12話 哨戒
「師匠! 本当に何しに来たのよ!」
縄を解かれたローズは彼を睨んでそう言った。
「たわけ、仕事に決まっておろうが。ワシも暇じゃないわい」
「どうだか。いつもほっつき歩いてるじゃない」
「文句あるか?」
「いえ全く何もございませんですハイ」
くうっ、とローズは歯噛みした。戦闘の何たるかを体で覚えさせられ、一度もまともに相手にされなかったシュテファン相手に強くは出られない。地獄の特訓が幕を開けてしまう。
「……そんなに恐れなくともよかろう。曲りなりにも貴族じゃろうが。泰然自若としておらねば下の者が不安になるであろう。ほれ、姿勢」
「ハイ」
ローズは言われるがまま背筋を伸ばす。
「それで? 何故お主はワシの顔を見て逃げ出した」
「うっ……」
ローズは口をとがらせて横を向いた。
「推薦を事前連絡なしに蹴ったから……会ったらしばき回されると思って……」
「お主の中でワシはどういう立場なんじゃ」
「理不尽と暴力の化身」
「そうか。ならそうしようかの。手始めに打ち込み千本」
「イエ嘘ですごめんなさいごめんなさい」
シュテファンは深く息を吐き出し、半目でローズを見た。
「まあ、さっさと連絡をよこさなかったのは許しがたいが」
上級冒険者のワシの推薦なんざ簡単にもらえるものでもないんだがのお、と嫌味をたれながらシュテファンはどっかりと石に腰かける。
「お主、超級冒険者になるのが夢と言っておったではないか。いつの間に貴族に戻ったんじゃ」
超級冒険者。
そもそも、冒険者とは何か。
かんたんに言えば「国境を越える傭兵」のことだ。その仕事内容は魔族戦争への派遣、魔獣の駆除、人同士の争いの仲裁まで幅広い。
冒険者の中にもランクがあり、最下級、訓練生、下級、中級、上級、超級の六段階がある。ローズは流民時代、最下級冒険者として食い扶持を稼いでいた。
最下級、通称「鉄ボタン」は、いたるところにある派出所で登録を行えば誰でもなることができる。故に冒険者の質もまちまちだ。
そこから下級以上、通称「金ボタン」に上がるためには帝国から出て、冒険者協会総本部で訓練生として修業を積まなければならない。また、訓練生となるにも一名以上の金ボタンから推薦を受ける必要がある。
ローズは自分からシュテファンに頼み込んだにもかかわらず、とある事情でその推薦を無駄にしていた。
なのでローズは彼に合わせる顔がない。
ちなみに、最高ランクである超級冒険者は十人のみだという。それぞれに二つ名が与えられており、その実力は魔族との戦線を一夜にして消し炭にするほどだとか。強力過ぎるゆえにその詳細は協会によって隠されており、国家レベルの危機の際にのみ顔を出すと噂される。
強い彼らは当然、冒険者の憧れの的だ。ローズもその例に洩れなかったのだが。
「…… ちょっと、事情がね」
「ジークベルトがいない理由かの?」
「………………っ」
片側を夕日に照らされ、シュテファンの空色の左目は淡く輝いている。ぴたりと私に据えていることがはっきりとわかる。
どうしてこの師匠は勘が鋭いのだろう。決まって、隠し事を見透かしてくるのだろう。師匠からはどんな顔に見えているのだろう。
ローズはちょうど家の陰に覆われ、夕日は当たっていない。いっそ陰に顔を溶かしてくれとローズは思った。きっと今、人に見せられる顔をしていない。
「……というか。私が貴族に戻ったこと知ってるのね」
苦し紛れの話題逸らし。シュテファンはしばらく黙ってローズを見つめた後、ゆっくり腕を組んだ。
「無論だ。冒険者たるもの情報には気を使わねばならん。お主が婚約破棄されたことも筒抜けだ」
「あはは……」
沈黙。
ローズは目を逸らしたまま、シュテファンは腕を組んだまま。風に吹かれて砂埃が舞っている。
「……し、仕事って何?」
ぴくりと片眉を上げるシュテファン。ぎこちなく口角を上げているローズに軽くため息をついた
「この近くで様子のおかしい魔獣が出ると聞いてな。調査に来たんじゃ」
