誘拐
目の前で緑の仮面をしたノアは真っ赤だった。
耳が赤いしなぜか今日は表情が分かった。
ノアが私を好きだと言った。
私はすっかり頭が混乱していた。
ノアの好きな人が私だったのだとしたら今までの会話は一体なんだったんだろう。
考えるのをやめたくなった。
ただ目の前にいるノアに好かれていることが嬉しかった。
私はノアのことが好きなのか分からないと思っていたが好きだと言われて好きだと確信した。
本当はずっと好きだったのに好かれていないからと隠していたことに気が付いた。
気が付いたらぱあっと愛情が溢れてくるようだった。
ノアは不安そうな顔でじっと私を見つめている。
「私も…ノアが好き。」
ノアの身体が動いてボートが揺れた。
私は慌ててボートの揺れを抑えた。
「で、でも、好きな人はいないって…」
そうか。私はそう言ったことを思い出した。
「…あの、私、勘違いしてて…」
「かん、違い…?
…そういえば僕が愛人を作るとか言ってた…」
「ノアが私と仮面夫婦になるつもりだと思ってて…」
どこから説明したらいいのかわからなかった。
「…それで僕が愛人…?」
私は頷いた。
「…ノアに好かれていないのに好きでいるのが嫌だった、から…。」
私は恥ずかしくなってきた。
何を説明しているんだろうという気持ちになるが伝えるしかない。
「…恥ずかしくて死んじゃいそう…」
私は自分の顔を手で扇いだ。
顔に血が上っているし、仮面をしているせいか暑かった。
ノアを見ると同じように顔を手で扇いでいた。
私が仮面を取るとノアも仮面を取った。
どきっとした。
久しぶりに素顔を見た。
微笑んだ顔が綺麗過ぎた。
真っ赤で涙目だけどやっぱり綺麗な顔だ。
「ニーナ…」
ノアが私の目元を触った。
私も手を伸ばしてノアの顔を触った。
すべすべしていた。
「ノア…」
私たちはそのまましばらくそうしていた。
黄色の瞳をじっと見つめてキラキラしているなと思っていた。
ノアは何を考えているんだろう。
ノアの気持ちが知りたかった。
顔は真っ赤だけどノアも嬉しいのだろうか。
「ニーナ…」
ノアが呟いた瞬間、近くを他のボートが通ったのが分かった。
私たちは慌てて手を離す。
「あ、あの、行こうか。」
またボートを漕ぎはじめたノアを見ながら気持ちを伝え合った後はどうなるんだろうかと思った。
キス、とかするんだろうか。
私は想像してひとりで恥ずかしくなった。
ボートを漕いでいるまだ赤いノアの横顔を見ていた。
胸がきゅうっとした。
ノアがボートを停留所につけてくれて私たちはボートを降りた。
いきなりしっかりした地面を感じて緊張した。
ボートの揺れと恋心がそのままゆらゆらしているみたいだったからだ。
ノアが私の手を取った。
ノアはもう仮面をつけていなかった。
私も仮面をカバンにしまって歩き出した。
公園は休日で人が多い。
もう仮面はつけていないので視線は感じない。
私たちはゆっくり黙って歩いた。
隣にいるノアの動きばかり感じていた。
手の温もりと私の歩幅に合わせる足を見て好きだなぁと思った。
私たちはゆっくり歩いていたが少しずつ人気がないところに行くようだった。
お互いに何となく人を避けて歩いていた。
ふたりきりになったと思ったところで止まった。
物置に隠れるような場所だった。
「ニーナ…」
ノアが私を見た。
恥ずかしかったが私もノアを見つめた。
顔が近づくと思った瞬間、ノアの後ろに黒い影が見えた。
「えっ…」
驚いたのと同時にノアが何かで殴られた。
私の頭にも強い衝撃があった。
複数人に囲まれているようだった。
「魔族のくせに…」
そう憎しみを込めた声が聞こえた。
そのまま記憶を失った。
目を覚ました時にはベッドにいた。
知らないベッドだった。
「大丈夫ですか?」
白衣を着た人に声をかけられる。
「ここは…」
「公園の医務室です。」
白衣の人は心配そうに私を見つめていた。
頭を触るとガーゼが貼ってあった。
「あ、あの、一緒にいた男の子は大丈夫ですか?」
辺りを見渡すがノアの姿はない。
「え…お一人でしたよ。」
医務室の人は驚いた顔をしている。
私は一気に血の気が引いた。
最後に聞こえた「魔族のくせに…」というつぶやきを思い出した。
もしかしたらノアは魔族と間違えられてしまったのかもしれない。
私はそのまま医務室を飛び出した。
私は何か武器になるものをと思い入り口にあった黒い傘を掴んで走った。
外は先ほどより暗くなっていた。
どこに行けばいいのかわからなかったがとにかく走った。
ノアと最後にいた場所、何の形跡もないかと思ったがノアの持っていた緑の仮面が落ちていた。
仮面を拾うと土の上に薄く引きずった跡があるのに気がついた。
私はその跡を辿った。