第6話 大川井グループ臨時運営連絡会議[2]
グループに入れだぁ……?
「それって、どういう……」
こと? まで声が出なかった。視線の先にいる黒髪の少女、大川井縹の不敵な笑みに気圧されてしまったのだ。
大川井さんは続けて言う。
「最近、私に色々と絡んでくる連中が多くなってきててね、何かと面倒なのよ。まぁ特に鬱陶しいのは小うるさい女子たちなんだけど。私個人としては無意味な争いは避けたいんだけど、売られた喧嘩は買うのが礼儀って言うし、親切にも受けて立ってあげてるの。……でも私の集団は、華はあるんだけど、中々威厳というか強さを顕示することができなくてね。……皆可愛い娘たちばかりだからしょうがないんだけど。まぁそれだから、あのハエみたいなうるさい連中に少し見劣りしてるのよ。で、そこで、水野くんにも参加してもらって、戦いに備える、あるいは抑止力にしたいっていうわけ。良い?」
「あ……、あぁ……?」
大川井さんの舌鋒が滔々としすぎていて、何を言っているのか半分以上は理解が不能だった。
それでも頑張って要約すると、見劣りしているので僕を引き入れて沽券を向上させたい、ということか……。
だが、疑問は余裕で存在する。
「あの……一つ、訊いても良い?」
「許可するわ。何?」
「何でそれ、僕なのかなぁ……? 他の人でも良いんじゃない?」
僕である理由がまず分からない。
当方ながら自分がそんなに格好良いとか、強そうとか、そういうイメージは持っていない。まぁ他人から見れば、僕からの「ゆっきー」くんへの評価のように意外なものになるかもだが、恐らくは「変な奴」みたいに一蹴されるだろう。
だからグループの体裁を良いものにしたいのであれば、もっと爽やかフェイスな高身長男子とかにした方が受けは良いはずだ。
しかし大川井さんの場合、そもそも体裁なんてものは、あまり気にすべき点ではないように思われる。
体裁の本義とは、自己満足と自己承認欲求だ。
多くの人間の場合、他人からどう見られているのか、恥ずかしい様ではないのか、みっともないことをしていないかと、他人の目ばかりを気にしていると体裁が生まれる。
確かに周囲との調和を図り、力関係を明確にし、物事を円滑に進める上では、体裁は重要であるのかも知れない。
だが実際、そんなに外のグループの人間に興味があるのかと聞かれれば「さほどない」というのが本音である。
そりゃそうだと、納得せざるを得ない。僕らくらいの年齢になると、自分の体面を守るのに日夜骨を折っている次第である。他の奴らのことなんか気にしていられない。
するとここに矛盾が生ず。
体裁が生まれる理由は他人からの評価が気になるからである。が、その他人が己に興味を示していない。本末転倒だ。
これはどういうことか。
即ち体裁など本当は不要であるのだ。
それなのに、体裁を保ち誇大せんとするのは何故か。
それが、大いなる自己満足だからだ。
体裁を保ち大きくするということは、誰かに見られた時、自分が恥ずかしくないようにするということだけでない。興味を持ってもらいたい、自分を認めてもらいたいという甘美な思惑からそれをするのである。
中々苦労しそうだ。
それに比べたら大川井さんなんて興味を持たれすぎだ。僕に言わせれば「他興味過剰」。まぁそれゆえの苦労もあるのだろうが。
ちなみに僕は「他興味過疎」。
しかしそんな彼女でも、五月蝿いキャピキャピ女子連中には見劣りしてしまうと言う。何だか納得いかないような。何と言うか……気持ち悪い。
大川井さんがそんなのに見劣りするだろうか。何があっても大川井さんは大川井さんだ。
学校中が認知するパーフェクト美少女だ。
そんな人が一端の女子集団に劣ると言われれば、極めて遺憾だ。
そのようなことはないように思われる。それゆえに、体裁など気にせずとも良いのではとの考えに至った。
おおぉ、いかんいかん。思考の戦略バトルにドハマりするところだった。危ない危ない。
ちらと大川井さんに目を遣ると、彼女もまた何か考えていたようだった。
一緒にサモンズやる? と言おうかと考えていると、彼女が口を開いた。
「そうね……。質問に答えると、まず、男子という点ね。いざという時、力を発揮して守ってくれそうだし。次は……そう、意外としっかりした体つきってことかしらね。さっきも小デブ島くんに吹き飛ばされても無傷だったわけだし」
ちょっと? 渾名変わってるよ。小デブ島くんじゃなくて小ブタ島くんでしょ? っていうかヒドさが変わんねぇ……。ホントは、小島だよ! って反論したいだろうなぁ、小島くん。
でもなぁと思って意図せず息が漏れる。
「えぇ……?」
「何? ダメなの?」
「いや、ダメっていうかさぁ……」
思いっきり偏見だね。何なの、守ってくれそうって……。僕はBGでもキムタクでもないんだけど。
僕の席の右斜め前に同じく座る、小麦色の肌が特徴的な中村綾は大川井さんの言葉に敏感に食いつく。
「なぁ、『さっき』って何だよ?」
「また、ゴミが来たのよ」
「あー、そうかぁ」
こんだけで内容理解できるとかスゴいな意志疎通力。
とりあえず他に理由があるのか尋ねる。
「で、他にあんの……?」
大川井さんは首肯する。
「あまり目立たないということね。目立つのがいると、また女子連中が騒ぎ出すし。それにアンタ、友達いないんでしょ。そっち方面も余計な心配しなくて良いわけじゃない」
いやいるよ。とりあえずは。ごめんな深沢……笑。
大川井さんは断言する。
「重要なのは男子がいるということなの。……もちろん、三島くんもね」
「あ……、いや、そんなぁ……」
「ゆっきー」くんは満更でもなさそうだった。良かったね、男子認定されて!