「様子のおかしい魔獣?」
「よくいる狼型の魔獣がおるじゃろう? 名前は……何と言ったか……」
「アラゾリコス?」
「そう、それじゃ。あれは普通紫色じゃろう? だがその中でも二回り以上大きな空色の特異個体が出現したみたいでの……おまけに恐ろしく頭が回るらしい。その背後にどうも……いや、言うまい」
「何よ。気になるじゃない」
「不確かなことをやすやすと話すべきではない」
「ふうん。じゃあこの集落に住んでるのはそれが理由?」
「いや、住んではおらんぞ」
「え? 住んでるんじゃないの?」
「違う。あくまで尋ねられたことに返しているだけじゃ」
たまたま集落の建設中に通りがかり、ほぼ援助に近いような知識提供をしているという。とくに冒険者として契約をしてるわけでも、共同生活を営んでいるわけでもないとシュテファンは言った。
「なんだかんだお人よしよねえ、師匠」
「ほっほ。そうでなければこんなじゃじゃ馬相手にできんわい」
「言うわね」
程よくバチバチと両者に火花が散り始めたその時。
「敵襲、敵襲ー!!!」
見張りの大声とガンガンと歪な鉄鍋を叩く音が集落に響いた。ばたばたと武器を持って男衆が家の中から走り出す。
ローズも腰を上げた。
「師匠も! 早く!」
シュテファンはローズに一瞥をくれただけで、座ったままだ。
ローズはそれを不審に思いながらも振り返って走り出す。
ゲルベルトと話していたエルナも、走り去るローズにつられて慌てて腰を上げた。
シュテファンが声を掛ける。
「エルナ! 少し話がしたい。おいで」
「え? でも襲撃が……」
「問題ない。伊達に何か月も調査しとらんわ。おおかた魔獣じゃろう。あいつらは人を襲わん。あの特異個体がいる間はな」
ちょいちょいと手招きするシュテファンに首を傾げながら近づくエルナ。
「ローゼマリーがここに来たのはどうしてじゃ? あやつは貴族じゃろうて」
「婚約破棄された時に押し付けられたんですよ。『お前には官吏階級がお似合いだ』とかなんとか」
「受け入れたのか……」
「私にもあの子が考えてることは分かりませんよ。未だに。奔放すぎます」
「変わらんのお……して、エルナよ。お主、そんなに丁寧な言葉がつかえたのじゃな」
「あの子に引っ張られて公爵家のメイドになりましたから。鍛えられたんです」
「そこがワシにはわからんのじゃ。ローゼマリーに引っ張られて公爵家に? 信じられん」
眉間にしわを寄せ、シュテファンは唸る。
「あやつは貴族を毛嫌いしておったではないか。」
エルナはピタ、と体を止めた。そして笑う。睫毛を伏せ、なにか、遠くを思い出すように左手で杖を撫でた。
「ええ、毛嫌いしてましたよ。間違いなく。ただ……兄が、ジークベルトがいなくなった瞬間に変わったみたいです」
エルナはそこで言葉を切った。
「ジークは、兄さんは……冒険者協会本部に行く途中、帝国軍にさらわれました。自国の軍隊にさらわれたんです」
シュテファンは一度大きく目を見開き、それから何か考えるように近くの石に腰を下ろし、顎髭を撫でた。
「あの子、兄さんのことが大好きだったのは知ってるでしょう?」
「うむ。こちらが見ていて恥ずかしくなるくらいべったりだったことは覚えておる」
懐かしいですよね、とエルナは苦笑した。
「だからでしょうか。兄さんがさらわれてから抜け殻みたいになっちゃって……『あの紋章は間違いなく帝国軍のものだ』って……しばらくの間、どこ見てるかもわからないような顔しながら、うわごとみたいに呟くんですよ。見てられませんでした」
ようやく立ち直ったかと思えば、「貴族に戻る」と宣言して歩き始めたと。独白のような彼女のつぶやきは風に流される。
「あの子、今は生き生きしてるでしょ。それが私、少し怖いんですよね」
では、私も戦いに行きますとエルナは踵を返した。
一人残ったシュテファンはしばらく顎ひげを撫でたのち、おもむろに冒険者協会の印がついた資料をカバンから取り出し、読み始めた。




