↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無花果の花  作者: 志波 連


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/2

 1

「また見ているわ……」

 そう呟いたアリア・デイズ伯爵令嬢は、左手に持っていた扇をぎゅと握りしめた。

「え? 何か言った?」

 慌てたような声で、アリアの方へ視線を戻したスタイリー・ワイズは、若くして伯爵位を継いだアリアの婚約者だ。

「いいえ、何も言っていないわ。それより、挨拶に行きましょうよ。今なら空いているみたい」

「ああ、本当だ。珍しいな」

 スタイリーが一歩踏み出す。

 アリアはそっと歩調を合わせた。

「やあ、久しぶりだね」

 揃って頭を下げたスタイリーとアリアに声を掛けたのは、この国の王太子であり、二人の幼馴染でもあるセオドア・ハインツだ。

「お久しぶりでございます。王太子殿下。今宵は……」

「スタイリー? 何を畏まってるんだ。いつも通り話してくれよ」

 明るい声がスタイリーの言葉を止めた。

「そうは参りませんわ。王家主催の夜会の席ですもの」

「やあ、アリア。今夜も美しいね。朝露を纏ったバラのようだ」

「まあ、相変わらずお口がお上手ですこと」

 セオドアが肩を竦める。

 フロアの奥で、楽器の音を確かめるような短い旋律が聞こえた。

 どうやら楽団が準備を始めたのだろう。

「如何せん実力が伴っていないからね。口だけでも達者になれるように頑張っているのさ」

「おいおい、セオドア。そういうことなら、我が愛しの婚約者を練習台にしないでくれよ」

 三人が同時に笑った。

 気を利かせた給仕が、三人にシャンパングラスを運んでくる。

「こういう席ではなく、たまには一緒に飲みたいものだ」

 黄金色の淡い刺激が喉を滑り落ちる。

 今夜のお酒はいつもより少し苦いとアリアは思った。


 談笑する二人の横で、アリアはあの令嬢を目で探す。

「あ……」

 その人は、いつものように儚げで、愁いを帯びた微笑みを張り付けていた。

「仮面のようだわ」

 アリアの独り言は、貴婦人たちの笑い声に紛れて消えた。

「そろそろファーストダンスの時間だな」

「今夜はどの令嬢を選ぶんだ?」

 スタイリーの言葉に、セオドアが片眉を上げて見せる。

「誰を選んでも、何か言われることには違いがないんだ。どうせなら踊ったことのない令嬢にしようかな。それとも……」

「相変わらずな奴だな」

「だって仕方がないだろう? 僕の婚約者はオーツ国の王女だもの」

 スタイリーがシャンパングラスを一気に傾けた。

「そうだな。彼女との繋がりは絶対に必要だ」

 セオドアが一瞬だけ真顔を見せる。

「ああ、カーナル国からの侵略を阻止するためには不可避だよ」

「そうだな。残念ながら、今のわが国ではカーナル国を止めきれない」

 アリアがスタイリーの袖を小さく引いた。

「後がつかえておりましてよ。スタイリー」

「ああ、それは失礼した。では、また後でな」

 セオドアが頷いた。

「アリア、後でいいから僕とも踊ってくれよ」

「ええ、お待ちしていますわ」

 二人が離れると、待ちかねたように人々が押し寄せる。

 そつのない笑顔で受け流しながら、セオドアの表情が王太子のそれに変わっていった。

「あいつも大変だな」

「ええ、本当にね。私だったら絶対に耐えられないわ」

「ああ。僕も無理だな」

 二人はゆっくりとデザートコーナーに移動した。

「さあどうぞ。愛しのアリア」

「ありがとう。スタイリー」

 スタイリーがアリアのために取ったのは、彼女の好物であるオレンジジュレだ。

「王宮のものは一味違うのだろう? うちの料理長がこぼしていたよ」

「そうね。確かに格別だけれど、ワイズ家のお料理も美味しいわよ」

「それはありがたい。帰ったら、さっそく料理長に伝えてやらねばな」

「ええ、そうしてちょうだい。彼の腕は本物よ。私が保証する」

 スタイリーがにっこりと笑いながら、空になった皿をアリアの手から取り上げた。

「踊っていただけますか?」

「ええ、喜んで」

 二人は手を取りあってホールへと進んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。