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今昔悪童ポーカー狂騒曲  作者: DA☆
第四章・重いコンダラ天元突破 修行編
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第四章・重いコンダラ天元突破 修行編 / 1


 翌日の月曜日。藤倉欽太は、藤倉興業自社ビル内の社長室で、いつものように社長業務にいそしんでいた。五階建てのそのビルは、三日前に取締役会議を催した大広間のある棟の隣に建っている───つまり、自宅と同じ敷地にある。


 欽太としては、広い屋敷は固定資産税が面倒なのでさっさと切り売りし、社業は駅前にオフィスを借りて移してしまいたいのだが、テツにはまだメンツがあるようでなかなか首を縦に振らない。


 で、何しろ元ヤクザの邸宅であるから、敷地は高い塀で囲まれている。社業を営むビルはその防壁の一部だ。そしてその全体を、独自に構築したセキュリティシステムが常に監視している。ほーむせきゅりてぃなんぞというものが普及する前から、小型カメラが門を塀を庭を敷地の至る所を網羅し、記録しているのだ。


 ビデオテープからクラウド保存に時代は変わり、長時間かつ高解像度の記録が可能になった。加えて顔認識システムやサーモセンサーも完備、これでどんな侵入者や鉄砲玉が来ようとも素早く感知しどこの組の差し金かを即座に判別! というふれ込みだったが、平和な昨今は無用の長物と化している。


 そのセキュリティシステムが、不審者が敷地周縁をうろうろしていると警告を発したのは、午前一〇時頃だった。


 欽太の手元のPCでも、その警告と映像を確認できるよう設定してあったのが幸いだった。もし彼がリアルタイムで確認していなかったら、その可愛らしい不審者は、おそらく警備員と名乗る強面のおっさんどもによって追い払われていたであろうから。




 その頃、不審者───すなわち真保アリエスは、ノースリーブにデニムのハーフパンツという出で立ちで、気温三五度を超える真夏の日差しと、ミンミン蝉の絶叫の中を歩き回っていた。彼女なりに思考を巡らせ、粉末から作ったポカリをペットボトルに詰めてリュックに突っ込んできたが、もう空だ。リュックと背中の間は汗でびっしょりで、感触が気持ち悪い。日よけのつもりでかぶってきたサンバイザーも、役に立っている気がしない。暑い。しんどい。でも目的地にたどり着けない。


 土曜日曜、二日続けて家に逃げ帰った。みっともなくてふがいなくて、家でしばらくふて腐れた。でも結局、弱点がわかっているのにそれを修正しないまま無様に負けた、自分自身への悔しさが勝った。あのテルは直さなくてはならぬ。


 爺さんのことを思い返す。小学生の常識からすれば、不審人物以外の言葉はない。カジノシトラス社長の知人だとしても、絶対についていっちゃダメなやつだあれは。


 ……だけど。


 小学生扱いしない、というなら、その常識は有効か?


 光恵からもらった名刺の電話番号に、爺さんの住まいを教えてくれとメッセージを送った。テツの住所を記した返事が、快く返ってきた。


 ───だが、その場所にたどり着けない。


 手の中のスマホを見た。光恵からの返信には〝大檜市宮下1番地〟とある。〝行ったらすぐわかるから〟とも続いている。昨日、すぐにわかると爺さんも言っていたのに、てんでわからない。この辺りに家なり建物なりがあるはずなのだが、さっきから電柱の街区表示はずーっと〈宮下1〉のままで、道の脇にはずーっと、年季の入ったくすんだ色の漆喰塀が高く続いているだけなのだ。道を渡って反対側の街区表示は〈宮下2〉だから、この塀の側が〈宮下1〉で間違いないはずなのだが。


 もしかしてからかわれたんじゃないだろうか、帰ってしまおうか───と思い悩みつつ進むうちに、高い塀が馬鹿でかい門に変わった。道から少し奥まった位置に、瓦屋根を支える極太の二本の柱が立ち、渋墨塗りの板を武張った鋼の金具で固定した両開きの扉がその間を閉ざして、欄間からは木彫りの竜が睥睨していた。


 アリエスは素通りした。マンション住まいの一一歳児の脳内では、それは神社や寺といった歴史的文化財の入口であって、決して個人住宅にはないものだったからである。道の先に変化はなく、片側に塀もう片側が住宅地だけが続き、やがて十字路に至って街区表示は別の地名に変わってしまった。


 しかたなく引き返す。またずーっと塀が続いている。瓦屋根付きの門がある。再び素通りしかけて、しかし今度は、ふっと文字が目に留まった。表札だ。〈藤倉〉とある。オドロキが口から飛び出した。「えぇぇぇぇーーーっ!」


 まるでのしかかってくるような、そびえ立つ門の威容。……これ、家なのかよ! やっべー、日本の家はウサギ小屋ってのが歴史の定説じゃねーの?


 尻込みしかけたところに、〝真保アリエスさん?〟とノイズ混じりの男性の声が聞こえてきた。


 どこから発せられたものかと目をきょろきょろさせると、軒下の竜がくわっと開く顎(あぎと)の中に、小型のカメラとスピーカーが据えられているのが見えた。竜ににらまれながら、アリエスはぶんぶんと頷いた。


 〝話は聞いてます。中へどうぞ。迎えをやります〟


 ごぅん、と機械音がして、巨大な門が観音開きに開いた。───自動ドア?! ……すっげー、あのじじぃ、ホントに超金持ちなんだ!


 おっかなびっくり、竜の下をくぐる。その先はまず、車が何台止まれるかわからないくらいの、だが今は数台しか止まっていないだだっ広い駐車場だった。きょろきょろしながらそこを過ぎると、低い塀と内門があった。


 内門は格子戸で、その内側が透して見えた。築山や池がある広大な庭、左右にうねる石畳の道、それをたどった先に入母屋造りの平屋の母屋、さらにそこから渡り廊下で連なるいくつもの棟、そんな光景が広がっていて───アリエスには和風ファンタジーのマンガだった。ちっぽけな自分が入ってはいけない禁忌の場所に思えて、彼女は内門の手前で立ちすくんだ。


 しかしその直後、ファンタジーでは絶対ありえないものが目の前に現れて、一気に現実に引き戻された。


 ママチャリである。豪邸の中の豪勢な庭の豪華な道を、ママチャリにおばちゃんが乗ってやってくる。崇高なる禁忌がそこいらの商店街に一変した。このおばちゃんが勝子であり、この屋敷の真のヌシ的な存在であるとアリエスが知るのは少し後のことである。


 「あーもぅ、なんで表門から来んの?! このバカタレが!」内門ががらりと開いて、いきなり面罵された。「この家広いからさ、めんどくさいのよ! 明日からは裏門から入ってよ!」いやだからなんで怒鳴られてんのあたし? 「それに何その格好! 恥ずかしいったらありゃしない! あーやだやだ! ……はいさっさと乗る!」


 アリエスは無理矢理、後部座席に押し込まれた。本来なら五歳児の陽菜が乗るスペースである。入るわけがない。だが勝子には五歳児も一一歳児も大差なく見えているようで、一顧だにしない。しかたなく、カゴのへりにまたがるようなアンバランスな姿勢でどうにか乗り込むと、勝子は再び、きこきことママチャリを漕ぎ出した。


 ───それにしても、恥ずかしい格好ってなんのこと? と自らをはたと顧みると、汗だくになって濡れたノースリーブが肌にぴったりと貼り付いていた。彼女はまだブラジャーを着けておらず、小さな乳首がぽつりと浮いている。……これが『恥ずかしい』なのだろうか? そんなの、今まで、誰にも指摘されたことがない。

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