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「どうしたの? なんだか気が乗っていないみたいね」
アリアがスタイリーの顔を見上げた。
「あっ……いや、ごめん」
スタイリーが誰を探していたのか……そのことばかりを考えてしまう自分に嫌気がさして、アリアはそっと目を逸らした。
「少し疲れているのかもしれないわ。ねえ、スタイリー。お腹が空かない?」
「ああ、そういえば少し空いたかな。行く?」
「うん、行く」
ダンスを終えた二人は、軽食コーナーへと向かった。
「あら、おいしそうなローストチキンだわ」
「ああ、そうだね。カナッペにしてもらう?」
「そうね……サンドイッチにしようかな」
頷いたスタイリーが給仕に取り分けるよう言う。
アリアはふと視線を感じて振り返った。
あの令嬢だ。
視線が合った途端に目を逸らされ、アリアの心に小さな影が差した。
「あっちで食べましょうよ」
ひと口大にカットされたサンドイッチを盛った皿を持つスタイリーを促すアリア。
「うん、行こう」
窓際のティーテーブルに落ちついた二人は、さっそく料理に手を伸ばした。
「ほら、やっぱり美味しい」
「うん、マスタードがきいていて、いくらでも食べられそうだ」
「そっちのは?」
「コキールだって。小エビと貝柱らしいよ」
スタイリーが差し出した皿にフォークを伸ばす。
「まあ! これも……」
そう言いながら見上げたスタイリーの視線はアリアには向いていなかった。
気づかれないようにその先を追う。
ああ……やっぱり。
同じ令嬢を見つめ続ける婚約者の横顔を、もう何度見たことだろうか。
もし彼が、その令嬢に心を動かしているのなら、自分はどうするべきなのだろう。
スタイリーのことは大好きだし、結婚するのならば彼しかいないと思っている。
しかしそれは、互いにそうだという前提の上で成り立つものだろう。
フッと小さく溜息をついて、アリアはフォークを口に運んだ。
「あまり風味がしないわね」
そう言ってスタイリーをもう一度見たが、視線は合わない。
「……」
アリアは俯いて半分だけになったコキールをじっと見つめた。
幼馴染として共に成長し、正式な婚約者となって五年。
本当ならもう結婚しているはずの二人だったが、スタイリーの両親が馬車の事故で亡くなるという悲劇で延期になったままだ。
スタイリーが爵位を継いだのは、彼が学園を卒業する直前だった。
あまり家にいない父親と、静かに刺しゅうばかりしていた母親。
そんな二人の息子であるスタイリーは、物静かだが弾けるような笑顔を持つ少年だった。
ワイズ伯爵は、まだ学生だった息子に家業を手伝わせることはなかった。
「結婚してからゆっくり覚えればいい」
それが口癖だったようで、スタイリーもそれで十分だと思っていた。
「あれは酷い嵐の後だったわね」
アリアは窓に映るスタイリーの横顔を見ながら記憶を辿った。
その日、アリアは庭のバラが心配で、朝早くから庭に出ていた。
庭師と相談しながら、傷んだ枝を切ろうとしていた時だ。
ぼろぼろの服のままで、ゆらゆらと歩くスタイリーを庭木の間に見つけた時の驚きは、たぶん一生忘れないだろう。
「父上と母上が……」
あとを追ってきたのか、同じように疲れ果てた顔をしているワイズ家の家令が肩で息をしていた。
泣き崩れるスタイリーに駆け寄り、その震える背中を撫で続けた。
騒ぎを聞きつけたアリアの両親が、二人の横で家令から事情を聞いている。
「事故……」
父親がそう呟いたのは耳に入ったが、泣きじゃくるスタイリーをそのままにはしておけなかった。
スタイリーをなんとか立たせ、ロビーのソファーに座らせたが、とても話を聞ける状態ではない。
後ろに立った家令が、ぽつぽつと話し始めた。
「奥様のご実家からお戻りの途中で、馬車ごと崖から転落したそうです」
「崖から……」
「御者は、途中で投げ出されて枝に引っ掛かったようです。しかし、馬車はそのまま谷底へと……」
お茶を運んできたメイドが息をのんだ。
スタイリーの正面に座った父親が、低い声を出した。
「その者から話は聞けるのか」
「はい、近くの家に助けを求めたあと、遣いを寄こしてまいりましたので」
「そうか。ワイズが……死んだか」
その言葉が吐き出された瞬間、スタイリーの肩がビクッと揺れた。
家令が静かな声で言う。
「主はデイズ伯爵さまを頼りにしておりました。もしもの時には金庫の中の手紙を渡せと申し付けられております」
「手紙? ワイズ伯爵が私に?」
「はい」
立ち上がった父親と一瞬だけ目を合わせた母親がアリアに言った。
「あとはお父さまにお任せしましょう。スタイリーはお風呂で体を温めてきなさい。その間に朝食を準備させるわ」
アリアは呆然としたままのスタイリーの背中を擦り続けた。




