第十四話:国王夫妻の告白。――「いらない子」だと思っていたのは、私だけでした
豪奢な謁見の間ではなく、重厚な木彫りの扉の向こう側――。
お父様とお母様が水入らずで寛ぐための私室を訪れた私は、極度の緊張から、真紅のドレスの裾を震える手で強く握りしめていた。
(お叱りを受けるはずだわ。王女の身でありながら、婚約の直後に王宮から逃げ出し、あまつさえ市井に身を隠して平民の真似事をしていただなんて……)
重い扉が静かに開かれると、そこには王冠を外し、ゆったりとしたガウンを纏ったお父様と、穏やかな表情で温かいお茶を淹れていたお母様の姿があった。
「……ユーフェミア。戻ったか」
お父様の低く、厳格な声が部屋に響く。私は反射的にドレスの裾を摘み、その冷たい絨毯の上に深く跪こうとした。
「お父様、お母様……。この度は、私の浅はかな考えで、多大なるご迷惑をおかけいたしました。勝手な振る舞いをした私を、どうか……」
「……何をしている」
不意に、大きな影が私の小さな体をすっぽりと覆った。
見上げれば、お父様がいつの間にか私の目の前まで歩み寄り、その逞しい腕を真っ直ぐに伸ばしていた。
「ひっ……」
厳しい叱責を覚悟して、ギュッと目を閉じた。
しかし、私の体は予想に反して、懐かしい陽だまりのような、大きくて分厚い温かさに包み込まれた。
「……馬鹿な娘だ。王都の門を完全に閉ざしたのが、単に我が王家の面子や、お前の逃亡を阻止するためだけだと思っていたのか。……お前が外で野垂れ死んでいないか、悪い男に捕まっていないか、父は……私は、生きた心地がしなかったのだぞ」
「お父様……?」
「ユーフェミア。貴女はいつも控えめで、私たちの顔色を窺ってばかりだったけれど……本当は、貴女が一番の頑張り屋さんであることを、私たちは誰よりも知っていたのよ」
お母様も静かに歩み寄り、抱きしめられた私の背中を優しく、愛おしむように撫でてくれる。
「十年前、貴女が倒れるまで力を使って領地を救った時。私たちは貴女の持つ『力』と優しさを誇りに思うと同時に、幼い体に無理をさせてしまったと深く、深く後悔したの。……だから、あえて貴女を公務の表舞台から遠ざけて、これ以上傷つかないよう、静かに暮らさせてあげたいと思っていたのだけれど……。それがかえって、貴女を孤独にさせていたのね。本当に、ごめんなさい」
期待されていない。必要とされていない。
そう思い込んで、自分の殻に閉じこもっていたのは、私だけだった。
お父様もお母様も、私の地味な「緑の手」のことも、自信を持てない臆病な性格も、すべてを受け入れた上で、誰よりも大切に見守ってくれていたのだ。
「う……っ、あ、……ああぁ……っ」
胸の奥に十年もの間詰まっていた、冷たくて重い氷の塊が、二人の温もりに触れて一気に溶け出していく。
私は王女としての矜持も忘れ、お父様のガウンを両手でぎゅっと掴み、子供のように声を上げて泣きじゃくった。
「ごめんなさい……っ、お父様、お母様……っ! 私、皆に愛されていないって、いらない子なんだって、ずっと勝手に思い込んで……っ」
「いいのだ。……泣くだけ泣きなさい」
お父様はその大きな手で、私の頭を何度も撫でた。
「……それと、ギルベルトには私から後でひどくきつく言っておこう。これほどまでに我が愛娘を不安にさせ、家出まで追い込んだ罪は、万死に値するほど重いからな」
お父様の冗談めかした、けれど少しだけ本気で殺気の混じった底冷えのする言葉に、私はポロポロと涙を流しながらも、思わず小さく吹き出して笑ってしまった。
その頃、分厚い扉の外。
廊下で直立不動で待機していたギルベルトは、中からかすかに聞こえてくるユフィの泣き声に、今すぐこの扉を粉砕して突入し、彼女をその腕の中に抱き締めたいという破壊衝動を必死に抑え込んでいた。
「……閣下。拳を握りすぎです。特注の革手袋からミシミシと嫌な音がしてますよ。今は陛下にお任せしましょう」
商会での心労からか、すっかりツッコミが板についてきた側近のユージーンが、呆れたように耳打ちする。
「……わかっている。だが、あの声を聞け。あのような悲しい泣き声を二度と出させぬよう、私は一生をかけて彼女に償い、愛し尽くさねばならない」
(いや、あれはどう聞いても家族と和解した嬉し泣きでしょうが)というユージーンの極めて真っ当なツッコミは、またしても主の耳には届かず、虚しく飲み込まれるのだった。




