第14話 いざ、さらば[1]
第二章スタートッ。
※鉄道成分がこれから増える模様。ご注意を。
春休みというのはどうしてもダラダラしてしまうものだ。まぁいつもダラダラしてるんだけど。
年度変わりで先生方も忙しいせいか、他の長期休みなんかに比べると宿題が少ないように感じられる。
まぁそれでも休み明けはクラス発表があって、実力テストとかいう今までの復習的な試験があるのもまた事実。
他にも新入生が入ってきたり勧誘だ何だと騒いだりと色々あるが、ぶっちゃけ僕にはあまり関係ない。
でも、勉強はしなくちゃならないのである。
いつまでもベッドの上でゴロゴロしながら時刻表やら小説やらを読んでいる暇などないのだ。……それなのに、僕の身体はベッドに吸い寄せられているが如くゴロゴロと回転することしかままならない。
お……、これは病気……? 病気なのか……? だとしたら安静にしていなくては。勉強でもして、さらに悪くなったらどうしよう。……うん、安静に寝ていよう。
うん、分かるでしょこの心理状態。もうこれはね、宿題やりたくないとかじゃないんだよなぁ。
真の面倒臭がりは宿題を後回しにしたりしないのだ。それこそ面倒だからである。
では、この状況は如何に、ということだが。
これは、宿題終わってやる気失せたぁ、ということだ。
やるべきものが消えると途端に気が抜ける。これはあるある。あるあるすぎてそんな状況がないのがナイナイまである。もう芸人になれるレベル。
むにゃむにゃと心地良い眠気を感じながら右に転がる。すると、机の上のカレンダーが目に入った。……今日、何日だっけ? これもあるある。長期休みになると日にち感覚なくなるっていう。
うがぁとスマホに手を伸ばし、電源を入れる。
3月29日
……か。
電源を切って、元の場所に戻す…………のは面倒だったので、枕もとに置く。
再びカレンダーを見る。
うわぁ……あと二週間もないじゃん春休み。やだなー……。
陰鬱な気分でカレンダーを見ていると、あることに気がつく。
カレンダーの「29」に丸印がついているのである。
なんじゃありゃ……。
こういう時の丸印というのは普通、テストだぁとか旅行だぁとか、そういう大事な日に付いているのである。
はて、今日は何かあったかしらん? ……うーん、分からん。329……。肉の日……? いや3が要らないな。……ミツグの日? いや何を貢ぐんだよ。
分かんないなぁと首を捻る。ったく、印付けるんだったら内容も書けよな……うん、僕だな。
これはもう分かんないから空に聞くしかないかなぁ。妹は僕よりも僕の予定に精通している。
だからよく、テスト勉強してる? とか言われるのだ。そうやって日付を確認すると、テスト一週間前だったりして、高速でテスト勉強に励むというね。
もう妹はお袋レベルなのである。
よっこいせとベッドから上体を起こし、ふぁと欠伸と伸びをして立ち上がる。ノロノロとした足取りで進み、ドアに手を掛ける。
ドアを引くと、いつもより幾らか力が要らなかったように感じられた。……おや?
「わっ……」
「お、おぉぅ……」
ドアが完全に開くと、黒髪ポニーの美少女──というか空がビックリした様子で立っている。うわぁ、朝から刺激強いよぅ。
メガシャキ超えてる。
どうやら空も、ドアノブに手を掛けていたようだった。
「ど、どした……?」
僕が驚いているので、キョドった聞き方をしてしまった。
空は驚き顔から一転、落胆顔になってしまう。
あれ、僕のせい?
