第十二話:【救出】銀の英雄、降臨。――私の女神に、その汚らわしい手を触れるな
商会の裏庭。ユフィが丹精込めて育てた薬草たちが、夕日に照らされて一面の黄金色に輝いている。
今日も街の人々から「オズワルド商会の薬草のおかげで、家族の熱が下がりました」と涙ながらの感謝を受け、ユフィはそっと自分の胸に手を当てた。
(私……本当にお役に立てたんだわ。お父様たちや、ギルベルト様が褒めてくださったのは、ただの身内への優しさじゃなかったのかもしれない。私にも、こうして誰かを幸せにする力があるんだ)
生まれて初めて、自分の価値を真っ直ぐに認めることができた。
けれど、その温かい喜びのすぐ隣には、胸を締め付けるような寂しさがぽっかりと居座っている。
(……あの方も、今頃お元気かしら。こんな私なんて、もう呆れて忘れてしまったかな)
最後に見た、あの天使のように眩しい笑顔。
思い出すたびに服の下のネックレスをきつく握りしめ、ユフィは夕空に向かって小さくため息をついた。
その日の夜。商会の静寂を突如として破ったのは、荒々しい複数の足音と、下品な怒鳴り声だった。
「おい! ここに薬草を異常な早さで量産している『名人』がいるんだろ? 悪いようにはしねえ、大人しく連れて行かせてもらうぜ!」
薬草の利権を力尽くで奪おうと企む悪徳商会のならず者たちが、武器を手に、商会の裏口を蹴破ってなだれ込んできたのだ。
(えっ、何事!?)
騒ぎを聞きつけ、奥の部屋からユフィが驚いて飛び出すと、凶器を手にした男たちが獲物を見つけたように彼女を取り囲もうとした。
「……ほう、君か。随分と可愛らしいお嬢さんじゃないか。こんな所で泥にまみれてないで、さあ、俺たちと一緒に来てもらおう」
「い、嫌っ! 離して――」
「ま、待てぇぇーーッ!!」
ならず者の薄汚い手がユフィの腕を掴む直前。
滝のような冷や汗を流し、膝をガクガクと震わせた恰幅の良い男が、ユフィの前に覆い被さるようにして両手を広げた。
店主、オズワルドである。
「こ、この店に、そそそ、そんな者はいない! 彼女はただの新人見習いだ! 帰れっ、不法侵入で衛兵を呼ぶぞ!」
「あぁ? すっこんでろ、デブ親父!」
ドンッ! と乱暴に突き飛ばされ、オズワルドは無様に床に転がる。
だが、彼は泣きそうな顔のまま、必死にならず者の足にしがみついた。
(ここで王女殿下に指一本でも触れられてみろ! ギルベルト閣下の怒りで、商会どころか王都ごと地図から消されるわ! ……いや、それだけじゃない。この子は、文句ひとつ言わず、この店のために泥だらけになって働いてくれた恩人なんだぞ!)
「逃げてください、ユフィさん! 早く奥へ!」
戦闘力ゼロの商人が見せた、命がけの抵抗。
しかし、苛立ったならず者が無情にもオズワルドを蹴り飛ばそうと凶器を振り上げた。
「やめて!!」
ユフィが悲鳴を上げ、オズワルドを庇おうと身を乗り出す。
まさに、絶体絶命の瞬間。
……しかし実は、商会の外の暗闇では、ギルベルトの腹心ユージーンが懐中時計を片手に、極めて事務的な顔つきでカウントダウンを行っていた。
「五、四、三……よし、オズワルドの忠誠心も確認できたな。今だ。閣下、出番です!」
ユージーンの合図が下った、その直後。
――ドガァァァァァンッ!!
商会の頑丈な正面玄関の扉が、もはや物理的に粉砕されたのではないかという爆音を立てて、内側に向かって盛大に弾け飛んだ。
悲鳴を上げるならず者たち。舞い上がる土煙と木端の向こうから、一人の男がゆっくりと足を踏み入れる。
それは、夜の闇を跳ね返すほどにピカピカに磨き上げられた、傷一つない純銀の甲冑だった。
「――私の愛しい女神と、その忠臣に。……汚らわしい手を触れるな」
静かな、けれど地を這うような重低音の殺気。
そこに立っていたのは、公務でもないのになぜかフル装備の儀礼用甲冑を完璧に纏い、背後からの月明かりをこれでもかと神々しく背負って仁王立ちするギルベルトだった。
「……ギ、ギルベルト様!?」
あまりの神々しさと、「なんでこんな完璧なタイミングでここに!?」という混乱で、ユフィはへなへなと腰を抜かしそうになる。床に倒れたオズワルドは「助かった……! 胃が痛い……!」と咽び泣いている。
「ひっ、何だお前は! 騎士団……いや、その獅子の紋章、辺境伯……ッ!?」
ならず者たちが恐怖に顔を引きつらせて後ずさるが、もう遅い。ギルベルトは一歩踏み出すごとに、周囲の空気を物理的に凍りつかせるような圧倒的な威圧感を放ち、背に負った大剣を静かに抜き放った。
「ユフィ、目を閉じていなさい。……この羽虫たちが視界から消えるまで、わずか三秒だ」
言葉通り、銀の閃光が一閃する。
大剣の峰が、目にも留まらぬ速さでならず者たちを次々と薙ぎ払っていく。
(※愛するユフィの目の前で殺しなどして怖がられないよう、あえて『峰打ち』の衝撃のみで全員を悶絶・気絶させるという、神業に近い高等技術である)。
一、二、三。
あっという間に、商会の床は白目を剥いて動けなくなった男たちの山となった。
すべてのゴミを片付けたギルベルトは、血の一滴すらついていない剣を優雅に鞘に収めると、ガシャリ、と重厚な甲冑の音を響かせて、へたり込むユフィの目の前に恭しく跪いた。
そして、革手袋を外し、泥で汚れた彼女の小さな指先をひどく愛おしそうに取り上げると、その甲に深く、熱い口付けを落とす。
「……お迎えに上がりました、私の愛しい女神。……もう二度と、私の側から逃げられると思わないでくださいね」
見上げたターコイズグリーンの瞳には、再会の狂喜と、絶対に、死んでも二度と手放さないという狂おしいほどの執着の炎が、ギラギラと音を立てて渦巻いていた。