しかし「ゆっきー」くん、どうやら名字は「ミシマ」と言うらしい。まぁ字、分かんないし「ゆっきー」くんの方が愛嬌あって良いよな。
ほのぼの男の娘の嬉しそうな顔を見ていると、しかし今度は僕の真正面に座るツインテールが発言する。名前はまだ知らない。
「……でも、大川井にしては何だか強引。……もしかし、ムゴッ!?」
何を思ったか、中村さんは慌ててツインテの口を手で塞ぐ。そしてツインテの耳に口を近付け、何やら内緒の話をしているようだった。
しばらくすると、ツインテは今までで初めての表情の変化を見せる。
驚き、といった様子だ。
「……それは、マジ?」
ツインテが問うと中村さんも「マジマジ」と頷く。
その様子を僕はまじまじと見ていた……。つまんないな、うん。
ツインテールはおもむろにコックリと首を縦に振った。
「……了解した。大川井に異論はない」
「ねぇ、何の話なの?」
大川井さんが、秘密にされたことに抗議するように口を尖らせて尋ねる。
中村さんはきっぱりさっぱりと、手でそれを制す。
「それは言えない」
「何で?」
「それも言えない」
「絶対に?」
「言えない」
しばらく二人はにらめっこしていた。
これを見て、何だかんだで大川井さんは結構、女の子たちとは楽しそうに、可愛らしいことしているんだなという印象を受けた。
数秒の末、先に折れたのは大川井さんだった。諦めてため息をつく。
「はぁ……。綾がそう言う時はいっつもそうだもんね」
「フッ、悪いな」
中村さんはキザっぽく返した。
僕もその話の中身は気になるところではあるが、この中で一番親密度が高そうな二人組が秘密を侵犯しないと決定してしまった。僕や「ゆっきー」くんが何とはなしに他のことに託つけて聞いたところで、内容の開示はなされないだろう。
大川井さんは再び話を元のレールに戻す。
「それで、水野くん。アンタはどう考えてるの?」
「どうっ……て……」
大川井さんは再び怖い微笑。中村さんはニヤニヤ笑っている。ツインテは再び無表情で、こちらを見ている。「ゆっきー」くんは上目遣いで僕を見つめる。だから女子か。
僕としては答えは決まっている。しかし、それが受け入れられてもらえるものかどうか……。いや、聞いてみなければ分からない、か。
僕はゴクリと唾を飲み込む。
「僕に拒否権ってある……?」
「さぁどうかしらね?」
ダメだ終わった。そんな自信満々の勝ち誇った顔で言われたら、嫌でも拒否権の有る無しは分かる。
拒否権はない。
いや、正確に言うと、拒否権を発動した時点で大川井さんによって安寧ハイスクールライフに終止符が打たれてしまうので、発動できない、ということだ。
何て女だ。優しいかと思ったら普通にヒドいぞ!
ここで、一般男子の選択肢はOKする他ない。
しかし、残念。僕は一般男子モブ生徒じゃありませーん。低能男子モブ生徒(そもそも出てこない)でした。
ここでOKしちゃうと思ったでしょ? ねぇねぇ思ったでしょ?
残念、しちゃいませーん。
フッ、相手の考えの裏をかいていくスタイル。そこに痺れる! 憧れるぅっ!
「じゃあ、僕は辞退するかな…………」
「…………そう」
大川井さんは明らかに意表を衝かれたようだった。
そりゃそうだ。わざわざ衝こうとして衝いたんだから。
僕の不意打ちは見事に成功したらしかった。
最後までお読み下さりありがとうございます。
明日からゴールデンウィークですね。
もうすぐテストで、勉強しなきゃなぁと思うんだけど荒野に突っ走ってしまうんだなぁ。