「……あー、やっぱりかぁ」
空は首を横に振り、呆れ声で言う。
「な、何が?」
「今日、お姉ちゃん、見送り!」
「そんな、単語だけ言われても……。姉ちゃんが……何だっけ?」
「何でここまで言って分かんないかなぁ? 昨日も言ったと思うんだけど」
空は「早く着替えて下りてきて」と言って、タタタッと、一階へ下っていってしまった。
「んん? ……んん。……んん!」
あーっ、そうだったそうだった。今日は姉貴──海が引っ越す日でした。あー、うんそうだったね。
何時だ? と思って机上の時計に目を遣る。
9:00
確か10:38の新幹線とかって言ってたっけなぁ……。まぁ今からでも十分間に合うでしょう。だけど、朝飯どうするかなぁ。もう母さんとっくに家出てるだろうからなぁ。……まぁテキトーにコーヒーでも飲んで、やり過ごしますか。
ちゃっちゃかと着替えを済ませ、取り敢えずの財布、ケータイを持つ。
あ……。
そう思って目を止めたのは机の上の黒いカメラである。別にそれほどの代物でもない。ただのデジカメである。ただ、僕が最初に手にした自分専用のカメラでもある。
一眼レフなんかも一応持ってはいるが、何かとこの使い慣れたデジカメが好きだ。
どーしよう、持って行こうかな……。いやでも、空がいるしな……。空の周りに、カメラ持った変態がいるなんて思われたら大変だ。うーん……。
よし……今日は自宅待機を命ず。
リビングに行くと、空と海が待ち構えていた。やはり母さんは仕事に行ってしまったようだ。
娘の独り立ちに立ち会えないなんて、世の中って厳しいなぁ。
椅子に座った姉は僕がやって来たのを認めると、小さく手を振ってくる。
「おはよう、我が僕、陸くん」
「うん、おはよ……」
おいおい、ルビが飛んでもない仕事してるけど……。
僕が返すと、姉はニコリと笑った。
その向かいに座る空は、はぁとため息を漏らす。
「お兄ったら、お姉ちゃんの見送り行くって言ったのに…………」
それを聞いて僕も少し申し訳ない気持ちになる。
「ああ、ごめん空……」
「私への謝罪ないんだ!?」
「え? あ、その、ごめんなさい……」
何となく、この人に会うのもこれが最後(この春は)なので、謝罪が口から出てしまった。
この人に謝るのなんて久々すぎて、面映ゆくなり顔を逸らしてしまった。
姉は虚を衝かれたようでポカーンとしていたが、はっとして顔を紅潮させる。おいぃっ!? そういうの要らないから!
「えっと、その、良いよ。許したげる」
そう言って、彼女は再び笑みを浮かべる。最近、別の人のそれを見ていたせいで姉のその笑みがとても新鮮なものに思えてしまった。
「よし、行こうか!」
姉はリュックを背負って立ち上がった。
家の外へ出ると、姉がボーッと我が家を見ているのを発見した。
確かこの家は、親父が姉の生まれた年に買ったのだと聞いている。白い壁が基調となった二階建ては、日光を反射していて、少し眩しい。
姉の顔は晴れやかで明るいものだったが、どこか寂寥感を漂わせているように僕には思われた。
彼女の眼鏡のその奥には、一体何が写っているのだろうか。
少なくとも、僕が見ている我が家ではないことくらいは分かった。
彼女は吐息を一つ漏らすと、呟いた。
「……この家ともお別れか」
そして家の表札──「水野」と格好良く掘られた文字を触る。
その仕草と姿が普段とは格別に大人っぽく見えて、自分の目を疑った。
ボーッと後ろ姿を見ていると、ふいに姉がこちらを振り向いた。
「まぁ、夏には戻ってくるんだけどね」
自重気味に笑っている姿が、どうにも寂しそうだった。
確かに、言ってしまえば三、四ヶ月程度のさよならである。親父の札幌のに比べれば大したこともない。
だがそれは逆に、三、四ヶ月は戻ってこれないということの証明でもある。
寂しさ、不安というものは着いて回るだろう。
僕の姉は、趣味はともかくとしても、人付き合いは大分得意な方だ。オタク友達だろうが、普通の女子友達だろうが、果てはギャルギャルな友達もいる。とにかく、友達が多いのだ。
だがその友達もこの土地で過ごしてきたとか、友達の友達が友達になったとか、そういうのが多かったと思う。そこには、友達と、何かしらを共有することができるという状況が形成されていた。
しかしこれから行く土地は、東京に程近い郊外の都市。今よりもさらに様々な人々が集う大学である。
恐らくこの人は、上手く友達を作るだろう。そうして新たな人間関係を構築するだろう。
だからこそ、この人は不安を抱いているのかも知れない。
知らない土地、知らない人、というのは、どれほどの適応力があっても最初はそういうものだ。
そして、新たな交遊関係を持つのもまた憂えるものと思われる。
今までの関係がなくなってしまうとか、上手くやれるのかなど、思うところはあるはずだ。
そして人は、その頼り無い部分を自分の安心できるもので埋めようとする。それは当然のことだ。
人間は誰しも、変する未来よりも不変の過去にすがるものだ。戻らないと知っていても、それに頼って、生きていく。そうしないと自分の姿カタチが、見えないから。
姉はそういうことを感じているのだろうか。
であれば、それを少しでも和らげてやらなければ、家族とは言えないのではないか。
僕は、今し方家の鍵をかけた空に駆け寄る。
「ちょっと、カギ貸して」
「え、何で?」
「忘れものした」
「えー……。早くしてよね。……はい」
「悪い」
僕は、空がバッグから取り出したカギを受け取り、家のドアを解錠する。
玄関でスニーカーを脱ぎ捨てて、階段を駆け上がった。
最後までお読み下さりありがとうございます。
はい、今回からは春休みです。まぁ特に春休みを連想させるようなものは御座いませんが。
調子に乗って章とか言うのを作ってしまいました。ただ話の区切りってだけで、格好つけたかったとかじゃ、あ、ありませんよ?




