和解したので、うん、めでたしめでたし。
そして気になるというか正直どうでも良いというか、深沢が再び昇天している。良いもの見たわーとか言って涙ぐんでいる。うっわキモい……。いや僕もその類いか。
やっぱ女の子同士が仲良くなるって正義だよな。うん、可愛いは正義。これの対義はブスではない。男子のイケメンの方だ。奴らは絶対悪、社会悪。くたばれ!
目の前の三人の中には何だか暖かそうな空気が漂っている。
まずは二人のメンチの切り合いから始まった訳だが、紅葉の行動によって丸く収まった形となった。
結局、そんな感じで友達とはできていくのだろう。互いを傷付け、傷付け合いに気づき、修復を図る。
たとえそれが失敗に終わっても、その試みによって互いが得た相手の気持ちというものに嘘偽りはなく、ただ純粋である。
折れた骨がより丈夫になるとか、木の切り株から沢山の枝が生えてくるとか。より固く、より強く。それが人間の関係にも言えるのではないかと思い、静かに自分の口許が綻んだ。
最後までお読み下さりありがとうございます。
不思議に思っているのですが、ツンデレというのはどのようにツンツンしているのからデレるのでしょうか……? いきなりデレたら不自然だし、すごぉくたまにデレたらそれはそれでデレではないような……。やっぱりプロの作家さんって凄いなぁと思う今日この頃。
次回も宜しくお願い致します。




