11話 襲来
背後から投げられた殺意に、ローズは飛びのいた。
同時に剣を抜き、警戒して構える。視界に敵影はない。
集落の人間かとも思ったが、頭を振って打ち消す。隣にゲルベルトがいるのだ。迂闊な真似はすまい。何よりこの洗練された、ひやりとしたナイフのような殺意は簡単に出せるものではない。
何かに侵入されたか? それとも集落の外か。
「お、おい。いきなりどうした?」
いきなり剣を抜き目つきを鋭くしたローズを見て、何がなんやら、と混乱した様子のゲルベルト。
「感じない? この殺気」
「いや? 何の話かさっぱり……」
本当にわかっていない様子だ。ローズはエルナを呼び、戦闘態勢を取るように指示を出した。
「見張りは?」
「そこの櫓にいる。魔獣なら気づくはずだ。あいつら集団でくるからな」
「集団……」
違う。一人だ。
ローズはこの類の直感は強い。貴族として暗殺に気を使っていたのもあるし、いつ寝首を搔かれてもおかしくない流民時代に鍛えられたのもある。
その直感が言っている。相手は単体、それもローズより格上。
見つけ出さなければ。
走り出さんと足に力を込めた、その瞬間。
ふっと目の前に小柄な人間が姿を現した。小柄で髭もじゃ、茶色のローブを羽織っている。その髪は――銀髪。
再び、ローズは総毛立った。冷汗が滝のように流れ落ちる。
(ヤバい。これはヤバい)
ああ、知っている。この冷気。そしてこの後の展開も簡単に想像がつく。
ローズはギギギ、と首を回し、ゲルベルトに震える口で笑いかけた。
「ゲルベルト。悪いこと言わないから今すぐ逃げなさい。あれは……ダメよ。誰も敵わないわ」
「いや、そんなこと言ったって……」
エルナも口を開けて固まっている。
ローズは剣を鞘に納め、ゆっくりと後ろを向いた。
足にあらんかぎりの力を込め、走り出す。
帰る最中の人々が驚いてローズを見るが、構っていられない。
「逃げないと。早く、できる限り遠くに。あぁぁぁなんで今……ふぎゃう!」
足がもつれた。走る勢いそのまま、ビタァン!と顔面から地面の泥に突っ込む。
「くぅ……」
気づけば足に細いワイヤーが巻き付けられている。
「人の顔を見た瞬間逃げ出すとはいい度胸しとるわ。のぅ、ローズよ?」
ゆっくりと近づく高齢の男。そのまま、ゆっくりとローズに顔を近づけた。
その後ろにしずしずと付き従うエルナがいた。お淑やかな顔だが、ローズは知っている。あれは絶対心の中で笑ってる顔だ。
縋り付く思いで頼み込む。
「エルナ! 助けて! このままじゃ私死んじゃう!」
「より強い御方に従うのも流民の掟でございますれば」
「裏切り者ォー⁉」
「……で。どういうことだ。少しくらい説明してくんねえか」
半分以上が灰になった焚火を、ゲルベルト、爺さん、エルナ、そしてロープでぐるぐる巻きにされて転がされたローズが取り囲んでいる。
いかめしい顔で瞑目する爺さんと、しくしくと涙するローズに代わり、エルナが苦笑がちに説明を始めた。
「おそらくゲルベルト様もご存知でしょうが……彼はシュテファン・グリーム。冒険者で、我々のお師匠様なのです」
「少し前にこ奴らの戦闘指導をしてたことがあってな。不肖の弟子が逃げ出すもんだからとっちめてやったわ」
シュテファンはエルナに目配せし、薬湯をあおる。『ワシについて余計なことを言うな』と、そういう意味だろう。エルナは小さくうなずく。
ゲルベルトは目を丸くしていた。
「爺さん戦えたのか。何でもできるじゃねえか」
「ホッホ。もっと褒めてもいいぞい。そんじゃ、ワシは少々説教せねばならんのでな」
そう言ってシュテファンは立ち上がり、ローズを引きずって集落の奥へと向かった。
「エルナぁぁぁ……恨むわよぉぉぉぉ……」
エルナは穏やかな微笑みを湛えながら無言で手を振った。




