第四章・重いコンダラ天元突破 修行編 / 2
アリエスの見る景色は、目まぐるしく変わった。
母屋に着くと、勝手口に近く庭に面した小さな応接間に、また有無をいわせず連れ込まれた。そこにはゆかりが不機嫌な顔で待ち構えていて───土日が休日出勤だった代休で、自室で二度寝を決め込んでいたところを叩き起こされたのだ───古ぼけた行李から、いろいろ古着を引っ張り出していた。
「おじいちゃんに稽古つけてもらうのよね? なら、道着があればいいんでしょ?」と、ゆかり。
「足りないよ、見てやってよコレ!」勝子は、汗で濡れそぼったアリエスを指差した。
「あー……これ、シャツいるよね」
「ブラもいるでしょ」
「ブラはちゃんと合ったのつけないと……お母さんテキトーなの買ってくるから、あたしがどんなに苦労したか……」
ぼそぼそと言いながら、アリエスの背後に回る。そして、「はいバンザイ!」反射的に手を挙げてしまったアリエスの体から、濡れたシャツをいともたやすくはぎ取った。
胸が露わになって、今度は反射的に手を前に回したアリエスの下半身から、ゆかりはまたしてもたやすくデニムを脱がした。現役二児の母がスキルアップして到達した、職人芸である。
南向きの応接間は、掃き出しから外に出られる。ゆかりは、パンツ一丁となったアリエスを、肩を突いて庭へ押し出した。
庭では、水着姿の翔太と陽菜が、ビニールプールで水鉄砲の撃ち合いっこをしていた。
「翔太! そこのシャワーホース! このお姉ちゃんにぶっかけてやって!」
「いいの?!」
「今だけフルパワーでOK!」
意を得たり。翔太は思い切り蛇口をひねり、ヒャッハーと世紀末のごとき奇声を挙げながら、盛大にアリエスに水をぶっかけた。「陽菜もやるー!」陽菜は水の勢いに力負けして、シャワーの向きがあっちいったりこっちいったり。
されるがままのアリエスは、もうなんだかどうでもよくなってきて、火照った体を冷ます水流に身を委ねた。まとわりついていた汗のぬめりが全部流れ落ちていくのは、とても気持ちよかった。
「はいそこまで!」外に出たゆかりが蛇口を締めた。すかさず、勝子が室内に引き込み、バサッとまっさらなバスタオルをかぶせ、その丸い頭をわしわしと拭き始める。
「えーっと」アリエスは、どうにか声を出す気力を取り戻した。「あたしら初対面だと思うんだけど、そんでこれって、あたしどんだけ子供扱いされてんの?」
「あ?」勝子はわしわしやる手に力を込めた。「歳なんか関係なくってさ、こっぱずかしいカッコでうちの敷居またがせないっちゅう話! 言うならウチの流儀さ、他所様のことなんか知らん!」
「男も女も大人も子供も、ろくでなしが山ほど来る家だからね。相応の振る舞いをしてもらわないと、こっちがナメられてるってことになんのよ」ゆかりが再び行李をあさりながら言った。「───ほい、小さめのスポブラあった。つけてみ」
アリエスの疑問符は増えるばかりだ───自分と同じ世代の子供がいる様子はないのに、なぜ誰も着ない服が存在している?
さらに勝子から、白いゴワゴワした布の塊が投げ渡された。
「……何コレ」
「道着だよ」
「……何ソレ」
「知らないのかいイマドキの子は!」
「フツー知らねぇよ!」
「かーっもうなっさけない! ホラ、来な! 着方教えるから!」
勝子とゆかりが、アリエスをまたひとしきりわやくちゃにしようとしたところへ、戸がトントンとノックされた。うっすらと開き、外から欽太の声がかかる。
「済んだ? 道場行く前に、僕が少し話をしたいんだけど」
「まだ着替え中!」
「見るな出てけ!」
素っ裸の一一歳少女の前に立ちはだかりつつ、勝子とゆかりが同時に叫んで追い払った。
───数分後、アリエスはまず欽太と、膝を交えて対話することになるのだが。
「大きいお屋敷に驚いてたってことは、アリエスさんはウチの家業を知らないんですね。───藤倉家は、元ヤクザです。もし怖いと思うなら、帰ってもらったほうがいいんじゃないかと思って」
「今さらそれ言う?!」
無理矢理着つけられた道着の白襦袢の袖を見せつけつつ、反駁したのは無理からぬことであろう。




