第2話「人形師の血統」
フィル家について調べ始めたのは、右手が勝手に動く恐怖に耐えかねたからだ。
理解できないものは、まず構造を知ること。関節がどう繋がり、ゴム紐がどう張力を保つのか——仕組みが分かれば壊れた人形は直せる。前世の人形作家としての信条。
屋敷の書庫は埃っぽく、革装丁の背表紙が棚に隙間なく並んでいる。指先で背表紙をなぞると、乾いた革と古い紙の匂いが混ざり合って鼻腔に届いた。
『本王国における特殊技能家系の記録』。黄ばんだ頁を繰ると、フィル家の項目は他より明らかに記述が少ない。不自然な余白が頁の下半分を占めている。次の頁は刃物で切り取られていた。
読み取れた内容はこうだ。フィル家は代々、王家に仕える人形師の血統。当主から嫡子へ一子相伝で受け継がれる技術。作るものは飾る人形ではなく「動く人形」。
別の棚から引き出した『宮廷技術師列伝』には、もう少し踏み込んだ記載がある。
——フィル家の人形師は糸を操る。その糸は絹でも金属でもなく人の目には映らぬもの。魔術が世界に干渉する力であるのに対し、人形師の糸は「人」にのみ干渉する。
背筋が冷えた。人間を操るための技術。
さらに頁を繰る。インクが褪せた箇所を窓からの光に透かして読み解く。
——現当主クロード・フィルは先代の唯一の嫡子であり、若くしてその技を完成させたと伝えられる。銀の髪と紫の瞳はフィル家の血統特徴である。
あの夜、天井の暗がりから私を見下ろしていた男。
本を閉じると革装丁が乾いた音を立てる。技術であるならば原理がある。原理があるならば構造がある。構造があるならば——解体できる。
けれど書庫を出ようとした瞬間、足が止まった。自分の意思ではなく。靴底が床に縫い止められたように、一歩も前に踏み出せない。
指先に、糸の引きを感じる。微かな、けれど確かな張力。
——調べるな、とでも言いたげに。
数秒の後、ふっと力が抜けた。廊下に出ると壁掛けの燭台の炎が一瞬だけ紫色に揺らめいて、すぐにオレンジ色に戻る。
あの男は——見ている。




