第六話:逃げ出した先はまさかの……!? 忍び込んだ馬車の御者が、死ぬほど冷や汗を流しています
バルコニーから夜の闇へと身を投じる。
『緑の手』で急成長させた太いツタは、私の体重をしっかりと支え、音もなく地面まで導いてくれた。
(ふぅ……っ。昔、侍女たちに『土いじりなんて王女らしくありません!』って怒られていたけれど、あの畑仕事で体を鍛えておいて本当に良かったわ)
煌びやかなドレスを脱ぎ捨て、動きやすい質素なシャツと古いスカートに着替え、さらに目立たない外套を羽織った今の私は、どこからどう見ても王女には見えないはずだ。
だが、本当の難所はここからだった。
広大な王宮の敷地を囲む高く堅牢な壁と、目を光らせる厳重な守備兵たちの巡回。
私は庭園の深い茂みに身を潜め、息を殺しながら衛兵たちの巡回ルートを思い出す。……幸い、離宮の裏手は人通りが少なく、王宮に物資を運び込む商人たちが一時的に馬車を停める搬入口がある。
(あそこなら、門を通る際も積み荷に紛れてチェックをすり抜けられるかもしれない)
雲が月を隠した闇に紛れ、私は息を詰めて一台の大きな馬車に近づいた。
厚い幌が深く被せられ、中には出立を待つ積み荷がぎっしりと詰まっている。
「……ごめんなさい。申し訳ないのだけれど、外に出るまで乗せていって頂戴」
誰にともなく小さく呟き、私は荷台の布の隙間から、するりと体を滑り込ませた。
中は積み藁や麻布、それに少しだけ土の匂いがする。
(ここなら……見つからないわ)
暗い荷台の隅の方に小さくなって、自分の膝をきつく抱える。
やがて、遠くから「よし、出発だ!」という御者の声が聞こえ、馬車がガタンと大きく揺れた。
ガタゴトと車輪が石畳を叩く規則的な振動が、私の体に伝わってくる。
王宮の裏門を通過する際、兵士と御者が何やら言葉を交わすくぐもった声が聞こえて、私は息を止め、服の下のターコイズグリーンのネックレスを強く、強く握りしめた。
(……これで、本当に終わり。さようなら、ギルベルト様)
無事に王宮を離れ、夜の街道へと進み出した馬車の揺れに身を任せているうちに、張り詰めていた緊張の糸がふっと切れた。同時に、視界がじんわりと熱い涙で滲んでいく。
これからどこへ向かうのか、どうやって一人で生きていくのか、不安は山のようにあった。
けれど、それ以上に「これで彼を自由にしてあげられた」という、身を切るような切なさと安堵が、私の胸をいっぱいに満たしていたのだ。
――まさか。
自分が決死の覚悟で忍び込んだこの馬車が、他でもないギルベルト様お抱えの『オズワルド商会』の特別便であり。
外の御者台で手綱を握る男が、「……おい嘘だろ、今の物音と微かな気配、まさかユーフェミア殿下か!?」と滝のような冷や汗を流し、王都封鎖よりも早く、即座に主への緊急伝令を飛ばす準備をしているなどとは、涙に暮れる彼女は夢にも思っていなかったのである。




