18 眠りの依頼
ソラニスの街で働く人たちが暮らす場所に依頼主の家はあった。1階に日用品や食料品の小さな店が並び、2階以上にアパートメントが並んでいる。そのうちの2階にある一つのドアをノックした。
「冒険者ギルドから眠りの依頼を受けてきました。ワットさんのお宅で間違いないですか?」
声をかけると、中からやつれた感じの中年の男性が出てきてドアを開けてくれた。
「俺がワットだけど…… 今日はミームさんじゃないのかい? それに寝るには早い時間だけど……
まぁ、いいや、中に入ってください」
男の人の後ろについて家の中に入る。雑然とした家の中は、片づけや掃除が行き届いていないようで、少しお酒の匂いもする。飲みかけの強いお酒が入ったマグが残ったままのテーブルに案内された。
「初めまして。魔法使いのマルルカといいます」
「魔法使いだって? おいおい、俺は、ちょっとした眠りの魔法をお願いしたわけじゃないよ。ぐっすりと深く朝まで寝たいんだよ。たった120ビリーでそんな眠りの魔法をかけてくれるわけじゃないだろ? ずっとまともに寝付けないから、1週間に1回程度の割合で、ミームさんにお願いして眠りの歌を歌ってもらっていたんだよ。俺の稼ぎじゃ、毎日依頼するのは無理だからね」
朝までぐっすりと眠れるように眠りの深さと長さを調律するには、熟練した魔法使いじゃないとできない。Bランク以上の魔法使いじゃないとできないだろう。そんな人たちがこの仕事を引き受けるはずがないのだ。もっと報酬のいい依頼がたくさんあるから。
引き受けるのはEランクくらいの魔法使いで、そんな魔法使いがかけられる魔法では、つかの間の眠りだ。
「あぁ、あいつが――俺の連れ合いが亡くなっちまって…… それから眠れない毎日が続いているんだよ。つらくて悲しくて、やる気も何もかもあいつが全部あの世に持って行っちまった……」
「そうでしたか…… おつらいですよね。
私は眠りの歌は歌えません。今日は、眠りに導くお茶を持ってきました」
今朝、ベン爺さんにお願いして刈り取ってもらったポロ草を、魔法で乾燥させて即席のお茶にしたものだ。そう、私の魔力が込められたポロ茶を1回分をワットさんに渡したのだ。
「眠りのお茶だって? そんなもん、とっくの昔に試したさ! 眠り薬だって最初は効いたけど、今は全くダメなんだよ! 効かないからミームさんに頼んでたんだ。
もう帰ってくれ! ミームさんをよこすようにギルドに言ってくれ!!」
茶葉を見たワットさんは、私を睨みつけると、怒鳴りつけるように言った。
「ミームさんは、しばらくこの街を離れているんです。今日1日だけ、夜寝る前にこのお茶を試してみてください。気持ちが落ち着いてきてぐっすりと眠れるはずです。もし、効果がなかったのならもちろんお金は必要ありませんし、翌日、必ず私が魔法で朝まで眠れるようにしますから!
効果があったのなら、ギルドに1週間分のお茶を預けておきますから、今回の依頼料をお支払いいただいて、そのお茶を受け取ってください」
「御茶代120ビリーで、ぐっすりと眠れる日が1週間続くって言うのかい? あんたは…‥‥
ミームさんがいないのなら、今はこのお茶に頼るしかないのか」
ワットさんはがっかりしたように肩を落として、ポロ茶を眺めている。
「必ず眠れるはずです。体調が悪いようであれば、ワットさんに合わせてお茶の調合もできます。その場合は、もう少しお代がかかりますが…… それから、このお茶には魔法が込められていますから、長い間放置すると効果が薄れていきます。1、2週間なら問題ありませんが、保存箱なんかをもっていたら、それにいれて保管してください。
まずは、今晩試してみてください」
私は悲し気な表情をしているワットさんに一礼すると、散らかった部屋を後にした。
もう1件の眠りの依頼もワットさんと同じようなやり取りがあったけど、とりあえず1回分のポロ茶を渡すことができた。
冒険者ギルドに引き返すと、1週間分のポロ茶を2人分ギルドの受付カンターに預けて、眠りの依頼の事の次第を報告した。受付の人は怪訝な顔をしながらもお茶を受け取ってくれた。
これで、今日の依頼は全部終了。
自分で依頼をこなせた充実感で、晴れ晴れとした気持ちになってくる。ミームさんじゃないけど、鼻歌を歌いたいくらい。
馬車を停めてくれた場所に戻ると、そこには、エドが迎えに来てくれていた。
「おそくなっちゃったかしら? 少し待たせてしまっていたのならごめんなさい」
「私も先ほど、ここに着いたばかりです。お嬢様はお気にされませんように」
エドは、ニッコリと笑って私を馬車に誘うと、静かに馬車を出した。
***************
翌朝、少し早く冒険者ギルドに行くことにした。
昨日は兄様は帰ってこなかった。きっとミームさんの特訓をしているのかな?
