第四話:荷物運び
トシは二十五歳。
仕事は運送会社。
朝は荷物を積んで、昼は走り回って、夜になると駅前に出る。
別に見回りをしているわけじゃない。
ただ、この街には知り合いが多すぎた。
居酒屋の店長。
ラーメン屋のおばちゃん。
古着屋の兄ちゃん。
ライブハウスのスタッフ。
交番の巡査まで顔見知りだった。
だから誰かが困ると、決まってこうなる。
「トシ知らない?」
その言葉が、いつの間にか夜の合図みたいになっていた。
夜九時。
スマホが鳴る。
「トシさん?」
知らない番号だった。
「誰だ」
「俺……マサルです」
高校一年。
スケボーばかりやってるガキだ。
「どうした」
声の奥に焦りがある。
「友達が帰ってこないんです」
トシは歩きながら立ち止まる。
「警察は」
「まだ……」
「最後に見た場所は」
「南銀です」
その瞬間、トシの顔から軽さが消えた。
南銀。
正式には南銀座通り。
人が多くて、音も光もある街。
楽しい場所だ。
だが夜が深くなると、楽しいだけじゃ終わらない。
「どこにいる」
「駅前です」
「動くな」
電話を切る。
隣でケンが聞く。
「面倒か?」
「ああ」
「またか」
「まただ」
ケンはため息をつく。
「飯どうする」
「あとで」
「ラーメン伸びるぞ」
「人探してからだ」
「……お前らしいな」
南銀は夜になると速度が変わる。
急いでいた人間が、急にゆっくりになる場所だ。
客引きの声。
焼き鳥の煙。
誰かの笑い声と、誰かの泣き声。
全部が混ざっている。
ネオンと人の流れが止まらない。
駅前ロータリーはまだ明るさがあったがはっきりと夜に変わっていた。。
そこにマサルは不安そうに立っていた。
「トシさん!」
「友達の名前は」
「キミトです」
「年は」
「十七」
スマホの写真を見せる。
どこにでもいる普通の高校生だった。
「最後の場所は」
「ゲームセンターです」
「そのあと」
「知り合いに会うって」
「誰だ」
「わかりません」
ケンが舌打ちする。
「嫌な流れだな」
ゲームセンターの店員はトシを見るなり笑った。
「またかよ」
「仕事だ」
「顔に出てる」
「一人見なかったか」
店員は少し考える。
「黒いキャップの男といた」
ケンが眉をひそめる。
「ナンパか」
「違う」
店員は首を振る。
「向こうからじゃない」
「高校生のほうから近づいてた」
その一言で空気が変わる。
駅前のベンチ。
トシが言う。
「最後に会ったのは何時」
「八時くらいです」
「ケンカは」
「してないです」
「酒は」
「飲んでないです」
「金は」
「関係ないです…いや…わからない。」
マサルが小さく言う。
「キミト、最近お金持ってたんです。」
「いくら。」
「毎日一万とか二万。」
トシの手が止まる。
「高校生が?」
「はい。」
「バイトしてないんだろ。」
「してません。」
南銀のネオンが揺れた気がした。
「……面倒だ。」
ケンも同じことを思っていた。
楽に稼げる金。
そういう話は、だいたい最後に高くつく。
トシ
「黒いキャップの男は知り合いか」
ケン
「たぶんな」
そのとき声がした。
「トシ」
振り向くと、小さなバーの店主だった。
マスター佐伯。
五十代。元ボクサー。
「こっち来い」
裏路地。
佐伯は煙草を吸いながら言う。
「黒いキャップ、見たぞ」
「どこで」
「表参道」
「一人か」
「いや」
「高校生もいた」
マサルの顔が変わる。
「キミト……」
佐伯は続ける。
「ただな」
「なんだ」
「あいつ、自分で歩いてた」
トシは黙る。
連れ去りじゃない。
自分で行った。
なら理由がある。
問題は、その理由だ。
「ケン」
「おう」
「参道行く」
「走るか」
トシは首を振る。
「走ると見えなくなる」
参道の夜
表参道は静かだ。
昼は人が多い。
夜は別の顔になる。
街灯と木の影だけが残る。
「目立つな」
ケンが言う。
「だから来る」
トシは答える。
人は、隠したいことを静かな場所でやる。
植え込みの向こう。
誰かが座っていた。
「……キミト」
高校生が震える。
「トシさん……」
ベンチに座らせる。
缶コーヒーを渡す。
「飲めるか」
キミトは受け取る。
沈黙。
やがて口を開く。
「最初に新しいスマホを買ってやるって言われたんです。」
「あと服も。」
「飯も。」
「その代わり"ちょっとした仕事"を手伝えって。」
ケンが小さく悪態をつく。
「いつもの手口か。」
「金が欲しかったんです」
「それで」
「家が苦しくて」
「それで」
「SNSで仕事って言われて」
「続けろ」
「荷物を運ぶだけって」
「中身は」
「知らない」
「本当に?」
「聞かないほうがいいって」
トシは息を吐く。
そのときだった。
足音。
黒いキャップの男。
「いた」
キミトが固まる。
「帰ろうか」
男が言う。
トシは立つ。
「その前に」
「誰だよ」
「ただの住人だ」
「関係ないだろ」
「ある」
トシは静かに言う。
「この街で子どもを使うのは嫌いだ」
男の笑顔が消える。
トシ
「高校生に荷物運びさせてんの?」
トシ
「中身はどんなもの?」
男は言う。
男は笑った。
「本人が納得してやったことだ。」
「契約だ」
トシは否定する。
「高校生に契約なんて言葉を使うな」
殴り合いにはならない。
だが空気はもう戻らない。
トシ
「キミトにこれ以上構うなら警察を呼びだしてここで話を聞いてもらう」
ケン
「110番通報していい?」
スマホを取り出して110番にかけようとする。
男は「チッ」と舌打ちして撤退する。
トシは追わない。
理由は一つ。
「今日はキミトを連れて帰る日だ」
キミトは泣きながら言う。
「助けてほしかった」
トシは答える。
「助けてって言えるまでが一番きつい」
そして一つだけ言う。
「お前はバカじゃない。普通だ」
キミトは震えていた。
「最初は優しかった」
「みんなそうだ」
「俺バカでした」
「違う」
トシは即答する。
「普通だ」
帰り道。
駅前の歩道橋。
マサルとケンが少し離れる。
トシのスマホが鳴る。
「終わった?」
トシの彼女・ユイ
美容師で、同い年。
「終わった」
「また?」
「たまたま」
「そのたまたまが多すぎ」
少し沈黙。
「帰ってきなよ」
「帰ってる途中」
「じゃあ駅で待ってる」
電話を切る。
ケンが笑う。
「彼女、怖くね?」
「一番怖いのは街だよ」
「で、彼女は?」
トシは少し間を置く。
「これから駅で会う じゃぁ行ってくる」
ユイは駅前で待っていた。
「また人助け?」
「違う」
「はいはい」
軽く笑う。
でも目はちゃんと見ている。
「ちゃんと帰ってきて」
「帰るよ」
夜の大宮駅西口。
人は流れている。
何も変わらないように見える。
でも、少しだけ違う。
名前で呼ばれるようになった人たちがいる。
それだけで、この街はまだ壊れていない。
トシは缶コーヒーを開ける。
そしてまた歩き出す。
ユイの「帰ってきなよ」という声を背中に残したまま。