ワットさんたちが、ぐっすりと眠れたのか気になる。ちゃんと眠れたのならいいけれど、眠れていなかったら、謝って今夜眠りの魔法をかけなくちゃならない。
ギルドのカウンターで聞いてみたけど、まだワットさんたちは来ていないと言う。気を取り直して、今日の依頼を見つけることにした。
Eランクの魔法使いが受けられる依頼はそれほどない。今日は眠りの依頼はないから、パーリの新芽摘みだけを受けることにした。
ドゥラがいないから、小さな結界をはってラッツが近づけさせないようにしながら、昨日と同じくらいの新芽を摘み取る。あんまり冒険者らしくないなって思うけれど、Eランクの冒険者が単独で受けるにはこれくらいなんだろうなって思う。
摘んできたパーリの新芽をギルドに持っていく。昨日と同じくらいの量だったので、今日も600ビリー稼ぐことができた。
「マルルカさん、それから昨日の眠りの依頼の報酬もお渡しします。手数料を引いた2件分200ビリーです。お二人とも喜んでいらっしゃいましたよ。」
よかったぁ。ちゃんとポロ茶が効いてくれたみたいで……
「ただね、冒険者ギルドとしては、ちょっと困るのですよ。ここは物の販売をするところではないですからね。
今回は依頼ということで特別にお受けしましたけれど、定期的に販売するのはダメです。
物を売るのなら商業ギルドです。こういうのはこれっきりにしてくださいね」
ギルドの受付の人にピシャリと言われてしまった。
確かに彼の言う通りだ。ここは冒険者ギルド。物を売るところじゃない……
「あの方々のためにも、早くお茶の販売をする手はずと取ってくださいね」
謝って帰ろうとする私に、ギルドの人がやさしく声をかけてくれた。
「おっ マルルカ! 今日もパーリの新芽摘みをしてきたのか?
どうした? 元気ないな。ラッツに邪魔されたか?」
しょんぼりして引き返してきた私にドゥラが声をかけてきた。ドゥラに、今ギルドの人に注意されたことを話した。
「あはは、そりゃぁそうさ! 茶葉で不眠を解消したのなら、茶葉を買ってもらうってことだ。
ソラニスの商業ギルドで登録しないと、この街で物は売れないよ。闇商売になる」
また、登録料…… まだ、お金がないから兄様にお金を借りるしかない。
落ち込んでいる私にドゥラは追い打ちをかけるようなことを言う。
「商業ギルドの登録は簡単じゃないよ。登録料も冒険者ギルドより高いし、保証人とか店舗の場所の証明とかいろいろ言われるらしいよ」
はぁ…… もうため息しかでてこない。
眠りの依頼だったら、私のポロ茶ですぐ解決できるはずだったのに……
「ところでさぁ、ハリーがこのギルドに来るっていう話だよ」
「そうなの!?」
「あぁ、そうだよ。あたしもあのギルド石を半分にするって言う依頼を腕試しでやってみたんだけどさ ……いや、もちろん半分にはできなかったけどね。
そこで、耳にしたんだよ。ハリーとデレクも挑戦しに来るって言う話を……」




